釜石周辺の山々の緑はもう新緑を過ぎて青葉の季節と言っていい状態になった。今日も昼休みに職場の裏山の旧道を走ってみたが、緑が濃くなり、小鳥たちのさえずりも気持ちよく聞こえて来る。何台かの車が窓を開けて止まっている。運転手の姿が見えないので、車の中でシートを倒して休んでいるのだろう。旧道の途中には湧き水の出るところがあり、「水神」の石碑が立っている。歩いて上って来た人たちが以前にはここで水を飲んでいた姿を見たことがある。しかし、震災後はそうした姿に出会ったことがない。やはり、みんな山の放射性物質を意識しているのだろうか。ここのところまた円高が進んでいる。ギリシャを始めとする欧州の経済問題を嫌った資金が日本に集まり、日本国債が買われている。欧州金融危機を逃れた資金は日本だけでなく、アメリカやドイツの国債にも向かっている。国債の利回りは極端に下がっている。昨年の震災により日本の財政状態は一層悪くなっており、本来ならばそうした国の国債は買われるはずはない。相対的に欧州よりは日本の方がリスクは少ないだろうと判断されて、日本に資金が流入する形になっている。欧州危機が続いている間はいいが、欧州の危機が去れば、逆に国債へ向かう資金は減少し、国債の金利が跳ね上がる危険性が出て来る。むしろ、こちらの方が日本の財政危機の急進を招きかねない。円高はメディアも常に憂慮すべき要因として報じているが、こちらも本来ならば日本経済にとって歓迎すべき事態である。一国の通貨が高く評価されているのである。問題は円高そのものではなく、その円高を有効に利用出来ない日本の経済構造にある。明治以来続いて来た日本の加工を中心とした輸出産業主体の製造業が日本の経済を牽引するという構造が維持されて来た。この構造が存在する限り、確かに円高は負の要因でしかない。しかし、今や輸出主体の日本の製造業もアジアの国々との競争で軒並み利益を失って来ており、1990年代後半からは工場の海外移転もあって、労働力の吸収能力を低下させて来ている。第一生命経済研究所の経済調査部 首席エコノミストである熊野英生氏の分析によれば企業は採用を含めて若年者への人的投資すら抑制してしまっているという。人的投資を怠れば、スキルを身に付けた人材は育たず、単純労働力の労働力供給だけが過剰になる。日本は今真剣に経済構造の転換を行わなければ、経済の牽引役を失った難破船になって行くだろう。先頃まで世界でも突出していたと考えられていた日本の家電や自動車はすべて利益を失い、失速状態に陥ってしまった。原因を相変わらず円高だけに見ていてはほんとうの日本経済の問題点を見誤ってしまうだろう。近代以降、スキルを身に付けた後発国が先発国を追い越して行った歴史が繰り返されて来た。新たな利益を生み出す産業を興さない限りは、税収も見込めず、現在の財政の厳しい状況からも抜け出すことはできない。増税にも限界がある。残念ながら、そうした視点が政治家や官僚にも欠けている。既存の大企業の経営者たちにも見られない。舵を失い漂流する船に大波が襲えば、船は沈没することもあり得る。
家の近くで見かけた黄萓(きすげ)