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さまよう聖地 新国立のゆくえ:中

2015-07-16 11:56:25 | 社会問題・生活
五輪へ公約、誤算の連鎖

朝日新聞 2015年7月10日


新国立競技場建設を巡る経緯と予定

 2520億円の新国立競技場建設計画を了承した7日の日本スポーツ振興センター(JSC)有識者会議に、デザインを採用した中心人物の姿はなかった。「ご都合がつかないと言われた。ぜひ出てきて発信してもらえれば、と思いましたが」。鬼沢佳弘理事は苦渋の表情で話した。
 2012年11月7日、東京・秩父宮ラグビー場近くの会議室。デザインを決める審査委員会の議論は白熱していた。最後まで残った3作品をめぐり8人の委員の意見は割れた。議論を引き取ったのは、有識者会議メンバーで、世界的建築家の安藤忠雄委員長だった。
 「日本の技術力のチャレンジという精神から、17番(ザハ・ハディド氏の案)がいいと思います」。賛成、との声が上がった。
 当時の予算は1300億円。同年7月、安藤氏を座長とする施設建築ワーキンググループで、文部科学省の山崎雅男参事官(現JSC新国立競技場設置本部長)が「お金がかかりすぎないかについても評価していただく」と求めた。しかしハディド氏の案については2本のアーチで全体を支える構造の実現可能性を巡る議論などが主で、「1300億円で収まるのか」との考察は深まらなかった。
 技術的な困難さと、置き去りにされた費用の問題。20年五輪の開催都市を決める13年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会前に、JSCはすでに問題を認識し、ハディド氏とデザインの見直しや費用削減の話し合いを進めていた。
 「専門家が見れば、1300億円でできないと分かるでしょう。でも国際的に約束しているから、白紙にはできない」。JSC幹部は当時こう明かした。
 だが、東京招致成功の祝賀ムードが危機感を押しやった。有識者会議メンバーの1人は「安倍政権の支持率は高いし、2千数百億円でもいい、となるのでは」と述べた。
 13年10月には、最大3千億円に上るとの試算が出た。JSCは規模を約2割縮小し、総工費を1625億円に抑える基本設計を翌年5月に発表。「これで一歩進んだという印象」。河野一郎理事長は述べたが、ここから迷走が始まる。
 旧国立競技場の解体を進めようとしたJSCは手続きミスなどで解体工事の入札を3度やり直したため、作業が半年ずれ込んだ。工期がさらに厳しくなった。そしてコスト面。既製品の鉄筋を使う前提で試算したが、ハディド氏の奇抜なデザインを実現させるには特注品が必要で、1625億円から跳ね上がった。
 15年が明けた頃、文科省幹部は業界のぼやきを聞くようになった。「JSCの現場がなぜ動いてくれないのか」。工期が厳しく、しかも施工業者の試算では再び3千億円を超えた。なのに、事業主体のJSCが何も対策を講じてくれない、というSOSだった。
 6月の参院文教科学委員会で、下村博文文科相は「4月になって、現状通りだと間に合わないと聞いた」と答弁した。独自に建設業者から聞き取りを始めた官邸周辺もこのころ、「文科省に任せていられない」と調整に乗り出した。
 5月以降、費用負担を巡り、下村文科相と舛添要一都知事の対立がクローズアップされた。文科省幹部や首相周辺からも見直しを求める声が上がった。デザイン決定からすでに2年半が経過していた。
 「JSCも文科省の官僚も最悪だ。都市計画の変更などは難しいと思っていたが、まさか本体を造る能力もないとは」と政府関係者はあきれる。JSCは文科省傘下の独立行政法人で、ほとんどが文科省からの出向。大規模な工事を伴う公共事業の経験がない職員ばかりだ。
 文科省が2520億円で建設する方針を決めたと報じられた6月下旬、JSC幹部は「国が主導でやることで、JSCがやることではなかった」と嘆いた。(阿久津篤史)

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