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東剛史との出会い

2014-12-27 15:00:08 | 創作欄
利根輪太郎が東剛史と出会ったのは浅草の神谷バーであった。
隣の席であるが実に良く響きくバリトンである。
声楽家ではないかと思ったほど幅のある声で、耳障りが好ましい。
声優の若山弦蔵の声質に似ていた。
輪太郎は声に敏感な方で、これまで惚れてきた女性は顔立ちよりまず声質に心が動かされた。
東は40代後半の年齢に思われた。
どのような職業なのか気になった。
東は「そろそろ行くか」と連れの男を促すと席を立った。
甘い電気ブランは2杯も飲めば酔える酒だ。
輪太郎も彼らを追うように席を立った。
会計を背後で見ていたら東は黒皮の財布を出した。
それが分厚いので、かなりの札が入っているようであった。
好奇心にかられて、輪太郎は2人がどこへ向かうのかを確かめたくなった。
浅草橋方面へ向かい歩いて5分ほどすると右側の路地へ曲がり、2人は古びたビルに入った。
エレベーターがない4階建てのビルであった。
そこのビル2階が秘密の賭博場であった。
無論、非合法の闇の世界であり、利根輪太郎のような素人が出入りできるはずもない。
輪太郎は何故かそのビルの存在が気になった。
地下鉄で上野へ向かうこともできたが浅草橋のフィリピンパブのことが頭に浮かぶ。
「ジェシカの歌でも聴くか」と輪太郎は足を速めた。
フィリピンパブ「ユカリ」はビルの地下一階にあった。
階段を下るとショータイムの激しい音楽のリズムが木製の大きな扉からもれて聞こえた。
ドアを背に若い男が立っていて「いらっしゃいませ。ジェシカですね」と笑顔を見せた。
男のメームペレートを見た輪太郎は「木嶋君、記憶力がいいんだね」と言いながら、スーツの内ポケットから1000円のチップを渡した。
ボディコンスーツを着た7人の踊り子が舞台で踊っていた。
店には客が7人いた。
「久しぶりだね。私嬉しいよ」オシボリを渡しながらジェシカが身を寄せて座る。
「今日はドレスなんだね」と輪太郎は強い香水が漂う胸元を見詰めた。
「ボディコンスーツは洗濯したよ。今度来る時は私ボディコンスーツだよ」と上目つかいとなる。
エミリーがウイスキーと炭酸、氷のセットをボックス席に運んできた。
エミリーもドレス姿であった。
歌手と踊り子として来日している彼女たちはショータイムになると活気に満ちていた。
輪太郎はジェシカにテレサテンの歌をリクエストした。
ポップ系の歌を輪太郎は好まない。
1時間ほどが経過しただろうか、思いもかけなかったが東剛史が「ユカリ」に姿を見せたのだ。
実はこの夜、秘密の賭博場に警察の手入れが入り、東は非常階段から逃げてきたのだ。
「危機一発であった。俺にも運がまだ残っているのだ」と東は胸を撫で下ろしたところであった。
東は不吉な予感がしてトイレに立った後に外の様子を探るために非常階段から外の気配を伺っていたのだ。
ともかく外に出ようと決意をして階段を下った。
約20人の捜査官が秘密の賭博場に足を踏み入れたのは5分後であった。
東は50㍍ほど離れたビルの影からビルの様子を探ってからその場を逃れたのだ。


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