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博士離れ、止まらない 少ない研究職・企業は敬遠

2014-07-14 16:04:04 | 医療と介護


朝日新聞 2014年7月10日(木) 配信



 STAP細胞論文をめぐって審査のあり方が問われている博士号。近年、学生の「博士」離れが進んでいる。大学院の拡大政策で博士号取得者は30年前の3倍近くになったが、博士課程への進学率は低下の一方。優秀な学生ほど敬遠しがちとも指摘され、質の低下を憂える声もある。

 「博士課程への進学を勧めると不安がる親もいる」。東京大理学系研究科長の五神真教授はこう語る。

 2010年度に全国最多の2458人の博士号を出した東京大。修士課程から博士課程への進学率は01年の42%が11年は26%に落ち込んだ。研究開発を重視する9国立大と早稲田大、慶応大の計11校の平均でも11年までの10年間で23%から17%に下がった。

 博士号取得者は、80年代初めは年6千人台だったのが10年には1万6千人に増えた。文部科学省が90年代に高度な専門知識を持った人材を増やそうと大学院の定員増加を促した結果だ。

 しかし、06年前後をピークに低下に転じた。定員割れが慢性化している大学院も数多くあるとみられる。

 理由に挙げられるのが将来への不安。博士課程修了者の就職率は12年度に67%。大学や研究機関のポストは限られ、「ポスドク」と呼ばれる任期が限られた研究員の採用も多い。

 企業も学部や修士課程の新卒を採用する例が多く、博士を給与や待遇で優遇する会社も少ない。「専門分野に固執しがち」「視野が狭い」という声が漏れる。

 文科省の科学技術・学術政策研究所が1292社を対象にした12年度の調査では、過去5年間で研究開発職で博士を採用していない企業が7割。「採用後に教育した方が効果的」や「すぐに活用できない」などが理由だった。

 昨年、大学の学長や研究者ら1千人に「望ましい能力を持つ人材が博士課程を目指しているか」を尋ねたところ、10点満点に換算した評価で平均は3・2点だった。11年の3・5点から低下。「優秀な人材は修士課程から企業に就職する」などの意見が寄せられた。

 ■甘い審査、質低下懸念

 STAP細胞の論文をめぐって、筆頭著者の博士論文で不正疑惑が見つかり、博士号を授与した早稲田大が調査を進めている。

 審査は厳正なのか。

 文科省が06年、博士課程の3年間で博士号を取得できるカリキュラムの整備を大学に求めたことが、審査に影響を与えているという指摘がある。

 東京のある国立大教授は、「博士号の質は明らかに落ちた。3年で授与させる方針の影響が大きい」と話す。

 博士号の審査は学術誌での論文発表を条件にする大学が多く、この教授の研究室では「2本以上」を条件にしていた。しかし、文科省の打ち出した方針で留年させることが難しくなり、1本でも審査対象にせざるを得なくなった。授与率の向上が目標になり、審査は甘くなったという。

 教授によると昨年、ある研究室の学生の審査委員会で、授与に反対した委員に学生の指導教員から「家庭の事情があるから卒業させて」というメールが届き、反対した委員が授与に同意した例もあったという。

 ■育成を見直す大学も

 「博士漂流時代」の著者である近畿大医学部の榎木英介講師は「学生を実験の手伝いにしか考えていない研究室も依然として多い。博士を育てる意識が乏しい」と語る。

 実践的な能力を高めようと、幅広い企画力や国際交渉力の育成に力点を置く研究室も出てきた。

 首都大学東京では、07年度から生命科学専攻の修士・博士課程のカリキュラムを大幅に見直した。一般向けに研究を紹介する演習や海外との交流、自ら研究計画を立てて予算を申請する模擬演習も採り入れた。

 3年後には博士課程への進学者が増え、就職を断って博士課程に進む学生も現れた。見直しを担当した松浦克美教授は「与えられたテーマではなく、時間がかかっても自分で見つけた課題に取り組む面白さが実感できれば後は自然に育つ」と手応えを語る。

 日本は欧米に比べてまだ博士になる人が少ない。人口100万人あたり年間124人。米国の239人、英国の323人、ドイツの313人に及ばない。一方、中国や韓国などアジア諸国は博士の育成に力を入れている。

 東大の五神教授は「資源のない日本が外国と渡り合うために、博士が減っていいとは思わない」と危機感を募らせている。(行方史郎、長野剛)

 ◆キーワード「博士号」: 研究者へのパスポートと言われ、大学(4年)、大学院修士課程(2年)を修了後、博士課程(3年)に進み、自らの研究をまとめた博士論文が審査で合格すると与えられる。審査は複数の教授が当たり、外部の人を交えることもある。博士課程を経なくても、企業や研究機関の研究者が論文を大学に提出、審査に合格すれば授与される。



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