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閉所恐怖症の傾向

2015-06-26 15:06:17 | 創作欄
「沼田さんは72分の1ね」と弁当の箸を止めながら佐久間菊江はつぶやいた。
沼田一郎も「何のことだろう?」と箸を止めた。
共同ビルの7階の回廊の中央にある15坪の狭い部屋は薄い茶系の色の壁に囲まれていて窓がどこにもなかった。
牢獄にいるような息苦しさを沼田は感じることがあった。
閉所恐怖症の傾向が沼田にあった。
それは幼児の頃の体験から来ていた。
5歳の一郎は小学生たちの従兄たちと鬼ごっこをしていた。
一郎が重い蔵の木戸に手をかけると幼い力でも開いたのだ。
2階の窓から西日が射していて、薄暗い蔵内の様子が一郎の目に浮かんだ。
多くの行李や茶箱が並んでいた。
一郎はそれらを次々と開けて見た。
衣類や食器類などが収まっていた。
武具も見つかった。
胸が高鳴ってきた。
冒険をしている気分になっていた。
一番、隅にあった茶箱を開けると中は空であった。
一郎はその中に身を隠したのである。
蔵の木戸の外から従兄の恒男がそれを目撃していた。
小学校2年の恒男は笑いをこらえながら茶箱の蓋の上へ腰を下ろしたのである。
恒男の兄の恒次がそれを目撃し蔵に入ってきた。
恒男が恒次に小声で一郎が茶箱の中に隠れていることを耳打ちした。
恒次も笑いを答えて、蓋の上へ腰を下ろしたのだ。
5分くらい経過しただろうか。
一郎は人の気配を感じて、外の様子を見ようと蓋を押上し上げたが開かない。
一郎はパニックに陥り、泣き叫んだのだ。
恒男と恒次が笑っていた。
「開けてよ!」と一郎は懇願したが、2人は応じない。
そこへ中学2年生の従姉の里子が蔵にそば粉をとりに来のだ。
恒男と恒次は慌てて、茶箱から降りると外へ駆け出して行ったのだ。
茶箱の中から一郎の泣き叫ぶ声がもれてきたので、里子が弟たちのイタズラに気づいた。
「何て、可愛そうなことをするの」里子は怒りが込み上げてきた。
一郎は茶箱中で身をくねらせて泣き叫んでいた。
「もう、大丈夫、泣かないで一郎」お下げ頭の里子が一郎を抱き上げた。
一郎はモンペ姿の里子の胸にすがって泣いた。
その後、夢にまで見た恐怖の体験であった。

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