名神高速道路の京都高速道路事務所の受信証です。
ハイウェイラジオの石山と宇治トンネルです。
同じ発行所のため同じデザインの証明書です。
受信日 2017年12月28日
周波数 1620kHz
名神高速道路の京都高速道路事務所の受信証です。
ハイウェイラジオの石山と宇治トンネルです。
同じ発行所のため同じデザインの証明書です。
受信日 2017年12月28日
周波数 1620kHz
明治時代に行われた神仏分離によって
廃寺となった神宮寺の跡にある石仏です。
どちらかというと墓石が多いのですが。
場所は鳩ケ嶺八幡宮の隣にあります。
ここは看板のように八幡町が管理しているところです。
中心にあったのが「開山塔」ですが
残念ながら造立は不明です。
2016年8月14日の「毘沙門堂の如意輪」で書きましたが、
安養寺のこの毘沙門堂は明治11年(1878)に
この神宮寺から移転されたたてものです。
ゆえに瓦には、松尾地区で使われている「三つ亀甲」が残っています。
用事があってある御宅を訪れたときです。
玄関の横に鬼瓦がありました。
「め」の文字の鬼瓦です。
「め」といえば「め組」を連想し、火消しの関係かとも思いました。
手前の棟には「め」です。奥の棟は一般的です。
このお宅の道向かいには、消防の詰所があります。
その関係でしょうか。家の方には聞くことができませんでした。
多くの馬頭観音が並んだ場所があります。
一般的には死んだ場所の近くに建てると聞いたことがありますが、
古い街道筋近くでもあり、ある家で建てたような感じがするところです。
手前は1基だけ「山神」です。
明治四十五年五月七日(1912)に建立されています。
改元が7月30日から大正なので、それまでは明治45年です。
苔むして醜いですが地蔵菩薩でしょう。
延享元 子 四月十七日(1944)です。
山神と反対側の端に建てられています。
文字塔です。
半彫りの像です。
いろいろな文字の文字塔です。
馬頭が2列で2頭を現しています。
いろいろな表現があります。
下條村の新田観音堂の石仏です。
右から「青面金剛像」「庚申塔」「聖観音」「西国三重さん箇所」
この辺りでは、単色でも彩色された石仏は少ないようです。