大雄寺の駐車場の東側にある石仏たちです。
お寺の境と民地の間に人が歩ける位の道の端にあります。
庚申塔と半彫りの馬頭観音が主です。
これを少し町並みの方向へ移動すると、
前に少し触れた「天下の糸平」の石碑があります。
左側が馬頭観音です。
右側は供養塔です。
「奉 扶桑國裏巡拝供養」
右に「天下和順」左に「諸縁吉利」とあります。
文政〇〇年九月吉日 善吉母 と横に刻まれています。
「扶桑國」「裏巡拝」とあまり見ない文字が刻まれています。
「裏巡拝」は逆回りの巡礼のことでしょうか?わかりません。
それから「扶桑」は、古代の中国で日の出る東海の中にあるとされた
神木。またはそれのある土地で、転じて日本の異称のようです。
この解説で思い出すのは、宮城谷昌光著「天空の舟 小説伊尹伝」の
書き出しです。臨月の女に伊水の女神からお告げがあり「大洪水があるから
東に走って桑園の大きな桑の木の空洞にその子を預けなさい」と言われる。
大洪水が起きるとその子は、桑の木に乗って東に流されて、救われる。
この子が「伊尹(いいん)」。後に、商の湯王を輔け、夏王朝から商王朝への
革命を成功に導く稀代の人で、その生誕が「扶桑」とよく似ています。