沖縄島を中心に発信します。 天気がいいね・・・晴れも曇りも雨も好きだから!

晴れれば洗濯物が乾く。雨が降れば農作物が育つ。災害あればみんなで協力して安全対策を考える。自然はみんなに平等だよ。

MAINPLACEにて・・・・かりゆしウェアの襟

2015-05-30 17:45:28 | 沖縄本島にて

 私は休日、あまり人が多いところに行くのが好きでありません。というより苦手です。 でも、今日はなぜか人の多い「那覇市おもろまち」、那覇新都心に朝から行きました。 まず複合商業施設である「MAINPLACE」(メインプレイス)の立体駐車場に車を入れます。 もちろん無料です。今日はたぶん6時間ぐらい止めるつもり。


 この写真の左側の建物がメインプレイス。 ただいま一階の一部改装中。 東急ハンズが入店予定だそうです。


 さて、中にはいるといつものマネキン親子が立っています。もうこのブログでも何回か紹介しました。 今日は夏の装いです。

 無表情です。四季折々の新しいファッションに身を包むのに、何がおもしろくないのか無表情。 隣のマネキン親子も、

 新たにマネキン三つ子も登場。 総勢10名の無表情マネキンくんのお出迎えです。 正直言います。私怖くてまだこのお店の中に入ったことありません。


 さて、紳士服コーナーには新作のかりゆしウェアが販売されていました。 実は去年ぐらいからかりゆしのパターンが変わってきたなと思うようになりました。 当初かりゆしの襟は風通しの良い開襟タイプがほとんど。涼しい服なので、私も大賛成でした。 しかしこの頃ワイシャツタイプでその多くはボタンダウンが主流となってきました。

 売り場の7~8割方はこのタイプ。若者をターゲットにしようと企んでいるのは見え見えです。 もっとも、私の持ってるワイシャツは白・柄物ともほとんどボタンダウンですけど・・・・


 縦襟タイプも1割程度を占めています。でも元々私はこのタイプは好みでないので、どうでもイイです。


 やっぱり、開襟タイプですね。 胸元に涼しい風を取り込む。これが正統なかりゆしウェアだと私は信じています。 蛇足ですが、翁長知事にかりゆしを送られ喜んだ安倍総理。(送られたのはワイシャツタイプではないか?) 6月2日は閣僚全員がかりゆしを着て閣議に参加すると言っていたが、何人裏切るやら・・・・(余計なお世話ですけれど)・・・・


 あっ、気に入ったのがあった。 ちょっとシブい感じ・・・・気がついたら買っていました。典型的な衝動買いです。普段滅多にやらないのですが・・・・

(家に帰ったら)

 衝動買いしたのはこれです。

 沖縄にふさわしいコバルトブルーのかりゆしです。 これなら仕事はおろかプライベートでも着ていける。 少々喜んでいます。が、


 実は、去年の同じ時期にも衝動買いしたかりゆしがあります。 これです。

 ライトブルーのかりゆし。しかし衝動買いしたのはイイが、結局まだ袖を通していない・・・・服は着てなんぼのものです。 2年にわたる衝動買いかりゆしコンビ。今年は2着とも着てやるぞ!


(続く)


 

 

 

 


北大東島に行きました。

2015-05-22 18:29:59 | 沖縄・離島にて

 今週、北大東島に行ってきました。 お仕事です。 観光ではありません。 実はこの島で行われている工事に関係して行く機会がありました。

 大東島は幾つか特異な条件を持つ島です。 1)沖縄の琉球石灰岩とは異なる硬い大東石灰岩,2)周囲は数千mの深海洋なのに浅いサンゴ礁の島だったと言われる堆積環境構造,3)沖縄側に年間数cm移動しているひょっこりひょうたん島で,4)数百年後には沖縄トラフに沈むだろう・・・・・・

 地形地質構造とも世界的に特異です。 この付近には同様な島が3つあります。”北大東島”,”南大東島”,”沖大東島”,みな同じパターを示します。 この島のルーツはどこ? 大東石灰岩の下にはどんな地質がある?

 詳しい地形地質構造をしゃべり始めたら、一部の地学好きだけのブログになってしまいますので、サラッと紹介に変えます。

 

島はこんな感じ。飛行機は行き帰りともに通路側でしたので、空からの写真無し。

(Google Earthより切り取り・・・・・・ありがとうございます) 

 太平洋に浮かぶ三角形の島。 島の周囲は数~十数mの断崖で、中央に向かい標高が増します。 真ん中付近の緑ベルト部(幕=はぐ)が最も高く、内側はどんどん低くなり、標高数mになります。 島の中には自然池である海とつながるカルスト池が数ヶ所あります。

 空港は東側にあります。 到着したこの日は晴れていました(まだ沖縄梅雨入り前)が、台風7号の影響でうねりが大きく、波は大きくて港は一部閉鎖されていました。

 泳ぎやダイビングをする気力も湧きません。 すたすた降りてったら、よる波でガサガサの岩場にたたきつけられ、返す波で沖までさらわれてしまいます。 沖縄特有のエメラルドグリーンの海も存在しません。 海岸からいきなり海洋のドン深い海ではしょうがないですか。

 ここは「沖縄県最東端の碑」 沖縄で一番早く日の明ける島です。

 何でも本島より15分ぐらい早いそうです。 翌日早い内から明るくなったな、と感じました。


 さて、島の南側にはこんな公園と広場があります。 「上陸公園」 つまりこの崖のような長い海岸部より初めて人が上陸したそうです。

 大東島は絶海の孤島です。 琉球の歴史には那覇より遙か東、数百海里の海に「うふあがり(はるかひがしの)島」があったことは知られていました。西洋の歴史でも出てきます。 隣の南大東島を発見したロシア軍艦の艦長から名をとり「ボロジノ島」と言われていました。 ペリー艦隊も見つけています。 しかし欲深い帝国主義時代の西洋諸国でも絶海の孤島は占領する価値がなかったのでしょう。

 後に北大東島は沖大東島と同様、戦前の日本経済を支える資源があることがわかります。 それは明治期に八丈島から大東島上陸に参加した人達の想像を絶する開拓の歴史のたまものでした。

 開拓百周年の記念碑。 明治も日露戦争をすぎた頃、南大東島開拓から数年ほど後から始まりました。


 ここから南大東島が望めます。

 なんかのっぺりしたような島だなあ・・・・・・

 

 これで北大東島の紹介は終わりか??

 実は仕事で今回ここに来ましたが、なんだか直接担当者になる感じがしました。 そうなると最低月2回は来ることになります。 工期は後10ヶ月あります。 すると5回は来る機会があるというわけだ---


 まー、あせらずに少しずつ北大東島を紹介していきます。  

 

 

 

 



 




















 

 

 

 

 

 


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2015-05-15 10:43:24 | 南風原(はえばる)から発信

本島中南部(那覇)の天気

5月15日5:00発表

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日付5月15日(金)5月16日(土)
天気 晴れ晴れ 晴れ晴れ
最高気温(℃) 30(0) 30
最低気温(℃) 24(-0) 24
降水確率(%)
24時間分
0-6 6-12 12-18 18-24
- 0 0 0
0-6 6-12 12-18 18-24
0 - - -
南の風後南西の風 南西の風
洗濯指数

洗濯指数洗濯指数:90

バスタオルでも十分に乾きそう

洗濯指数洗濯指数:80

Tシャツなら3時間で乾きそう

傘指数

傘指数傘指数:0

傘はまったく必要ありません

傘指数傘指数:10

傘を持たなくても大丈夫です

熱中症指数

熱中症指数熱中症指数:警戒 熱中症の発生が多くなると予想される場合

熱中症指数熱中症指数:厳重警戒 発生が極めて多くなると予想される場合

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  • ※( )内の数値は、実際の観測値による前日差(℃)
  • ごめんなさい。沖縄地方晴天張りだし。何時になったら梅雨入り???

 

 

 

島中南部(那覇)の週間天気

日付5/17(日)5/18(月)5/19(火)5/20(水)5/21(木)5/22(金)
天気 晴れ 時々 くもり 
晴れ 時々 くもり
くもり 時々 晴れ 
くもり 時々 晴れ
くもり 時々 晴れ 
くもり 時々 晴れ
晴れ 時々 くもり 
晴れ 時々 くもり
晴れ 時々 くもり 
晴れ 時々 くもり
-
気温(℃)
最高/最低
30 / 24 30 / 24 29 / 24 29 / 23 29 / 23 / -
降水確率(%) 20 20 20 20 20 -
信頼度 A A A B B -
  • ※降水確率の信頼度 A:確度が高い予報 B:確度がやや高い予報 C:確度がやや低い予

南風原陸軍病院壕跡

2015-05-12 09:15:15 | 南風原(はえばる)から発信

 台風6号沖縄本島接近中。 暴風警報が出ていますが、風はそんなに強くありません。 でも急な突風や通過後の吹き返しに注意。 もう少し様子を見ましょう。


 私の住んでいる南風原町には「黄金森公園」という少し小高い丘陵地があり、町の文化センターや運動公園があります。 その文化センター正面にこんな看板があります。

 沖縄戦中の陸軍病院の壕跡です。 日本軍がまだ首里城防空壕を本部として戦闘していた当時、南風原町のこの周辺には陸軍病院が置かれていました。 初めは南風原国民学校に造られたそうですが、空襲が激しくなると壕を掘ってそこに移ったそうです。 南風原陸軍病院壕は20数カ所に分かれてあったそうです。


 標識の矢印にそって行きます。


 階段の道を上がって右側に祈念碑があります。

 じつはこの祈念碑の近くに陸軍病院本部壕があったそうですが、落盤により埋まっています。 近くの案内板を見ると、この黄金森一帯に壕が掘られて、本部,第一外科,第二外科(元内科),第三外科(元伝染病科)に分かれていたそうです。 「元・・・・」というと、戦闘中は負傷者のみを扱っていたということがわかります。

 そして、この病院に看護助手として集められた沖縄高等女学校,女子師範学校の生徒達が後のひめゆり学徒隊になりました。


 さらに上ります。


 丘陵地の上につきました。 この後は下り坂になります。

 この道は「飯上げの道」と呼ばれています。 釜やバケツに入れた飯を壕に運ぶための道です。 空襲の合間を見て、丘陵地を登り降りして食料を運んだ道です。 病院ですから軍医・衛生兵を除き、元気な兵隊はいません。 飯運びはひめゆり学徒隊の仕事だったと思います。 雨の日は抜かる道。 でも飯を運ばなければ、動けない兵隊達は飢えてしまう。 米軍だって壕の存在はわかっていたはず。 米兵がまだ来なくても米戦闘機の機銃掃射はあります。


 その場所にはこんな石碑が。 「仏ぬ前(ほとけのまえ)」 飯上げ途中になくなった人を慰める碑でしょうか? 


 来る時は階段がありましたが、実際の道は地山がむき出し。 泥岩の地肌。 雨が少しでも降れば滑りやすい道。 でも転んだら飯を入れた釜を落としてしまう。 空襲におびえ、飯を落とさぬよう足下に注意して丘陵地を毎日登り降りする。 そして壕に戻ったら負傷兵の手当て・看護が待っている 


 ようやく山道を降りて、壕の近くにたどり着けました。 

 

 ここが南風原陸軍病院壕第20号です。  南風原町は病院壕跡を「戦跡」として残す運動をしています。 それは戦争体験者の体験談を伝えるには時間的限界がどうしてもあるからです。 多くの病院壕は落盤などで崩壊していますが、20号を含め数カ所の修繕活動をしています。 20号は公開していますが、予約や人数規制があり、この日は未公開日で中に入れませんでした。

 

 案内板では、この壕は長さ約70m,幅・高さ約1.8mで、病院関係者のひかえ壕だったこと。 中の支柱は一部焼けこげている(火炎放射器の攻撃にあったのか?)など書かれてました。

 

 今度機会あって、中に入れたらその内容を書き込みたいと思います。 



 

 

 

 

 

 

 


座喜味城跡に行ったら・・・・内地並みの目にあった

2015-05-05 09:15:58 | 沖縄本島にて

 ゴールデンウィークは遠出だ!・・・・本島一周300km程度だけど、他府県のGWに負けずに気分を味わおうと北部に向かいました。 遠出は小旅行ですので、途中寄り道を。 大型ショッピングモールは人だらけなので、あまり人が来ないであろう名所を。 ということで読谷村にある「座喜味城跡」に行きました。


 座喜味城は15世紀につくられたグスクの1つで、標高120mの山の上に琉球石灰岩の切り出し石を積み上げた山城です。


 まずはリュウキュウマツの林の道を歩いていきます。 今日は晴れていますが日差しはそんなに強くなく、涼しい風が吹いています。 木陰ではTシャツ1枚だと少々寒い感じがします。


 松の林を抜けると、早速石門があります。 この城壁は外壁と言えます。 石積なのに城壁はなめらかなカーブを描いています。 とても美しい姿をしています。


 門をくぐるとふたたび城壁が。 今度は門が多少高いところにあります。 ここは内壁になるのでしょうか。


 中にはいると、全周石壁です。 それでどんな形状をしているのか、壁の上に上りますと

 

 このように美しいカーブを描く城壁が見渡せます。 城壁自体は内地のお城に比べて決して高くありませんが、この付近でもっと高い山の上につくられていますから、周りを見渡す感じになります。 座喜味城跡は沖縄が本土に復帰した昭和47年に国指定文化財になり、復帰後15年かけて再建されたそうです。 戦争中は日本軍の高射砲陣地が設営されたそうなので、相当の被害を被ったのだと思います。 そのせいか一部石垣は切り出し岩ではなく普通に石を積み上げた場所もありました。



 ここは本殿跡です。 基礎の石は島尻層群の硬砂岩:ニービでできています。この山は名護層群という千枚岩や頁岩を主体とする地質でできていて、ニービは出てきません。だからこのニービも本島中南部、少なくとも嘉手納以南から持ち込まれたものです。 しかし、こんな綺麗な城壁を持つ山城は内地ではちょっとお目にかかれないでしょう。 なかなかの名所でした。


 さて、それから北部に向かうべく国道58号を北上すると・・・・交通渋滞に巻き込まれました。 沖縄自動車道も名護出口(許田IC)で30分以上渋滞と聞きましたので、一般道を。 見事渋滞。 

 恩納村入り口付近から名護入り口まで、20km程度の距離を2時間かかりました。 これって、内地の高速道路並みの混雑だと思いません? おかげで暇に任せて外の風景を移すことができました。


 でも、渋滞といえどもよそ見運転は厳禁。 あせらず、ゆとりを持って安全運転を。


 名護湾を見渡せるパーキングにて。 のどかな風景です。 今日は日差しはそんなに強くなく、心地よい風がそよぐ絶好の観光日和でした。 でも来週辺りから沖縄地方は梅雨入りのようです。