日本刀鑑賞の基礎 by ZENZAI  初心者のために

日本刀の魅力を再確認・・・刀のここを楽しむ

江戸時代の相州伝 丹波守吉道

2024-06-12 | 
江戸時代の創造的刃文

濤瀾乱刃とは

大互の目乱刃と湾刃を組み合わせ、大波が寄せ来るように、大小連なる互の目を焼き、処々に大波が崩れ落ちる様子を、玉刃を交えて表現した刃文が濤瀾乱刃で、江戸前期の大坂刀工津田越前守助廣の創造になると考えられている。おおいに好まれたのであろう、後に多くの刀工がこれを手本としている。大坂では越後守包貞、近江守助直、尾崎助隆、江戸では水心子正秀等々。この辺りは余りにも有名だから、改めて説明するまでもなさそうだ。そこで、大波を表現したのが濤瀾乱であれば、同様に大波を想わせる刃文、或いは大波を想定して焼いたと思われる刃文、即ち湾れ刃の変化形を眺めてみたい。
 そもそも、助廣が濤瀾乱を創案した背景には、助廣に先行する丹波守吉道に川の流れを想わせる刃文があり、これが盛んに焼かれていたことからヒントを得たのではなかろうかと筆者は想像している。吉道の刃文を手本としたというのではなく、創造的な刃文を生み出す意識が刺激されたのではないだろうかと考えている。ただし、この点は本人に聞いてみなければ本当のところは判らない。新たな刃文の創案であれば、行きつくところは濤瀾乱刃ではなく、さらにそれらの変化形とは言えまいか。助廣の真似に終わるのか、さらに面白い刃文を生み出せるのか…ということだ。
 その背景には江戸時代に隆盛した相州古作への回帰という意識がある。堀川國廣が、出羽大掾國路が、三品の金道、吉道、正俊が求めて焼いたのは古作相州刀である。そして助廣の濤瀾乱刃も、後の変化形湾刃も、相州伝の延長線の刃文に他ならない。
 初心者は刀の刃文と、研師が刃文を見えやすくする刃採りの様子を間違える可能性がある。そこで、これまでと同様に刃文押形のイラストと、写真があればそれを併せて提示する。時にはイラストを参照したほうが判りやすいと思う。



江戸時代の相州伝を俯瞰している。まずは三品派の作から眺めてみよう。
吉道は、三品四兄弟の中でも創造性に富んだ作風を生み出したことで三品派の知名度を上げた刀工。
 筋状の刃文を複式層状に焼き、処々に段差を設けた刃文構成とした。これを「簾刃」と呼びだしたのは誰なんだろう。吉道が簾を刃文で表現しようとしたと考えたのだろうか。そんなことはあるまい。吉道に聞いてみたい。後の我々が吉道のような刃文を視覚的に捉えて表現するとしたら、川の流れだろう、助廣の大波の刃文を「濤瀾乱刃」と呼ぶように。吉道の刃文が「簾刃」なら、助廣の刃文は「玉転がし刃」とでも言い直そうか。
 助廣に先んずること、吉道が創案した刃文は相州伝の流れによることは理解できよう。江戸時代の相州伝は、刃文による絵画的芸術性の始まりでもある。芸術的な刃文とは言え、切れ味が頗る良いことは特筆すべきで、形だけを追求したものでないことは理解しておきたい。吉道の「簾刃」を不当に低く評価する傾向は昔の先生方にあり、その教えに現代の研究家も影響を受けているようだ。

1 刀 丹波守吉道 
 元先の身幅が広く、茎は舟底形。板目肌が流れ調子で地沸が付き、肌立つ風がある。刃文は湾れ調子に浅い互の目が配されており、処々二重刃状に沸が流れ掛かる。地中にも湯走りと飛焼が流れ掛かって複雑。写真では判り難いので、押形イラストを参照されたい。帽子は乱れ込んで先が地蔵風に小丸に返っているところに美濃の名残が感じられる。




2 脇差 丹波守吉道 
 一尺三分だから寸延び短刀とも言い得る寸法。江戸時代最初期にはこの位の小脇差が多い。地鉄は板目が流れて柾がかる傾向が強く、地沸が付いて湯走りや飛焼状に沸の凝るところがある。刃文は形状の定まらない互の目乱と湾れの複合。沸が強く、物打辺りは特に地中の肌目に沿って沸が強く現れ、渦巻き状の肌が窺える。帽子は沸が流れ掛かって先が尖り調子に返る、所謂三品帽子。




3 脇差 丹波守吉道
刃長が一尺六分強。②の脇差と同じような寸法の平造。地鉄は小板目状に詰み、時代が上がるような板目流れ肌の風合いが抑えめ。地沸が強く付いて激しい湯走りから飛焼状、或いは全面に焼が入っているのではないかと思えるほどの激しさ。強い沸の中に複数の沸筋が流れ掛かっており、まさに川の流れを想わせる刃文構成だ。この頃から、吉道の特質でもある創造的な刃文が顕著になるのだろう。帽子は浅く乱れて掃き掛けを伴い先が尖り調子に返る。この刃文をイラストで再現するのは大変であったろうと思う。複式に沸の流れがあり、細かなところは再現できていないのではなかろうか。




4 脇差 丹波守吉道
 筋状の刃文を複式に焼き、処々に段差を設けた刃文構成の始まりであろうか。地鉄は流れるような板目肌に小板目肌が交じり、地沸が付いており、強い湯走りや飛焼はない。刃文が複式に構成された帯状の流れ刃が焼かれており、あたかも川の小岩を超えて流れ下るような景色だ。この調子は区上から鋒、帽子の焼にまで連続している。焼刃について、これまでのような強い沸出来から匂主調になっている点は見逃せない。いずれにせよ、川の流れを表現した作品である。




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