思考の踏み込み

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前田智徳2

2014-07-30 00:15:32 | 
前田の魅力や凄さについて語られるとき、決まって取り沙汰されるのがイチローの発言であろう。


「僕は天才じゃない。本当の天才、それは前田さんの事 ー 。」



そう語り、若き頃のイチローは憧れの選手として公言していた。

しかし、現在のイチローは前田について語ることはないし、内心では前田などとっくに超えている、と思っているかもしれない。

そんな事はどちらでもよい。
要は何年も前のイチローの発言を引っ張り出す必要など今さら無い、ということである。

そんな事をしなくとも前田の野球界における打者としての天才性は、そのムダのない動きを観ていればプロでなくとも判ることである。




イチローの古い発言を引っ張り出す事は、今さらイチローもいい迷惑であろうし、前田もむず痒いだけだろう。

だが身勝手なファン心理というのは、この手の話題が大好きでたまらないものでもある。
今回はあえてそこに乗っかってみてもいいかもしれない。

天才は天才を知るというが、前田の天才性を評価しているのは、いずれも超一流のプレイヤーばかりである。

落合博満は現役時代の前田を評して語っている。


「今の野球界で真の天才は前田だけだ。子供に真似させていいのは、前田のバッティングだけだ。」


たしかに落合のフォームは子供にはマネできないだろう。
というより "オレの高度なバッティング技術は誰もマネできまい" という落合の強烈な自信が、この言葉の奥底にはあるかもしれない。



だがこれは深読みのし過ぎかもしれない。
落合は前田の打撃についてこうも言っている。

「それはプロ野球50年の歴史の中でずっと理想とされてきたフォームなんだ。皆がお手本として良い打撃だー 。」


前田自身もまた、落合の事は認めていた形跡がある。
前田は謙虚な男であるから目上の人物には礼儀正しいが、それを差し引いても落合は別格に見ていたと思われる。

イチローについては 「内野安打なんか打って何が嬉しいのか」という前田の発言が痛烈である。


これはイチローと前田の、ヒットに対する考え方の違いに過ぎないが、理想の打球を追求して求道者の如くあり続けた前田だからこそ言えるセリフでもある。



(イチローの為に弁護しておこう。彼の内野安打は、彼の高度なバットコントロールの結果である。即ち野手の間を抜く ー 狙った所に打つ、という彼にしか出来ない技術が、たまたま野手に追いつかれた、というケースのモノであって、やはりそれは尋常なテクニックではなく、メジャーも含めた野球の長い歴史の中でも "至宝" と呼んで差し支えない程の技術である。)