読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

筑摩書房 現代日本文学全集

2007-11-19 11:25:56 | 日記
 私の父は何とか全集というのが大好きだったので、家には世界文学全集や美術全集や漱石全集、「日本の歴史」「世界の歴史」などたくさんの本があった。中でもおもしろかったのは、タイトルははっきり覚えていないのだけど「日本漫画全集」みたいなハードカバーの漫画全集だった。手塚治虫の「ジャングル大帝レオ」や「リボンの騎士」、つげ義春の前衛的な作品などはみんなこの全集で読んだ。この年代の漫画家の作品集だ。家に本が多くなってきたので古い本は片端から蔵の中にしまわれるようになって、昭和30年頃に出版された筑摩書房「現代日本文学全集」もほとんど読まれないまま、蔵の二階に本棚ごとしまい込まれてしまった。

 夏になると毎年うちに泊まりにきていた従兄弟たちの中で、特に読書好きだった神戸の従兄がこれに興味を示した。彼はとても物知りで、私は好きだったのだけど、メダカすくいや蝉取りに誘ってもちっとも乗ってこなかった。うちに来たその日の午後、庭で捕虫網を一時間ほど振り回してチョウを何匹か捕まえると、さっさとそれを標本にして、あとはずっと蔵の中に閉じこもって日本文学全集を読みふけっていた。1週間も2週間もずっと読んでいるのだ。昼ごはん時に呼びに行くとよろよろと出てきて、ご飯を食べたあとまた蔵に籠って読む。従兄のおかあさんは、彼が痩せていてひ弱なので田舎で元気に遊んでほしいと願ってうちに寄こしていたに違いないのに、まったく外で遊ばないので、夏の終わりにはすっかり青白く、前よりやつれて帰ることになってしまった。蔵に籠って読書の夏休みというのは次の年も続いた。筑摩書房の現代日本文学全集を彼が全部読み終わるまで。

 私はそんなにおもしろいものだろうかとパラパラめくってみたが、むずかしい漢字ばかりで、当時小学生だった私には読めやしない。漱石なんかやたらと当て字が多くて判じ物みたいな文章なのだ。どこが「現代日本」なのじゃー!

 ところで、当時神戸では「兵庫方式」という独特の高校入試制度を採用していた。自宅から近ければ近いほど入試に有利になるらしかった。普通ならば従兄は自宅のすぐ近くにある公立の進学校に行けるはずである。ところが「兵庫方式」にはもうひとつの大きな特徴があった。内申点で実技科目である保体・音楽・技術・美術の点数が二倍に加算されるのだ。従兄は国数理社英は得意であったが実技が苦手だった。要するに運動神経が悪くて不器用だったのだ。それで志望校には行けなくてランクを落とし、電車に乗って通う遠くの高校に行くことになってしまった。ちゃんと夏休みに遊ばなかったからだ。

 しかし、もちろんその高校ではダントツ学年一番の成績だったので、大学は名門国立大学に受かった。めでたし、めでたし・・・ではなくて、その後新興宗教にハマってしまった。そして卒業後その教団の関係の仕事をしていたが阪神大震災で会社が倒壊、転職・・・。その後の紆余曲折を聞くに、やっぱり小学生のうちから夏休みに蔵に籠って日本文学全集なんか読んでいるような子は、前途多難な人生を送らざるを得ないのではないかと私は最近思っている。