読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

映画 「グッド・シェパード」

2007-11-01 18:41:06 | 映画
 昨日、映画「グッド・シェパード」を観たが、とてもおもしろかった。ところどころわかりにくいシーンもあるのだが、公式サイトに載っている佐藤優氏の語り下ろしを読むとよく理解できる。たとえば、大学の教授が主人公に詩の朗読をする前後。つまり教授はホモで、主人公にモーションをかけているというわけか。そう考えると、あの詩だって「若草の匂い」だの、「小川のせせらぎ」だの、まだ完全に訪れてはいない早春の情景を詠ったものというより意味深になってくる。「君はまだ目覚めてはいないよ」って。その詩は剽窃だったのだけどね。
 
 それから、主人公が6歳のとき父親が自殺していて、それがどうも機密情報を敵方に漏らしたことが原因らしいというところ。父親は海軍の情報部員だったのか。佐藤氏の解説でやっとわかった。怖いと思ったのは、大学の秘密結社「スカル&ボーンズ」の先輩が、「君の父上は『国家に対する愛国心』に問題ありとされて昇進できなかったと聞いている。」とささやく場面。メンバーの素性を、家庭内の秘密に至るまで知っているのですか。秘密結社って、名門大学にある閉鎖的な学生サークルみたいなものでしょ。別にあやしいとは思わないんだけども、卒業後も毎年集まって会合を開いて、緊密な交友関係が一生継続するとか、OBには政財界の大物がたくさんいて、その人脈が社会に出てからも仕事上で役立つとか、めまいがしそうだ。アメリカの上流階級ってそんなんですね。
 (今プロダクションノートを読んだら、「スカル&ボーンズ」は実在していて、そのメンバーには現大統領のジョージ・W・ブッシュ、その父親のジョージ・ブッシュさらにその父親のプレスコット・ブッシュ、それから大統領選候補だったジョン・ケリーなどがいるとあった。愕然)
 
 佐藤優氏は、著書の中で日本にもCIAとかSISみたいな諜報機関が必要だとおっしゃっている。そのためには、情報収集のエリートを育成する戦前の陸軍中野学校のような育成組織を作る必要があると。なるほど、この映画を観て、インテリジェンスというものが、いかに人の資質にかかっているかということがわかった。どおりで最近、「エリートの育成」とやたら言われるのだ。日本には、「スカル&ボーンズ」みたいな人材バンクはないからなあ。
 
 他に分かりにくかったのは、エドワードがベルリンにいた時、通訳の女性と一夜を過ごし、その女性がスパイであると気づいた瞬間。なんで?補聴器がなくても聞こえていたってこと?こんなふうにこの映画にはちょっとした言葉や仕草が深い意味を持っていることが多く、注意深く見ないと理解できない。しかし、インテリジェンスの世界では、それだけ観察力や記憶力がないと生きていけないってことでもあるのだろう。「真実の中に巧みに紛れ込んだうそを読み取る能力」というやつ。それを教えてくれた教授も、ソ連のスパイだった通訳も殺されてしまう。みんなどんどん殺されていく。そうまでして「国家への忠誠心」を守らなくてはならないのか?キューバ革命に対抗する亡命キューバ軍組織のため、イタリア系マフィアのボスに会いに行ったとき、その老人は言う。「私たちイタリア人には家族と教会がある。アイルランド人には故郷が、ユダヤ人には伝統がある。あんたたちには何があるんだ?」エドワードは答える。「私たちには合衆国がある。あなた方は観光客だ。」なんだか象徴的な言葉だな。
 
 最近宮台真司の本を読んでいたら、ディズニーランドみたいな社会のシステムを目指すべきだと書いてあったのを思い出した。上層は遊園地で、大多数の一般人はそこで楽しく消費生活を謳歌し、下層にはそれを維持管理する複雑な制御システムがあって、そこではごく一握りのエリートが働くというような社会だ。「ゆとり教育」というのはそのような社会を目指すということが前提になっていて、能力もないのに猫も杓子も東大めざして一列になってガリガリ勉強しなくてもいいんじゃないか、能力の高い子には高度な教育を受けさせ、あとの大多数には一般的な仕事と生活に支障をきたさない程度の教育を受けさせるという区別をつけてもいいんじゃないかってことらしい。この映画を見ると、トップエリートだの上流階級だのって辛そうだから、それもそうだなあと思う。私なんか絶対CIAは務まらない。すぐ殺される。そうでなくてもお金に目がくらんでべらべらと秘密情報を喋っちゃう。だって、情報ってお金になるらしいから。エドワードの上司である長官なんかも、スイスの銀行に秘密の口座を持ってせっせと蓄財に励んでいたじゃないですか。けしからんよ!長官にしてこうなのだ。友人も、恋人も、上司も、同僚も、みんな信用できない。そんな過酷な人生をだれが歩みたいものか!

 そういえば、手島龍一・佐藤優「インテリジェンス 武器なき戦争」(幻冬舎新書)の中にこんなエピソードがあった。ソ連崩壊前、モスクワに駐在し情報収集していた日本の外交官が、イズベスチアのコラムで、「妻が一回しか履いたことがないと言って、ブーツをプレゼントしたことがなかったかな?」と書かれたというのだ。それって盗聴されているってことでしょ。あるいはハニートラップ?また、佐藤優・高永「国家情報戦略」(講談社+α新書)に、こんなことも書かれていた。
 在韓アメリカ軍は、最新型のU-2偵察機三機を韓国中部の呉山にあるアメリカ第七空軍基地に配置して、その三機を八時間交代で、一機ずつ飛ばしています。U-2機は高空偵察機なので、休戦ライン近隣の二万五〇〇〇メートル上空から、北朝鮮地域を特殊撮影しています。
 U-2機を通じて収集された情報は、アメリカ太平洋統合軍司令部(CINCPAC)と在韓アメリカ軍および韓国国防省の情報本部に提供されます。U-2機が収集した諜報の他にも、偵察衛星からの写真。通信傍受(盗聴)情報、および人間情報(ヒューミント)が提供され、情報本部はそれを総合的に分析しています。
 これらの情報をベースに、韓米連合司令部は、対北警戒態勢のレベル、すなわち「デフコン」(DEFCON)の程度を決めます。韓国軍はアメリカ軍が運用する高価な諜報衛星と最新U-2偵察機を通して、戦略情報の100パーセントを、そして戦略情報の70パーセントを提供してもらっているといえるでしょう。
佐藤 諜報衛星とU-2偵察機の対北朝鮮偵察能力はどれくらいあるのですか。
 私がアメリカ軍情報当局のNSA関係者(韓国系アメリカ人)から聞いたところによれば、金正日のほんの微細な動き、たとえば息の音まで感知可能なようです。こうしたことを通じて、彼の健康状態まで把握できるといわれました。
佐藤 じつは、中東の某国で、シリアのアサド大統領について、自宅のベッドルームにいるか居間にいるか、そこまで探知しているという話を聞いたことがあります。ですから、高さんの話に意外感は持ちません。

 「そのうち映画「デジャブ」みたいに、あらゆる場所の監視カメラの映像からターゲットの行動がすべて特定できるようになるのじゃないか?」と少し空恐ろしくなった。