読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

サンテグジュペリ「星の王子さま」

2007-11-05 22:23:17 | 本の感想
 最近「王子」が流行っているらしいがあんまり感心しない。だいたいなんであの人たちが王子なのかわからない。そこいらへんを普通に歩いていそうな草食動物系の顔立ちだし。(監禁王子は別にしても)
 しばらく前、書店をぶらついていたらサンテグジュペリの「星の王子さま」がずらりと並べてあって驚いた。みんな翻訳者が違うのだ。「星の王子さま」はずいぶん昔に読んだきり忘れてしまっているので、ためしに一冊手に取ってパラパラっとめくってみた。出てきたのは、バラのところだった。「花」と書いてあるだけだけど、私の記憶ではバラだったと思うんだけど。
 王子さまは「ぼく」に「棘はなんの役に立つの」と問いかけている。
小島俊明訳「星の王子さま」(中公文庫)

「棘は、何の役にも立ちゃあしない。花の悪意そのものさ」
「ええ!」
 しばらく言葉を失っていましたが、王子さまは悔しそうに、こう言い放ちました。
「信じられないよ!花はか弱いんだ。初心なんだ。できるだけ安心していたいんだ。刺があれば、怖いものになれると思っているんだ」 
ほら、バラですよ。バラはか弱くって初心(うぶ)なのだ。
もともと王子さまの惑星の上には、花びらが一重の、場所もとらないし、邪魔にもならない、とてもすっきりした花が、幾つも咲いていました。この花たちは、ある朝草のあいだから姿を見せたかと思うと、夕方には消えてしまうのでした。ところがある日、王子さまのその花が、どこからともなく運ばれてきた種から芽を出したのです。それで王子さまは、ほかの芽とは全然違うその芽をすぐそばで見張ることにしました。それがバオバブの新種かもしれなかったからです。
なんて田舎なんだろう!バオバブとバラの苗の区別もつかんのかい!

その芽は低木に成長し、おもいっきり勿体をつけてからひとつの花をつける。
その花はおしゃれで、気位が高かった。
 彼女は、あまりに念入りなお化粧疲れからか、欠伸をしながら言いました。
「ああ、やっと目が覚めたわ・・・・ごめんなさいね。・・・・まだ髪がすっかり乱れていて・・・・」
 王子さまは、そのとき、うっとり見とれてしまいました。
「きれいだね!」
「でしょう?」と花は静かに答えました。「それに、あたくし、太陽と同時に生れたのよ」
 王子さまは、彼女があまり謙虚でないことを見てとりました。とはいっても、実に心を奪われるほどの美しさでした!
やっぱりバラだ。バラはうぬぼれ屋なのだ。だけど若くて栄養の行き届いた幸福そうなバラの花が朝露をまとって咲いているところを見たことがある?一度見たらもうバラの魅力からは逃れられないのですよ。
こうして王子さまは、早くもやや気難しい彼女の虚栄心に苦しめられるようになったのでした。たとえばある日、花は自分の持っている四つの棘の話をしながら、王子さまに言ったのです。
「虎たちが、爪で引っ搔きにくるかもしれないわよ!」
「ぼくの星には、虎なんかいないよ」と王子さまは反論しました。「それに、虎は草なんか食べやしないよ」
こいつ、バカだ!
バラが「虎が来る」と言ったら出てくるのだ。
棘を見せたのは『これがあるからだいじょうぶ。あなたを守ってあげるわ。』と言っているのだ。おい!
「あたくしは、草じゃないのよ」と花は静かに答えました。
「ごめんね・・・」
「虎なんてちっとも怖くないけど、風が気に入らないのよ。ついたて、お持ちじゃなくて?」
《風が嫌いだなんて・・・・・・植物なのに、困ったな。この花はずいぶん気難し屋だ》と王子様は思いました。
あたりまえだ!バラは気難しいのだ。
「夕方になったら、ガラスの覆いをかけてくださらない?あなたのとこって、とっても寒いのね。星の位置がよくないのよ。あたくしの故郷のあちらはね・・・・・・」
 しかし、彼女は途中で口をつぐんでしまいました。彼女は種の形で飛んできたのでした。ほかの世界のことは、何ひとつ知る由もなかったのです。
バラが寒いと言ったら寒いのだ。覆いがいると言ったらいるのだ。言う通りにしないと一夜にして枯れてしまったり、虫に喰われてしまったりするのだ。なんですぐ言うとおりにしない!
だから王子さまは恋心を抱いていたのに、早くも彼女を信じられなくなったのです。なんでもない言葉をまじめにとって、とてもみじめになったのでした。
「花になんか耳を貸さなければよかったんだ」とある日、王子さまはぼくに打ち明けました。「花の言うことなんか絶対に聞いちゃいけない。眺めて香をかぐだけでいいんだ。ぼくの花は星をいい香で包んでいたけど、その香を楽しむことができなかった。ぼくをひどく苛立たせた虎の爪の話だって、いじらしいと思うこともできたのに・・・・・・・」
それは違うぞ!
「あのとき、ぼくは何も理解できなかったんだよ!彼女の言葉じゃなく振る舞いで、その心を分かってあげればよかったのに。彼女はぼくをいい香で包み、ぼくを照らしてくれていた。けっして彼女から逃げ出すべきではなかたんだ。かわいそうな企みのかげに隠れていた、彼女の優しさを見ぬくべきだったんだ。花って本当に矛盾しているんだから!けれどもぼくは幼すぎて、その矛盾を好きになれなかったんだ」
そうだ!その通りだ!おまえはアホだ!
「さようなら」と王子さまは繰り返しました。
 花は咳をしました。けれども、風邪をひいていたからではありません。
「あたくし、馬鹿でしたわ」と、ついに口をききました。「ごめんなさいね。お幸せになってね」

「そうよ、あなたが好きよ」と彼女は言いました。
「ちっとも気づかなかったわね。あたくしがいけないんだわ。そんなこと、もうどうでもいいけど。あなたはあたくし同様に、お馬鹿さんだったのよ。お幸せになってね・・・・・・そのガラスの覆いなんか、放っといてちょうだい。もうそんなもの要りません」
「だけど、風が・・・・・・」
風が体にさわるから覆いをかけてくれと言ってたと思うの?
バカな男だなあ。
「だけど、獣が・・・・・・」
「蝶々と知り合いになりたかったら、毛虫の二、三匹は我慢しなくちゃいけないわ。蝶々って本当にきれいよ。蝶々じゃなかったら、誰があたくしのところに来てくれるのかしら?あなたは遠いところにいらっしゃるのでしょう?大きな獣だってちっとも怖くないわ。刺を持っているんですもの」
 そういって、無邪気にも花は四つの棘を見せました。
おい!こんな花を置いて出ていくのか、おまえは?

 王子さまはある場所で薔薇園を見つけてびっくりする。そこにはあの花にそっくりの花たちがたくさん咲き乱れていたからだ。やっとわかったんかい!
 そして王子さまは、たいへん惨めな気持ちになったのです。王子さまの花は、この宇宙でその種の唯一の花だと語っていたのでした。それなのに、たった一つの庭に、まったくよく似た薔薇の花が五千本もあるなんて!
《もし、あの花がこのさまを見たら、さぞ傷つくだろうな》と王子さまは思いやりました。《彼女はきっと大きな咳ばらいをして、笑いものになるのを避けるために、死んだふりをするだろうな。そして、ぼくは、彼女の介抱をしなくちゃならないだろう。だって、もしそうしなかったら、ぼくにも恥ずかしい思いをさせるために、本当に死んでしまうだろうから・・・・・・》」
絶対に知らせるな!ほんとに死んでしまうぞ。バラは死にやすいんだ。おまえなんかにはわからない理由であっけなく死んでしまうんだ。
 それから、王子さまはさらにこう思いました。《この世で唯一の花を持っているおかげで、ぼくは豊かだと思っていたのに、普通の薔薇の花を一本持っていただけなんだ!あの花と膝までの高さの三つの火山(そのうちの一つは、永久に休火山かもしれない)、これじゃあ、ぼくは立派な王子になんかなれっこない・・・・・・》それから草の上に突っ伏して、涙を流しました。
ああ、これがあの有名な「星の王子さま」なの?これは私が今までに見た中で一番アホな男だ。アホの王子なんかい!世の中にはな、もうこの世のものとは思えないほど美しい色彩の花びらや、ビロードのような官能的な光沢の花びらを持つ薔薇がいるぞ。だけど、それはおまえには関係ないだろが!どんなに見劣りがしていても「虎が出てきたら、この刺でやっつけてやりますわ」なんておまえに言ってくれるバラが他にいるか?わからんのかい!おまえなんか地の果てまで行ってしまえ!

 と、私は本屋で立ち読みしながら腹を立て、ぷんぷん怒りながら家に帰ったのであった。