2008-10-05 に、このブログで大相撲の八百長問題を取り扱ってから、もう2年以上が経つのに、八百長問題はいっこうに収まらない。
これはなぜかというと、元来、大相撲は八百長なしにはやっていけない興行だからだと私は思う。
第一に、ある程度八百長を認めないと、興行としてつまらないものになってしまう。プロレスを見よ。プロレスに八百長があるといって騒ぐ者はいない。プロレスでは八百長も実力のうちで、だから面白いのである。
第二に、毎日ガチンコ勝負をやっていたなら、現在のように年に5場所もできない。常識で分かるだろう。マラソンだって、ボクシングだって、ガチンコでやるから、同じ選手が年に何度もできない。
それなのに自分で国技だと言い張って(国技だと法律に規定されているわけではない)、八百長なぞないかのように振舞っていること自体が笑止千万である。
いい子ぶらないで、八百長でも何でもやるがよい。そうすれば、相撲人気はジリ貧にならなくて済むかもしれない。ジリ貧なのは、新弟子が年々減っていることから明らかである。
これはなぜかというと、元来、大相撲は八百長なしにはやっていけない興行だからだと私は思う。
第一に、ある程度八百長を認めないと、興行としてつまらないものになってしまう。プロレスを見よ。プロレスに八百長があるといって騒ぐ者はいない。プロレスでは八百長も実力のうちで、だから面白いのである。
第二に、毎日ガチンコ勝負をやっていたなら、現在のように年に5場所もできない。常識で分かるだろう。マラソンだって、ボクシングだって、ガチンコでやるから、同じ選手が年に何度もできない。
それなのに自分で国技だと言い張って(国技だと法律に規定されているわけではない)、八百長なぞないかのように振舞っていること自体が笑止千万である。
いい子ぶらないで、八百長でも何でもやるがよい。そうすれば、相撲人気はジリ貧にならなくて済むかもしれない。ジリ貧なのは、新弟子が年々減っていることから明らかである。