院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

「風」と「無常」の関係

2012-12-27 06:32:46 | 俳句
    秋風や藪もはたけも不破の関  芭蕉

 上の句を知っている方は、かなりの俳句通である。この句は紀行文「野ざらし紀行」(1684年)に所収されている。俳句界では名句ということになっている。

 不破は岐阜県関ヶ原にあった古い関所で、789年に廃止になった。その後、「不破の関」は枕詞として和歌の世界に残った。

 だから掲出句には「本歌」がある。本歌は以下である。

    人すまぬふはの関屋のいたびさしあれにし後はただ秋の風  藤原良経

 この歌は1201年8月3日の歌合せで詠まれた歌である。歌の意味は、人が住まなくなって不破の関屋も板びさしも荒れてしまった、今は秋風が吹いているだけである、ということだ。

 1205年に新古今和歌集が編まれる前の歌である。

 俳句のほうも和歌のほうも、「秋風」に「無常」を見ている。

 「風」に「無常」を感じる感性は現在でも残っている。はしだのりひことシューベルツというフォークグループが1968年に結成されて、「風」というフォークソングをヒットさせた。「人は誰もただ一人旅に出て・・」と始まり、「・・そこにはただ風が吹いているだけ」と結ばれる。

 この歌の作詞者は北山修さんで、後に精神科医として活躍している人である。北山修さんが、ここで掲出した俳句や和歌を知っていたかどうかは分からないが、少なくとも風が無常を表す言葉として日本人に受け継がれていることを体現している。(この感性が800年も受け継がれているのだ。)

 海外で風が無常を暗示することがあるのかどうか、海外の詩歌に疎い私は、残念ながら知らない。