只の道…淡々と歩く

無いものを在るとする…ゆくゆくは苦悩となる
無いものは無いのです。

何を語っても「幻想」で意味はありませね。笑

2018-02-15 09:26:57 | 日記
私(自我)は、心配、迷い、不安、苦悩、恐れの中で
生きているのですね。

つまり、私(自我)が創作したもので、私(自我)が心配、
迷い、不安、苦悩、恐れているということです。

そしてそれにいつまでも引っ張られていると、
よからぬ事にまで発生するのです。

ですから「思考自我」が創作したものを、心眼で“只、見る!”
ことです。

そうすることで「幻想」ですから消え去っていくのです。

言わば一瞬の隙を与えない、隙をつくらないで
事実の“”に居ることです。

そうなるよう“只なる実践”の持続で“本来の今”を
体得することです。

体得とは、私(自我)がこの世には居ないということを、
頭脳ではなく身体で感じ取るということです。

それが“今この瞬間・無思考”という真実です。

犬や猫の動物は、どれ一匹として我輩は犬や猫であるという
認識はまったくないのです。

また、生きているとか死があるなどは持っておらず、
あるがままに過ごしているのが事実ですね。

ですから、人間にしてみれば「思考自我」という
「幻想」が、いかに事実を捻じ曲げているかおわかりに
なることでしょう。

今、今、今、淡々と“実践道”を歩み続け
真実に“目覚める”ことです。