以前本ブログで、第一三共の社長インタビューを読んだ感想として、「(医療用医薬品メーカーは)どのコンピテンスを基軸にして組織を組み立てようとしているのかわからない」ということを述べた。しかし、この長谷川社長のインタビューを読んで、製薬企業の組織づくりの一つの考え方を理解したように感じた。
長谷川社長は次のように述べている。
「・・・この将来像に向けて、中間点となる2010年度までに何をしなければならないか、確実に目標を達成するためにはどの領域でどんな新薬を開発すべきかを一つひとつ明確にして計画にまとめ上げました。計画に関しては、ただ作っただけでなく、半年ごとに進捗をチェックしていきます。こうした緻密さは、おそらく日本の企業にしかないのではないかと思います。」
パイプライン管理を中核とする柔軟な計画経済と言ってよいだろうか。ここから理解されることは、次のようなコンピテンス・レイヤーが想定される中で、どのレイヤーを基軸に組織を組み立てようとしているかと言ったら、
-
○医療
-
○製品
-
○新薬(ただし承認前) ・・・臨床試験
-
●新薬候補 ・・・ 新薬コーディネート
-
○化合物 ・・・前臨床試験まで
-
○科学的知見
新薬候補/新薬コーディネートのレイヤーである。(私は創薬プロセスには全くの素人であるが素人理解で言うと)前臨床と臨床試験との間、パイプラインの要にあたる位置であろうか。ファイザーが大型新薬の開発を臨床試験の結果を受けて取りやめたことによってファイザーの中期的業績見通しに大きな影響が出た、という最近のニュースからも伺えるように、市場性と成功確率を予見できる「新薬候補」を揃えることが新薬メーカーの経営の「鍵」だからである。
新薬候補のリストアップの状況に応じて、例えば有望新薬候補がコケれば新たな化合物候補の調達を急がなければならず、逆に製品化が見込まれれば特許切れ前に世界の市場に浸透させことができるような販路を構築しなければならない。すなわち、化合物サイドの状況と、臨床試験サイドの状況の両方を見渡しつつ、指揮をとっていかなければならない。
◆
「医療価値の高い新薬を安定して医療現場に供給する」というミッションの鍵が、そのような「新薬コーディネート」のレイヤーにあるとすれば、組織を組み立てるアプローチには次の2通りが考えられる。いずれも新薬コーディネートできる企画マンをコア人材としつつ、
- 身軽な組織: 化合物調達/販路構築ともできるだけポータブルにして、外部化しておくことにより、すなわちスポットで化合物を調達し、製品についてはスポットで販売契約を結ぶことにより、パイプラインの内容が変動することによる組織へのリスクを減らす。
- 重装備の組織: 市場取引に近い間口の広さを確保しつつ、しかしより安定した化合物調達とより安定した販路構築をできるように、研究開発組織、販売組織ともに柔軟に内部化する(あるいは場合によっては外部化する)。すなわち、M&Aを多用する。
本インタビューで語られている選択肢は後者である。医薬品の場合、化合物や新薬候補について十分な情報を得る/伝達することには大きなコストがかかり、市場に頼るのでは十分ではないため、「M&Aの多用による緩い垂直統合」を行い、中長期的な計画とコミットメントに基づく組織的なリソース調達・配分を志向するのであろう。そしてそれを一定の規模で行うことにより、パイプラインの内容が変動することによるリスクを吸収できるのであろう。(ひらたく言えば、一つの新薬候補がコケたくらいでは全体はコケないような安定性を得られるのであろう。)
そのような、「組織のパイプライン」を世界規模で構築しようとするにあたり、武田薬品が、世界的に通用する普遍性の高いロジックに基づく「職務/評価/報酬の制度」を既に作り上げていることが決定的に重要になることを容易に想像することができる。有名な武田薬品の成果主義人事制度は、単に利益率を世界水準に近づけるための成果主義人事制度ではなかった、というわけである。そもそも成果主義人事と呼ばず普遍主義人事と呼ぶとか。そして普遍主義人事の本当の出番はどうやらこれからである、と理解した。