この本は学校教育分野の本。個性や才能の方向性に合わせて、クラスや学年の壁を越えた学校内コミュニティを作り、その課外授業の比率を高めていくための試論や実践ガイド。企業における、本人の専門性・適性やキャリア志向性に合わせて、事業部門の壁を越えた企業内プロフェッショナルコミュニティを作り、その活動の比率を高めていこう、という考えとまったく同じである。
個性や才能の方向性を明らかにするための、能力因子のモデルとしては、ハワード・ガードナーの多重知能のモデル、およびロバート・スターンバーグの思考スタイルのモデルが用いられている。どちらのモデルも大変に有名なものである。どのようなものかというと・・・(以下、HRアドバンテージのウェブサイトに書いた記事から一部そのまま持ってきます。)
◆ 多重知能理論・・・米ハーバード大の教育学教授のハワード・ガードナーが提唱する、「知能はIQだけではない」「各人の才能の方向性に合わせた教育がなされるべき」という主張を支える理論。次の8つの知能が提唱される。
・言語的知能
・論理数学的知能
・空間的知能
・音楽的知能
・運動的知能
・社会的知能
・博物的知能
・実存的知能
(出典:ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD など)
ハワード・ガードナーは昨年さらに、未来を切り開くにあたって今後重要になる「5つのマインド」(Five minds for the future)というものを提唱。
・専門分野で訓練されたマインド
・分野を総合するマインド
・創造するマインド
・相手を尊重するマインド
・倫理的なマインド
◆ 思考スタイルの理論・・・米イェール大の教育心理学教授のロバート・D・スターンバーグが提唱する、人によって異なる思考スタイルに関する理論で、自己管理の仕方は政府の形態になぞらえることができるとの見地から、個人が持つ思考スタイルとそれによる個人のタイプを、次のように分類。
・立法的人間 (Legislative)
・行政的人間 (Executive)
・司法的人間 (Judicial)
・君主制人間(monarchic)
・階層制人間(hierarchic)
・寡頭制人間(oligarchic)
・無政府制人間(anarchic)
・・・
それぞれ、ハーバード大学およびイェール大学の重鎮の議論であるが、これが学問であり、科学だろうか、と一瞬疑う。多重知能の議論においては、知能の分野と認められる根拠として、「脳の部位との対応関係」や「その分野の天才の存在」などがあげられているのだが、それが科学だろうか?たとえば「音楽的知能」一つとったって、その中身はさらに分解できて、「音感」と「音楽性」とは別であることは知られているし、この種の議論は、能力分類がどんどん増えていくことに行き着くのではないか。また、スターンバーグ大先生の大まじめなアナロジーの議論も、これが学問だろうか?つまるところ、性格占いと変わらないとも思うのである。
しかしどちらも大先生であって、沢山のフォロワーがいるのであって、それはどういうことかというと、オピニョンリーダーということに近い。「IQ偏重を打破して子供を解放する」「能力開発の効率を上げて国の競争力をつける」・・・このようなアジェンダが重要と見なされ、共感を呼び、そして皆が固唾を飲んで見守っているのである。
この種のタイプ分けの根拠付けは、実証的には、統計の因子分析を用いて行われることになる。どの程度の統計的な凝集性があればファクター(因子)と認められるかということについては、定まった理論はない。ごく僅かな兆候程度のものであっても、分類する思考の手がかりになるからだ。分類・タイプ分けするニーズがある以上は、人は最終的には分類・タイプ分けして世界を認識してしまう。血液型、星占いでも当たっていると感じることになるし、そして人物を論ずるにあたって大いに使ってしまう。それだったら、意味を理解しやすく、使いやすく、そしてできれば統計的にも妥当性を言える、そのようなモデルを用いることが大切である。
その意味で、ガードナー大先生の講演からは、東海岸の人らしい伝統的価値観が伝わってくる。未来を切り開くための5つのマインドの一つ目に、(既に確立している特定の分野における思考パターンをまず身につけるべしという)"Disciplined" が出てくるところなどには、英米流の経験論的な価値観がある。スターンバーグ大先生の政府の形態になぞらえる議論も、建国以来政府の形態を議論してきた米国ならではの共感を呼ぶのであろう。