私の考えでは、組織論は実はホットかつまだ未開の分野である。経営戦略論や、SCM/CRM/PLMなどの業務プロセス論や、ABC/ABM/BSCなどの経営管理論は、問題の立て方やアプローチ方法が既に固まっており、ベストプラクティスがソフトウェアとして実装されつつある。
しかし、「人と組織」という領域は、まだまだ、実務家や学者が各人各様のアプローチをしている段階であるといってよい。例えば端的には、「人材マネジメント論」と「組織論」は本来表裏一体であるにも関わらず、それぞれの専門家が別々の角度から議論しているのが現状である。(最近は経済学の視点が新たな有力な視点として加わっている。)
それはいうまでもなく、「組織」というシステムが、「個人」や「経済・社会」を含む、一筋縄ではいかないシステムだからであって、個人レベル-組織レベル-経済・社会レベルといった分析レベル別に物事を考えると、どうしてもそうなってしまうのである。しかし、個人-組織-経済・社会がバランスしたところに企業組織は成り立っているのであり、これらを統合して一望できるような議論が必要である。
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現在私達は(私は)、次のような組織論を必要としている。(マニフェスト!)
- 「個人レベル」「組織レベル」「経済・社会レベル」を統合した議論ができること。個人のモチベーション、キャリア形成やワーク&ライフバランスの問題を、企業戦略の議論と同じ文脈の中で議論できなければならない。
- 「(構造が定義されている)公式組織」と「(構造が明確ではない)非公式組織」を統合した議論ができること。組織図では表せないような、ネットを通じたコミュニケーションの比重がますます高まっているのであるから。
- 「構造論(静態論)」と「プロセス論(動態論)」を統合した議論ができること。構造を押さえながら、同時に、人間の営みとしての作用も反作用も考慮に入れることができるように。
- 「組織内」と「組織外」を統合した議論ができること。組織の境界線があいまいになったり、組織が重層化したり、そのことから組織への出入りも激しくなっていることを扱うことができるように。
- 「目的論(戦略論含む)」とその目的を実現する「組織論」を統合した議論ができること。世界的な分業の再編の中で、どのような事業や機能に特化するかによって組織の特徴も大きく異なってくる、その全体像を扱うことができるように。
- 「日常的なオペレーションを遂行する組織」と「創造や革新を行う組織」を統合した議論ができること。両者は切り離すことはできず、日々の業務の中で改善や革新を続けることがますます重要になっているのであるから。
- そして最後に何よりも大切なこととして、様々な角度から組織の現象をばらばらに取り扱うのではなく、組織運営の全体感を得ることができるものであること。その組織論がビジネスマンとしての日々の直感的判断の精錬に資するものであること。あたかも音楽理論が、分析的でありながら、音楽の全体像の直感的理解を助けるように。
そして私は、組織論の有効性の試金石は、ITが組織に与える影響を明快に説明できるかどうか、ということにあると考えている。ITによって企業組織の何が変化しているのか、何はこれまでと変わることなく残るのか・・・この大問題は、まだ十分考察されているとは言い難いのである。
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さて、そのような視点で組織論の概説書をいくつか開けてみる。
- 「組織論: 桑田耕太郎・田尾雅夫(1998): 有斐閣アルマ」 ・・・ 学説紹介を抜け出すべく新しい体系にチャレンジしているが、学説史として編集するよりかえってわかりにくくなってしまったかもしれない。
- 「組織論再入門: 野田稔(2005): ダイヤモンド社」 ・・・ 個人(ミクロ)レベルと組織(マクロ)レベルの断絶が残されたままである。ミクロとマクロの間を行ったり来たりすることが大切だと語る。
- 「組織デザイン: 沼上幹(2004): 日経文庫」 ・・・ 寸分の隙もなく体系的に組織設計論を展開することに成功しているが、それは「日常業務のオペレーションを行う組織」に的を絞ることで可能になっている。
組織論に限らないが、日常の思考の基礎として本を用いることができるためには、読み終わった後で、頭の中でその目次を再構成できなければならない。それができなかったとしたら、読んだ本を思考の血肉としては使えないのである。しかも、無理に丸暗記するのではなく、ある一定の前提を理解することによってそこから論理的に再構成できることが望ましい。そのような体系が、どうやら組織論にはまだ確立していないのである。
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あるべき組織論の雛形はないのか?!ただ一つ筆者が満足できるものが、何度も言及している、チェスター・バーナードによる古典、「経営者の役割」である。その組織論は、ただ一つの命題に基づいて組織のあらゆる側面を取り扱う土台を築くことに成功している。すなわちそれは、次の命題を展開したものとなっており、
組織は、
互いに意見を伝達できる人々がおり、 (⇒コミュニケーション)
それらの人は行為を貢献しようとする意欲をもって、 (⇒協働意欲)
共通目的の達成をめざすときに (⇒共通目的)
成立する。
そしてこのシンプルな命題から全ての考察が派生している。そしてそれによって、組織現象のあらゆる側面に光を当てることができており、しかもそこでは、個人のレベルと組織のレベルが分離することなく、常に、個人-組織-環境のバランスが議論されている。
実は、バーナードの組織論は、「完全な組織論」であると言われている。
- ケネス・アンドリュウスは、本書の30周年記念版序文の中で、バーナードの理論について次のような指摘を行っている。「どこにでも起こっているがほとんど理解されていない一連の現象を、体系的に吟味し、解釈したほとんど唯一の例と思われる。」
- また、「エクセレント・カンパニー」(In Search of Exellence; Thomas J.Peters & Robert H. Waterman; 1982 )はバーナードの理論を、Herbert Simon; Administrative Behavior; 1947および、March & Simon; Organizations; 1958 とともに、「完璧なマネジメント理論と呼ばれるに値するものである」と呼んでおり、「それ以降、真の組織理論は書かれていない」とすら書いている。 ・・・ ただし、バーナードの議論を受けて発展させたハーバード・サイモンの議論は計算機科学との接合を目指した抽象的なモデル論に足を踏み入れつつあるので、組織の全体像理解から離れつつある。バーナード自身、サイモンの理論について「知的な意味では有用だと思うが、全体状況を効果的に統合しうるかどうか」と疑問を投げかけたという(出典:「知識創造の経営:野中郁次郎(1990):日本経済新聞社」)。
バーナードこそは、「目の前で起こっていることを把握する繊細な感受性」、「稀有な概念化能力」、そして「思考や判断の全体性を維持しようとする実務家の良心」とが合体した、理想的インテリである。
繰り返しになるが、本を活用する上ではまず一つの目次をマスターすることが大切であるので、あれこれ組織論にあたるよりは、まずは様々な議論の源流にあたるバーナードの体系を押さえることが、組織論の議論を豊かなものにする上で有用である。ただし実は、バーナードの「経営者の役割」は、あまりにも晦渋であるので、読めた代物ではない。日本語訳も旧いものである。しかし要は、その体系を参照しながら現代の議論が積み重ねられればいいのだ。
(後日追記) 上述したマニフェストに従って『多元的ネットワーク社会の組織と人事』を書きました。