梅田望夫氏のオプティミズムを強調する語り口は必ずしも好みではないし、本書には新しい情報が盛り込まれている様子でもなかったので、今週末に至るまで読んだことはなかった。しかし、読み始めてみたら、組織・人事を専門にする人間にとって、15分どころか、丸一日かけて読むに値する本であった。
いまはまだ、リアル世界とネット世界の境界領域で必要なスキルを身につけた人は少なく、そこで必要とされる能力もまだ正しくは定義されていない。(P.206)
・・・この重要な問題設定に対して、本書ほど日本語で質・量豊かに解答を試みたものはないだろう。というよりも、本書が最初の試みだろう。前半が組織・リーダーシップ論、後半がキャリア・コンピテンシー論になっている。そして、それぞれ、組織・リーダーシップ論としても、キャリア・コンピテンシー論としても、(評論家としてではなく)一流のコンサルタントによる議論のたたき台として、十分以上の質・量のものが、展開されていた。
本書の結論の一つは次の部分だが、
- ウェブ2.0時代のリーダーとスモールビジネスの間に強い親和性があるのではないかという仮説(P.214)
- 「志向性の共同体」のリーダーがスモールビジネス・オーナーという姿がひとつのロールモデルとして描けるのではないか。(P.215)
- 「スモールビジネスを作る」のと「ベンチャーを起こす」のはぜんぜん違うことだ。(P.219)
それは、梅田氏の議論について巷間言われるように単に「好きを貫くオプティミズム」を煽ったものではなく、本書の中に展開されているキャリア・コンピテンシー論は、HRの視点から見ても非常にきめの細かい記述である。例えば、将棋の遠山四段をモデルにした、「けものみち力」コンピテンシーモデルの記述(P.113)は、今後の議論の雛形になるものと思われるし、若者がスモールビジネスに向いているかどうかを見るための試金石としてのケーススタディ問題(P.204)なども、シンプルだが有用なものであるし、好きを貫くキャリア形成方法についても、「ロールモデル思考法」という形できめ細かい方法論が展開されている。
米国のスモールビジネスの状況を踏査したものとして、ダニエル・ピンクの『フリーエージェント社会の到来』があるが、そこから一歩踏み込んだものとして読むことができる。あるいは、格差社会やニート問題の代表的な論者である玄田有史氏の結論の一つは、優良な新興中小企業が最も多くの雇用を生み出していることが実証できるためその方向性を誘導することが雇用を生み出すための近道だ、というものであるが(『成長と人材―伸びる企業の人材戦略』)、その議論を深めるためのものとしても読むことができる。
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ただ、本書の前半で展開されているオープンソースの組織論・リーダーシップ論については、その結論の妥当性の射程になお留保がつくように思った。巨大なオープンソース・プロジェクトがいかに成り立つのか、ということに関する、次のような知見のまとめは貴重ではある。
- オープンソースの成功の条件は、「人生をうずめるほどの没頭を示すリーダーがいるかどうか」であるということ (P.67)
- 参加者間での無数の諍い・争いの調停や仲裁がリーダーの大きな役割になるということ (P.70)
- 大きなお金とは切り離された空間だからこそ、悪があえて介入するだけのインセンティブが少なく、それにより善性が際立つ「知と情報のゲーム」の空間になるということ (P.76)
しかしながら、それを組織論のフレームワークにあてはめて、足りないところを補いながら全体性、整合性を次のようにチェックしてみる時、
- 共通目的―――先行するものがあり、それが明確であり、かつそれを超えようという野心を含んでいること?
- コミュニケーション―――アーキテクチャ/モジュール構成が予め明確であること、常に全体がリアルタイムで公開されていること
- 協働意欲―――対象を完成させることへの貢献以外の評価基準を含まないこと、リアルタイムで貢献結果がフィードバックされること
チャレンジする対象を誰もが明確に理解できるような目的が設定できる限りにおいて、オープンソース・プロジェクトは成り立つのであって、そのような目的とは、既に世の中にある物のコピーを作ることに限定されてしまうのではないか(UNIXのコピー、ブリタニカ百科事典のコピー、シスコシステムズのルーターのコピー・・・)、そのような目的設定が有効な社会的な課題は限定的なのではないか、という疑問がなお残る。
人々の活動を集約して何事かを成し遂げるための場として、ビジネスの場のほかにも、アカデミックな場などが存在してきたが、それらと並び立つような/それらを代替するような場が、ウェブの中に生まれつつあるのかどうか、ということについては、なお継続して考えたい。