人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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「進研ゼミの福武書店」だったベネッセコーポレーションは、いつの間にか、赤ちゃんからお年寄までを対象にする教育産業のメジャーになった。私の子供も、「しまじろう(乳幼児教育のキャラクター)」に接していたら、それがいつの間にか「進研ゼミ」に化けていた口であり、この後「進研ゼミ」が何に化けるのかわからないが、いずれにしてもベネッセが人生のライフサイクルを支援する大教育事業になっていることは確かだ。

グループで約3000億円の売上。1億人が月に5000円を教育のために使うとするとその全体は6兆円になるので、それを仮に教育産業の市場規模とすると、その中の5%くらいのシェアを占めていることになる。これを大きいと見るか、まだまだ小さく今後数倍の規模に拡大すべきと見るか。数倍の規模に拡大する可能性を考え、その中身を考えてみたい。言い換えれば教育サービス産業の中身を考えてみたいのである。

教育という分野は、価値が生まれるプロセス、すなわち、投資対効果を測定すべきサイクル、すなわち、トータル・コストパフォーマンスを測定すべき対象、をとらえにくい。しかしまずはともかく、教育における価値提供のプロセス、またはビジネスのライフサイクルをとらえなければ始まらない。それは、「しまじろう」が「進研ゼミ」に化けてずっと続いていくことからもわかるように、非常に息の長いプロセスである。

食品や外食サービスとはわけが違う。食品も万人のためのものだが、一回の食事でとりあえず完結してしまう。しかし教育はお試し学習では何にもならず、継続しなければならない。車ともわけが違う。車なら、商品ライフサイクルとか、トータル・コスト・オブ・オーナーシップとか言っても、買い替えまでの10年の間にいかに価値を提供し、回収していくか、ということを考えればいいのだが、教育は終わらない。

最大で「1億人の80年」に関わることができるのだから、面的にあまりにも広大な市場である。この空間の中で、価値が実現される/価値を提供するプロセスを何かしら定義しながら、教育産業という協働の場を理解する必要がある。

因みに、本特集では、様々な角度からベネッセの本質と今後に迫ろうとしているが、取材されているトピックスも、経営者の語りの紹介内容も、切り口が散漫でとらえどころがない印象は否めない。これも、教育の対象とプロセスが広大だからだろう。


そこで例によって、学習のプロセスを次の3階層に分けて考える。

  • レイヤー3: 生涯のキャリア形成のプロセス(数十年)
  • レイヤー2: 特定スキル・能力獲得までのプロセス(1年~数年程度)
  • レイヤー1: 一回の学習活動を行うプロセス(1時間~せいぜい1週間)

ベネッセは、創業以来、レイヤー1において強いプロセスを築き上げた。家庭で赤ペン添削が受けられるサービスインフラを構築して、学年別に全国に展開してきたのである。一方、レイヤー2、レイヤー3のレベルにおいては、「学習指導要綱に準拠する」という方針を固持することにより、付加価値はあえて打ち出さなかった。

それが近年では、レイヤー1を新しい取組みによって強化しつつも(例えばEラーニングを用いた遠隔地教育への取組みなど)、これまでサービスを準拠させてきた学習指導要綱を離れて、学力レベル別にコース分けする(=つまり独自のカリキュラムを作る)など、レイヤー2、3へと付加価値を広げ始めたと理解されるのである。(ただそれは、森本社長の言う、マーケット・セグメンテーションということとは少し違うと思う。もっと根本的な、新しいサービス領域に踏み込むことであると理解すべきだと思う。)

そしてベネッセの究極のヴィジョンは、レイヤー2、3まで全て包含するサービスの提供であるようである。福武会長はそのヴィジョンをいろいろな形で打ち出しているようである。例えば、次のような言葉と、瀬戸内海の島。

「日本の国力回復のための教育改革の必要性を社会に認識させ、そのための教材・サービスを提供する。」

「・・・年を取れば取るほど幸せになれるサービス・・・本当にそれが実現できたら、どんな宗教よりもうちの会社が信頼される存在になるでしょう。世界で最もシンパの多い、なくてはならない会社にね。」

理想郷としての直島プロジェクト

しかし、全国に広く一律にサービスを供給するレイヤー1を強化しつつ、一方、人それぞれの多様性に対応しなければならないレイヤー2、3に立ち上げていく、というのは、面的にあまりに広すぎる(=あるいは立体的に大きすぎる)。音楽教室のように限られた分野であれば人それぞれの能力や音楽キャリア目標に合わせたコース教育ということもできるだろうが、それですら膨大なもので、ヤマハ音楽教室の規模の経営資源を必要とする。


学習活動支援から、多様なカリキュラム提供から、生涯学習支援へ、・・・とレイヤーを上の方に立ち上げていくためには、学習支援のアプローチを絞らなければならないことは自明であるように思える。

あるユニークな学習支援のアプローチが、学習活動を楽しく効率化するのみならず、多様なカリキュラムを提供することにもつながり、生涯教育を支援することにもつながる、・・・そのような学習支援のアプローチを持つ必要があるだろう。そうでないと経営資源が分散してしまう。進研ゼミのキモとなっている、

  • 「物を書く。それに対して赤ペンで添削を加える。」

・・・というアプローチは応用性の高いアプローチだと思うのだが、確かにそれでは、欧米に比べて劣っているとされる、「主体的に考えて解決する力」「自立して行動する力」をつけるためのアプローチにはなりえないだろう。そこで赤ペンを補う、あるいはそれに替わるアプローチが必要になる。それが、

  • 「科学の実験を通じ、疑問に感じたことを自分の力で解決していく。」

ということになるのか、あるいは、フィンランドの教育メソッドに見られるような、

  • 「自分の考えを自らの力で論理立てて構造化していく。」

ということなのか、いろいろと考えられるが、赤ペンに替わるアプローチとして何を採用するかによって、ベネッセの今後のマネジメントのみならず、成長の可能性が規定されてくることは間違いないと思われる。

そして、目指すものが公教育と同じであるとしても、公教育とシェアを分け合うというよりも、その教育哲学やアプローチによって公教育の分野にも影響力をもたらしていく、ということの方が、コアコンピタンスの活用法としては効率的ではないだろうか。



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