人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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ファスナーで世界シェア45%を握るYKKの経営はとてもユニークなものであるということで、その紹介がされている。ファスナーという、ハイテクではないが高精度で極めてアナログなものを、世界中の(万の単位と言われる)数多くの取引先向けに、高品質を保障しながら供給するためには、技術の蓄積と技能の熟練が要る。そのために、「技術者は10年たって一人前」であるという。営業面でも広くて深い関係構築が要る。そのために、営業面でも、「海外で一通り仕事を覚えた頃には10年が過ぎている」という。

その独特の技術はファスナーを作る工作機械の中に凝縮されるという。工作機械は、原材料から完成品までの一貫生産体制が整う黒部の拠点で専ら開発、製造、調整され、各国に送られる。(高精細な「摺り合わせ」的な技術を、工作機械の中に凝縮して世界展開するビジネスモデルは、ブリヂストンのビジネスモデルにも似ているかもしれない。)

いずれにしても、土地に根付いた、10年以上のタイムスパンを必要とする長期の経験と蓄積を核として、YKKのビジネスは組み立てられている。このためには、従業員や取引先の「長期のコミットメント」が不可欠であり、その経営スタイルは、資本市場よりもステークホルダーを重視したものになっている。ある意味では、日本の製造業の強さと経営手法を体現している会社と言えるのかもしれない。


さて、そのようなステークホルダー重視型の経営を貫くため、YKKは株式を上場していない。創業家、従業員持株会、および銀行を含む取引先が安定株主となって株式の大半を保有している。そのことから、ある意味では、「資本主義」の会社ではないのだという。「労使が一緒に働く社会主義的な社風」と言ってもいいくらいだという。

しかし、資本主義ではない、とまで言うと言いすぎだと思われる。社債は発行していることもあり、資本市場の要求は財務的にもIR的にもしっかりと果たしており、資本の論理で見ても株式公開企業と比して全く遜色ないようになっている。単に、(理念が正しく共有できるとは限らず従って投資家の長期のコミットメントが得られるとは限らない)公開株式は資本調達の手段として使っていない、というだけのことであると思われる。

激しいグローバルな資本移動を背景に、アパレルの生産拠点もグローバルに急速に変動するようになり、それに伴いYKKもこれまでにない急速な事業展開が求められているということである。場合によってはその過程で、株主の範囲を広げていくこともあるのではないか。


さて、資本の調達とガバナンスについては以上のようなことだというが、人材能力の調達についてはどうだろうか?「家族的な」「終身雇用重視」「年功・経験重視」の日本型人事制度が保たれているのだろうか?そして今後とも保たれていくのだろうか?

YKKでは2000年に、従来の職能資格型人事制度に代えて、「成果・実力主義の人事制度」を導入している。そのコンセプトや基本的な骨格を見ると、「役割、成果、成果行動」を報酬のドライバーとするものであり、同じ頃に多くの日本企業で導入された人事制度と全く変わらない。そしてそのような制度の導入目的は、グローバルに通用する基準や仕組みを取り入れることにより、優秀な人材の採用、登用や国際間のフレキシブルなキャリア開発ができるようにすることにあることがわかる。

さてここにおいて、YKKならではの「地元に根ざし長期的コミットメントを重視する経営」と、各地で優秀な人材を吸引できるだけの「役割・成果主義的人事」とを、どのように調和させながら運用していくか、という問題が出てくるだろう。そしてそれは、所謂「日本的人事」が突き当たっている問題そのものであると言える。


このような場合の一つのアプローチとしては、あまりドラスティックになって従来のやり方の良さが壊れないよう、匙加減を加えながら新しい考え方を運用する、というやり方がある。例えば、成果・実力主義であるとしても、「実力の見極めには何年もの時間をかける」、「降格・降給は原則としてしない」、等である。しかし、これではかえってメッセージがあいまいになる。

もう一つのアプローチとしては、「地元に根ざし長期的コミットメントを導く人事」と、「役割および成果に報いる人事」とを併用し、ハイブリッドの人事制度にする、というやり方がある。すなわち、「長期勤続」や「10年以上かけて形成していく技能」に対する報酬を明確に定義する一方、「今年の役割および成果」に対する報酬も明確に定義し、両者を足し合わせるのである。足し合わせるバランスをどのようなものにするか、ということについては、職種や階層や地域によって調整できるだろう。

経営が危機に陥ったわけではない、従来のやり方を否定する必要がない企業が新たな段階、新たな次元に入っていくためには、そのようなハイブリッドなやり方にした方がかえってメッセージが明確になるだろう。報酬の構成要素をモジュール化しておくことにより、グローバル対応がしやすくなる可能性も高い。



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