眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

『ミスト』の結末から考えたこと 

2008-06-09 17:05:42 | 映画・本
上映終了日間近に駆け込みで『ミスト』を観て以来、珍しくも「宗教」について考えている。

実は、私はこの映画のラストで、打ちのめされた主人公の傍を過ぎていくトラックの上の女性が誰なのか、見ている時点では気がつかなかった。ただ、何人もの避難民の中に女性や子どもたちが混じっていて、特に女性の表情が硬い(険しい?)のに気づいただけで、あの危機的な状況に耐えて救助された人ならあの表情は当然・・・といった気がして、見過ごしてしまったのだ。

私が、観た直後、主人公の姿の痛ましさに文字通り胸が詰まる思いがしたのとは別に、なんとはなしに噂に聞いていたほど「後味が悪い」とは思わなかったのは、あの女性に気づかなかったことが大きい。

帰宅してネット上で見た人の感想を覗いてみて、初めて自分の不注意に気がついた。

けれど、それでも私は、(記憶を探ってみても)あのトラック上から見下ろしていた女性の表情に、それほどの敵意は感じられなかったと思った。ただ、「ああ、あの人はあの状況でも1人で家まで帰り着いて、子どもたちに会えたんだ・・・。」と思っただけだ。助かったのは大変な幸運で、子どもたちも一緒に生き残れたことを、私自身は嬉しいとさえ感じた。(たとえストーリー上はやや不自然と思っても。)

彼女と彼女の子どもたちのその後の運命と、主人公親子の運命は全く別物であって、その間に関係があるなんて、私自身は考えもしなかった。皆平等に「生き残る努力」をしたのであって、結果の違いも判断のミスというような軽い言葉で言い表せるようなものだとは、私には思えない。どういう判断・決断をしようと、生死が分かれるときには分かれる・・・というような感覚が、元々私には強いのかもしれない。

だから、映画の序盤で子どもの待っている家まで送ってほしいという彼女の願いを主人公が断ったために、ラストでああいう運命になったのだ・・・というような感想をネット上で幾つも見て、私は本当に驚いた。

人はそれほどまでに、「良い行いは報われ、悪しき行いに対しては不幸が待ち受ける。」と思っているのだろうか。(現実でも、一生懸命生きている人、努力している人は、本当にそんなに報われているのだろうか。それとも、映画の中でぐらいはそうあってほしいと、暗黙の了解で多くの人が思っていることなのだろうか。)


「宗教」ということに絞って言うなら、私はこの映画の中で2種類の「神」のイメージを感じたのだと思う。

1つは、カーモディ夫人に代表されるような「人の報われ方はその人の行動によって決まる」というような、「人間の言動の一つ一つが眼に入っていて、それに対して裁き(賞罰)を下す」神のイメージだ。映画の中では、どちらかというと否定的に描かれているような気がしたけれど、カーモディ夫人も最初の頃は、ただ一心に人のために祈っている純粋さのようなものが感じられ、「人間があまりにも傲慢になったから、とうとう神の裁きが下るのだ」という彼女の言い分にも、部分的に現実に合致しているところもあるように見えて、私自身はこういう「神」が人々の間に受け継がれてきた理由が分かるような気もした。(これは彼女がカルトのリーダーのようになっていくのとは、また別の問題だ。)

もう1つは、「人間の存在など砂粒1つほどにも感じていない」、人間の側から見たら「不条理極まりない、問答無用とでもいうような」神のイメージだ。私は信仰もなく、宗教にも無知な人間だけれど、それでも「一神教」と呼ばれる種類の宗教については、こちらの神のイメージをどこかに感じることが多い。

この映画に描かれている宗教的なものというのは、当然「キリスト教」(「ユダヤ教」も含む)から来ているのだろうけれど、私はこの2つの相反するように思える「神」のイメージの両方を、観ている間なぜか感じていた。だから、不条理そのもののような現実を描いているように見えるのに、「神はいない」とは感じず、むしろ人が持つ「神」のイメージについて、考えさせられたのだと思う。


この映画から宗教的なものを喚起させられる人は、どのくらいの割合でいるのか、私には分からない。全くそういうこととは無縁の(せいぜい「カルト」という形での宗教が登場するくらいの)映画として見た人の方が多いような気もする。(実を言うと、そういう見方をした方が作品との距離が適正になる?感じがして、感想を読んでも分かりやすく、私には納得しやすかったというのも、面白かった。)

それなのに、わざわざこんなものを書いているのには、ごく個人的な理由がある。

あのラストでの主人公の号泣を目にしながら、私は私が持っている「神」のイメージを、おそらく初めてはっきり自覚したのだと思う。(無宗教の私がいつの間にか抱くようになった、私の中だけに存在する「神サマ」のイメージだ。)

あの主人公の苦しみは、私の眼には、人間にはどうすることも出来ないもののような気がしたのだと思う。私は、スクリーンを前にして、「この人が神様に出会いますように・・・」と、祈った。本気で、祈りたくなったのだ。

私の神サマというのは、何も言わないし何もしない。私が何を言おうと、何をしようと、本当に何も反応がない、口も手足も無いような存在だ。ただ、どこかで私がどういうことをしたかをそっと記録しているだけ・・・とでもいうような。

私は自分のことを本当にショーモナイ、ちっぽけな人間だと思っている。人から庇ってもらう一方で、そのくせ人を大切にもせず、出来ることはごく僅かで、およそ実用には向いていない。(かといって、実用以外の役にはもっと立たない。)努力して道を切り開く・・・などというようなマトモなことを、一度もした覚えが無く、そんな人生を人の所為にする気は全くないけれど、本気で全部自分の所為だなんて思ったら、次の瞬間には地べたにペシャンコになって貼りついてしまうような軟弱さだ。

それでもなんとか自分を卑下せずに生きていられるのは、こんな自分でも、どこかに私という人間が存在したことを、そっと書き残してくれている場所があるような気がしているからなのかもしれない・・・と、思うようになったのは、いつ頃からだったのだろう。

誰にも理解されない、或いは「理解されている」と感じられなくても、もしかしたら誰にも赦してもらえないような出来事を抱えていても、どんなに人が優しく慰めてくれても自分で自分が許せない・・・というようなことがあっても、本当に赦してほしい相手がもうこの世にはいなくても・・・・・「あなたはこういう風に生きた」とだけ、書いておいてくれる場所。生後間もなく亡くなっても、ココロザシ半ばで倒れても、誤解されたままの死でも、そしてそれを誰も知らなくても、そこにはちゃんと書かれている・・・というような。


『ミスト』の主人公がもしも神様に出会っても、私の神サマとは違うだろう。それでも、たかが映画の中の出来事だと分かっていても、私は彼に「神様に出会いますように・・・」と、本気で祈った。

この映画の結末が例えば原作のようだったら、作品としてはその方が好きだったかもしれないけれど、私はここまで考えなかっただろう。ストーリー上不自然なところがあっても、この映画は、ホラーが本当に苦手な私が、誰かに付いてきてもらってまで(これも初めて!)観にいった甲斐があった作品だったと思う。(柄にもないことを書いてしまったようで、ちょっと気が引けるけれど・・・。)






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7 コメント

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うーむ・・・ (siki)
2008-06-09 21:47:06
茶ーさんやムーマさんの『ミスト』の感想を読んでると
「宗教」や「神」に関して
自分の鈍感さを痛感シマス(* ̄‥ ̄A``

かとゆって、コレわもー感覚的なコトだから
どーしよーもナイのよねー;;

ナンだか申し訳なくなってキタぞー;;;
リクエストにお応え、ありがとう。 (お茶屋)
2008-06-09 22:05:53
私はあの母親に気づいてたけど「後味悪い」と思いましたよ~。子供を含む心中がねぇ(にゃんとも)。それと、死なずにいたら助かったのにという思いで胃液グルグル(笑)。

>人はそれほどまでに、「良い行いは報われ、悪しき行いに対しては不幸が待ち受ける。」と思っているのだろうか。

子供を育てるにも利用してますよね(?)。「いい子でいないと、サンタさんが来ないよ」って(笑)。
子供の良心を育てるには神様は有効だと思います。その刷り込みが大きいのかな。

ムーマさんの2種類の神様のイメージとても興味深いです。
2番目の「不条理極まりない、問答無用とでもいうような」神様のイメージは、私にとっては神ではないんですねぇ。「こりゃ、神様なんていないな」と結論づける根拠になる気がしてるんです。だから、私は不条理きわまりないラストに、この映画は神の不在を描いていると感じたのです。

ムーマさんは3番目とはおっしゃってないけど、「賞罰も不条理もなしの、ただ見ているだけの神」ってイイじゃないですか。祈りも聞くだけで叶えない「無力な神」とでもいいますか(笑)。それでも存在価値はありますよね。叶わないとわかっていても祈らずにいられないのが人間だからねぇ。ムーマさんにとっては「『あなたはこういう風に生きた』とだけ、書いておいてくれる場所。」である神様。全能でなくても全知であるだけでいいよね~。

しかし、フランク・ダラボンも監督した映画からこんな話になっているとは、夢にも思わんでしょうね(笑)。
四季さんへ (お茶屋)
2008-06-09 22:10:37
四季さん、別に鈍感だと思いませんよ~。
ムーマさんも言ってるじゃん。
「作品との距離が適正になる?感じがして、感想を読んでも分かりやすく、私には納得しやすかった」って。
ついでに私も言ってる(笑)。
「フランク・ダラボンも監督した映画からこんな話になっているとは、夢にも思わんでしょうね」
本四季のファンです(本当)。 (ムーマ)
2008-06-09 22:44:53
>sikiさ~ん、

私も、お茶屋さん(の2つ目のコメント)と、全く同じこと思ってます。(先に書いてくださったお茶屋さん、ありがとう。)

>>そういう見方(神様抜き)をした方が作品との距離が適正になる感じがして、感想を読んでも分かりやすく、私には納得しやすかった

っていうのは、実は本当に「本四季」の感想(と私のコメントへ書いてくださったレス)のことを指してるの。私、あれを読んで、私もこれくらいちゃんと作品として見られたらいいのにな・・・なんて思ったので。私はもっとホンロウされて、ヨレヨレになってしまうことが多くって・・・(困ったモンなんです。)。

でもマア、お茶屋さんの仰る通り。

「フランク・ダラボンも監督した映画からこんな話になっているとは、夢にも思わんでしょうね」

だから映画を観るのはヤメラレナイ?のかも(笑)。)
最初に見逃したのがラッキー? (ムーマ)
2008-06-09 23:10:06
>お茶屋さ~ん、

リクエストしてくださったお陰でなんとか書けたんだと思います(ゼイゼイ)。どうもありがとう!

私も最初に、あの母親をちゃんとソレと認識してたら、後味最悪だっただろうな~って、後からゾッとしました。

でも、分かってからも、最初に見た印象がなぜか引っくり返らなくて、映画の印象に底意地の悪さ?が思ったより無く、色んなことをゆっくり考える余裕が出来たのかな・・・なんて思ったりもしました。

それにしても、人の持つ「神」のイメージって(それが特に存在しないことも含めて)さまざまですね。私は、全知」で「無力」な私の神サマを大切にしようと思っていますが、お茶屋さんの「諸行無常」にも、ちょっと憧れます(笑)。
Σヾ(* ̄‥ ̄)〃;; (siki)
2008-06-10 21:21:40
ナンだかおふたりサマに
気ぃつかわせちゃってー;;;

しかーも

監督さんと同等扱い(?)
恐縮至極タイヘンタイヘン(* ̄‥ ̄A``;;
ぃゃぃや、あたくしなんか
『ミスト』ヒジョーに娯楽的に受け取っちゃったからねー
ダッテ、観てる間じゅー面白くドキドキしたうえに
観終わってからも、ナニかオマケ付きみたいな感じで
ダケド、「宗教」とかそーゆった哲学的導きを
1ミリも受け取らなかったモノとシテわ

あ、そーそー
コドモにサンタ騙しも早めにやめマシタし

・・・

あのトキわ、世間を敵に回した気がしたなー・・・(* ̄‥ ̄A``;;;;

デモ、こんな娯楽ホラーで(あたくし的に)
こんなハナシになって盛り上がれるのも
マタ、グリコのオマケみたいで1粒で2度美味しーにょねー♪(?)
気ィ使ったんじゃないんです。 (ムーマ)
2008-06-10 22:34:40
>sikiさ~ん、

ほんと、グリコのオマケ(か、それ以上)でしたね~。
私はほんとに、sikiさんのあの感想が、監督サンの意図をキチンと受け止めたモノ(の代表?)だったと思ってます。私は(バカ)正直だけが取り得みたいなヒトなので(自画自賛)、信用して大丈夫!(きっぱり)デス。

で、実は今日、『アフタースクール』を観てきました。

面白いと思ってドキドキしながら観てたのに、終盤、中学校の先生があんなコト言ったのには、呆気に取られました。文字通り、「ナンじゃ?コリャ」です。

あんなコト言っちゃダメだよォ。
思春期って、みんなそんなモンなんだから。
そういう既存のモノへの反抗や批判をすることで、まだくっついてるタマゴの殻を振り捨てるのが、あの年頃の人間の一番大事な仕事なんだからァ。
それがワカラナイ教師は一杯いるだろうけど、アンタはそんなツマラン奴じゃあないはずだったんでしょう?・・・とかね(あ~えらそー)。

で、その辺りでハッとしたの。これって誰かがどこかで言ってた気がする・・・・・
そこで、チネチッタにsikiさんが書いておられたことを思い出した訳です(あー長かった)。

私から見ると、『ミスト』の「神様」関係も、この『アフタースクール』の「先生発言」も、どこかで微かに繋がってるの。

だから私は、本四季のファンなんだと思って1人で納得しています。(ナットク出来なかったら、ゴメンナサイ。)

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