眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

「雨ニモマケズ」(若い友人との会話) ・・・ 『銀河鉄道の父』

2023-06-01 15:30:07 | 映画・本

(映画の感想というよりは、長くて個人的な「思い出話」です。読んで頂ければ幸いですが、スルーなさってもかまいません(^^))



『銀河鉄道の父』(監督:成島出 原作:門井慶喜 2023)


宮沢賢治とその家族、育った家庭を描いたこの映画の終盤、父親は賢治の手帳に書かれた「雨ニモマケズ」を偶然見つける。(死の2年前、この詩の書かれた頃には既に、賢治は遺書も書いてある状態だったらしい)

映画の大部分で、父親役の役所広司はカリスマ性を消して、ごく普通の(但し「かなり子煩悩な」)商店主(質屋)を演じていた。

だが、死の床に就く息子を目前にして、父親はそれまで我慢に我慢を重ねた想いが噴き出すように、「雨ニモマケズ」を大声で暗唱する。


詩の全文がくっきりと響く中、その一言一言をしっかり確かめながら聞いたわたしは、十数年前、若い友人がこの詩の話を初めてしたときのことを、思い出さずにいられなかった。


友人は突然、「雨ニモマケズって知ってる?」・・・・・まあ、一応ね(とわたし)

「宮沢賢治ってよく知らないけど、〈雨ニモマケズ〉は読む機会があって。あの詩いいよね」  ・・・・・ うん、あの”オロオロ歩き…” 、”デクノボーと呼ばれ…” (笑)

友人「(うなずきながら)そして最後は …”苦にもされず”(笑)」

 
わたしはそのとき思ったことを、ふとそのまま口にした。

「アナタ、ちょっと似てるよ。ソコソコ丈夫で、野菜も好きだし(笑)」 

「それにあの東西南北のとこも、よく似てると思う」

笑いながらでも冗談ではなく、正直そう思ったのだ。


そのとき友人は、「自分もそーゆう風にしそうだな~って思うようなことが、書いてあると思った」と、ごく当たり前のことのように答えたと思う。

特別な意味があるわけではなく、ただお互いそう思ったという、夕飯前の台所での立ち話だった。

 


今回この映画を観た後、久々に友人と「雨ニモマケズ」の話をした。

わたしが、「詩の言葉の一つ一つが、あまりにあなたのことみたいで、今頃になって改めて驚いている」という意味のことを言うと、友人は意外そうな顔は全く見せず、こんな言葉が返ってきた。


「初めて読んだときのこと覚えてるけど、いちいち自分にそっくりだと思った。なんか、自分でもちょっと驚いた」

あれって、宮沢賢治って人の理想とか、そうなりたいっていう目標だったのかな…という話になりかけたとき、友人はすぐさま低い声で、自分に言い聞かせるように

「違う! 目標なんかじゃない」

「最初に ”丈夫なからだをもち”  がくるんだから。その段階で、もうあり得ないことなんだから」

そう言ったときの友人の表情の暗さに、わたしは驚いた。

 

以下はさらに個人的な、古い記憶になる。

わたしはこの映画観ている間、「昔は本当に簡単に、こどもも若い人も死んだ…」ということを思い出していた。


私の父親は、「人間にとって一番大切なのは〈健康〉だ」と言って、絶対に譲らなかった。いつもなら違う意見を即口にして「言い争いも辞さない」母親も、そのときはただ大きく頷くばかり。

娘たちが、「それはそうだけど、それは当たり前の大前提で… 一番大切なものっていうのは、もっと精神的なコトじゃないの?」と問い返しても、こちらの言おうとしている意味は理解している筈なのに、二人とも「違う。〈健康〉ほど大事なものは無い」


今思うと、「健康じゃない、頑丈さが足りない」ということの意味を、自身の経験から両親はよくよく知っていたのだと思う。


父は「小学校6年間に14回肺炎になった」虚弱児だったという。

母も決して頑健な人ではなく、母の兄弟たちはすべて幼い頃に病死して、母だけが生き残ったのだという。母の兄弟が何人も…ということは、祖父母は「子どもに次々と死なれた」親だったということになる。

父の言葉には、「中学の同級生の4分の1は感染症(主に結核)で死んだ」というのもあった。医者だった父が言うからには、大袈裟な数字ではなく、実際に自分で数えてみてそうだった…ということなのだろう。


そういったことは、それまでに私も聞いて知ってはいた。しかし十代の頃の自分には、その深刻さが「身に迫って」は感じ取れなかったのだ… と、映画を観ながら痛切に思った。


自分より若い人の死、ましてわが子の早世は、耐えられないほどの痛みの筈なのに… 「昔の人たち」はそれも自然の摂理であるかのように受け止めて、その後の人生を続けたということなのだろう…という風に、「理解したつもり」になっていただけ。その奥にあるものは、若いわたしには「他人事」だったのだ。



「雨ニモマケズ」の話に戻る。


暑さ寒さに負けぬ「丈夫なからだを持ち」… という賢治の言葉に、わたしは胸が痛んだ。(丈夫とは言い難い私自身にも、その悔しさ、情けなさはわかるところがある)


けれどもうひとつ、詩を聞きながら気づいたのは、「賢治はこの詩に〈ことば〉というもの、言語・文字、引いては知識そのものを、全く出してきていない」ということ。

わたしはこれまで、そのことを当然のことと思っていた。「雨ニモマケズ」に描かれた人間像は、そういった知識だの教養だのから遠い姿として描かれていたから、気もつかなかったのだと思う。


けれど賢治は「作家で詩人」「宗教に全身全霊で打ち込んだ人」だ。なのに「よくみききし わかり そしてわすれず」は、ソンナコトとは全く関係がないのだと。


自分が情熱を傾けた文学、宗教や農業についての知識さえ、「なりたい、そういうもの」には必要ないものだったのだと言っている…  わたしはなんだか、寂しく、悲しかった。



この文章は、映画についてはほとんど何も書いてない。けれど、どうしても自分のために書いて残しておきたかった。


わが家の「雨ニモマケズ」のお蔭で、私は幸せな人生だったけれど、本人は(賢治より丈夫とはいえ)生きていくのが大変そうで、しても意味のない心配を、今でもわたしはしているのかもしれない。

賢治の父親の「心配」も、同じ「親」の立場から見てしまえば

「わかる。ほんとにそうだよね」「でも、オトナになっちゃえば、それってぜーんぶ余計なお世話(要らん心配)なんだよね」 etc.etc. 

そんな乱暴な声が聞こえてきたりもした(^^;



観ている間は「映画の海」に浮かんで、「あらぬこと」ばかり考えていた時間だったような気がする。

当時の身分制度(世相というか)、礼儀作法などが結構忠実に再現されていたりして、明治生まれの祖父母と大家族で暮らした子ども時代の記憶が、ひとりでに浮かび上がってきたのかもしれない。


昔の父の言葉「人間にとって一番大事なのは〈健康〉だ」を聞いて、若い友人は即座に「僕もそう思う」と言い切った。

「当時のオカアサンたちが反論したかった気持ちはわかるし、自分もその年齢なら同じことを言ったかもしれないけど、今となると僕も〈健康〉ほど重要なモノは無いと思ってるから」 

そして、「健康以外のことは、その後の自分のやり方・考え方次第で、変えていくこともできるけれど、健康だけは「本当に自分ではどうしようもない」場合があると思うから」と続けた。


それなりに丈夫だと思い込んでいた友人が、そんなことを考えていようとは、わたしは想像もしていなかった。(自分という親はその程度(^^;)

「本当に自分ではどうしようもない」と思ったことが、彼にもあったのだろうと想像するだけで、それがどういうことだったのかもよく知らないし、そもそも(彼の健康についてそこまで深刻には)考えたことがなかったと思う。



わたしの父は、孫である彼が1歳半のとき亡くなっている。


彼が生まれたとき、父を知る人たちは口を揃えるように「おじいちゃんにソックリ!」と笑って言った。長年闘病生活だった父は、孫の誕生に出会えた(間に合った)ことを、本当に喜んでいたと思う。


それから30数年。

「オトナになった友人(孫)を会わせたかったな… 」 


そんなことを初めて思った。

 

 

 

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4 コメント

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Unknown (みゆきん)
2023-07-28 22:23:09
子孫繁栄
うちのジッちゃんはリーマン
普通の人だけど、ポツリと言う言葉が最高
ムーマさんの父上の言葉も最高
最近は嫌なニュースばっかり
そんな事件ニュースはテレビをブチッ
あぁーって感じ
宮沢賢治も同じだったかもね
下を見るな
上を見ろって テヘヘッ
Unknown (ムーマ)
2023-07-29 10:49:39
わたし(みゆきんさんの描く)じっちゃんさんの
大ファンなんです(^^)
じっちゃんさんのひとこと、最高!!

でも、みゆきんさんのひとことも大好き。
目からウロコのこと、あるよぉ。

>宮沢賢治も同じだったかもね
>下を見るな
>上を見ろって

そうかあ… そうだよね。

イヤ~なニュースに引きずられて
ゲンナリしてるだけじゃダメだよね。

書いてくれてありがとう。
なんかちょっと、元気出てきた(^^)
Unknown (みゆきん)
2023-08-17 15:10:21
嬉しいコメント有難う
下を見るな上を見ろ
お陰様で、しょっちゅう躓いてます・・・シクシク
Unknown (ムーマ)
2023-08-17 20:33:35
わたしはミゾに落ちたりしてます(^^;
(でもやっぱり上見ちゃうんだよね~)

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