むじな@金沢よろず批評ブログ

台湾、国際情勢、アニメなどについて批評

今年の旧正月映画「鶏排英雄」の日本語字幕の仕事をした

2011-11-22 16:57:16 | 台湾言語・族群
今年旧正月に台湾で上映され、興行収入1億5000万元と、史上何番目かのヒットを成し遂げた、夜市を舞台にした台湾語映画「鶏排英雄」(ke-pai5 eng-hiong5)を来年早々にも日本でもDVD出すということで、日本語字幕の仕事をした。
越南に行く直前の7日一日がかりで字幕あて作業に付き合った。

今年の2月は神戸大の集中講義があったため、この映画、残念なことに映画館では見そびれしまっていた。
字幕翻訳のため、DVDで5回以上は見た。
純粋に娯楽映画で、筋もわかりやすいが、なかなか面白い。観客の反応込みで、映画館で見ればよかったな。講義終えて戻ってきたときにはまだやっていたから。

台湾語しかしゃべらない豬哥亮と、若手の藍正龍が主演。


台湾本土意識に立つ2本の映画「牽阮的手」と「電ナタ」 前者に私も声優で出演

2011-11-22 16:56:26 | 台湾政治
20日、台湾語が主体で台湾本土意識に立つ映画を続けて二本見てきた。

一つは戒厳令時代から政治犯救援と台湾独立運動に従事してきた監察医・田朝明と妻・田孟淑(同姓夫婦)を主人公に、戒厳令時代の民主化運動の苦難を描いた「記録映画「牽阮的手」(khan gun2 e5 chhiu2)

もう一つは、廟とディスコが舞台の娯楽映画「電哪吒」(台湾語)tian7 lo5-chhia, (北京語)dian4 nuo2zha4である。


牽阮的手は、田孟淑氏が当時あった日本大使館を訪ねる場面が3Dアニメになって、大使館員の役として私の声の吹き込みがある。お、そういえば声優だなw。
監督は農民を描いた記録映画「無米楽」をヒットさせた荘益増・顔蘭権夫妻。

田夫妻は私は台湾を始めて訪れた1987年2月に民進党政治家主催の活動で知り合った。家に連れて行ってくれたが、まだ戒厳令時代だったのに、夫妻は平気で大声で国民党の批判と台湾独立を叫んでいて、すごい心臓だなと思ったものだった。筋金入りとはこのことで、これだけはっきり強気でやられると、シナ人政権は手を出せなかったようだ。シナ人が強いものを恐れるkiaN-phaiN2というのは本当だ。

映画は2006年に撮影開始したが、そのときにはすでに田朝明氏は病床にあり、2010年になくなったので、晩年の実写は病床でほとんど意識がない状態の映像だけで、主に孟淑氏の語りで構成されている。
しかし単なる夫婦の物語ではなく、戒厳令の苦難な時代に国民党と戦った李萬居氏と、美麗島事件の軍事裁判中に留守宅で家族を殺された林義雄氏という二人の民主化指導者の話を絡ませ、観るものを引き込ませ、感動させる物語に仕上がっている。


「電哪吒」は、芸能人では珍しい民進党支持が鮮明な若手アイドル藍正龍が監督・主演の娯楽映画。前半はディスコと薬物取引に巻き込まれる場面で北京語が多いが、後半は廟公の祖父、警官の父との主人公のやり取りが主で、深い台湾語の掛け合いが面白い。
題名は、廟の舞でよく出てくる役柄ナタ太子から取った主人公のディスコDJとしての芸名だ。
藍は若手にしては台湾語がうまいのは意識があるからと、宜蘭育ちだから。苗字は藍だが、一家全員深緑w。


いずれも上映館は少ないが、観客はほぼ満員だった。
前者は50代以上がほとんど、後者は逆に20前後とみられる若者がほとんどだった。

若者は暗い歴史に興味ないってとか。でも、台湾語が飛び交い、しっかりした意識を基盤に作られている電哪吒に若者が集まったのは悪いことではない。

10月はシラヤ族の夜祭を連続して見た

2011-11-22 16:56:01 | 台湾言語・族群
台湾人は中華系というより、マレー系だ。
表象文化は言語や生活習慣は中華系になっているが、人間性の部分では依然としてマレー系平埔族の祖先を受け継いでいると思う。
今回越南を訪れてその感を強くしたが、その前の10月には、台南に残っている平埔族シラヤ族集落の宗教儀式を連続してみる機会があった。

今は台南市東山区東河村に吉貝〓{而の下に女}(カブアスア)という集落がある。
ここの儀式はシラヤ族本来の宗教儀式をほぼ純粋な形で残しているところとして知られている。
シラヤ族の宗教儀式は、壷を神と見立てて、それを祀(まつ)る。厳密には壷じたいよりも、その中に入れた水を「清らかなもの」と見たてているのだそうだ。
シラヤ族の神は「Alid(アリッ)」と呼ばれているが、カブアスア地区では台湾語の漢字で「阿立母(アリッブー)」という。儀式があるお堂のような場所をシラヤ語で「kuwa(クワ)」、台湾語で「公〓{まだれに解}(コンカイ)」という。
年に何度神を祀る行事があるが、最大の行事は、旧暦9月4日夜から15日未明、今年は9月30日夜から10月1日未明に行われた「夜祭」という儀式だ。
夜祭は「阿立母」にいけにえのブタを捧げ、村落と家内の安全を祈願する。カブアスアの夜祭は象徴的なものなので、頼清徳・台南市長が直々に挨拶に来ていた。
今年のいけにえは12頭。午後11時儀式が始まる前にコンカイの前にいけにえが並べられ、村人たちがコンカイに入って壷の前でお参りする。
ビンロウの実を手に捧げ、壷の前に置いた後、「お神酒」である米焼酎を口に含んで自分の四方に「プーッ、プーッ」と吹き出す。さすがに若い女性は1回だけにとどめている人が多かったが、中年以上は豪快に吹き出していた。
村人のコンカイでのお参りが何巡かした後で、午前1時過ぎからブタをさばいていく。遅くなったので筆者は引き上げたが、その後午前3時ごろから、白と黒を基調にした民族衣装をまとった女性たちが輪になってシラヤ語の歌を歌いながら踊る「牽曲(カンキョク)」があって、最後を飾る。
夜祭の翌日は午後1時半過ぎから「〓{口へんに孝}海(ハウハイ)」と呼ばれる儀式が近くの水田で行われた。これは海を渡ってきたという伝説を持つ先祖を祀る儀式だ。

漢文化を受け入れた一般の台湾人の儀式の場合は、いろんな神様の偶像の前で線香を持ってお参りするが、シラヤ族のものはまったく違う。
おそらくシラヤ族の形態のものが、200年以上前には台湾各地で行われていたのだろう。
だがそうしたシラヤ族の文化も、かつては圧倒的な優勢を誇った漢文化の波に飲み込まれ、徐々に消えていったのだ。
この「漢化の波」を示しているのは、他のシラヤ族集落の儀式だ。集落によって「夜祭」の日は異なるが、カブアスアほど「純粋」な形を残しているところは少なく、大なり小なり漢人・道教的なお参り=線香を炊く「拝拝(パイパイ)」の儀式を取り入れている。
旧暦9月14日夜、今年は10月10日夜に行われた台南市白河区六重渓(ラクティンケー)の夜祭は規模も小さく、ブタのいけにえも2頭だけで、儀式も午後11時から1時間半ほどで終わった。「牽曲」もシラヤ語でなく台湾語になっていて、壷に向かって線香を持ってお参りをする。半分くらい漢化したものだといえる。
今年実際に見に行ったのは、カブアスアとラクティンケーだけだったが、伝聞によると、陳水扁の故郷すぐそばにある台南市官田区の番仔田(ファナツァン)となると、もっと漢化が進んでいて、道教的な部分が色濃いという。
そしてシラヤ族の部分がまったくなくなると、「漢人」となるわけだ。
今の台湾人の多くが「漢文化」を体現していて、福建系の台湾語や客家語を使っているからといって、決して人間のすべても中国からやってきたとは言えない。
混血の繰り返しもあれば、優勢な漢文化に文化的に同化して、「平埔族」という意識がなくなった人もいるだろう。
その痕跡がカブアスアであり、ラクティンケーだ。

黄昭堂先生の急逝を悼む

2011-11-22 16:55:38 | 台湾政治
台湾独立建国連盟(世界本部=台湾)主席・黄昭堂先生が17日午前に副鼻腔腫瘍手術後の大動脈解離のため逝去された。享年79歳。
最近までピンピンしておられたので、まさに突然だった。

最近の独立建国論にはいろいろといいたいことはあるが、故人に鞭打たないのが、中華ではない、日本と台湾の美徳だから、ここでは批判はしない。

思えば、黄先生とは私がまだ学生だった1987年以来の付き合いになる。台湾に来てからは齟齬はあったが、磊落な黄先生は人に嫌われない人徳があったと思う。
実際、逝去翌日18日、連盟本部事務所を訪ねると弔問客はひっきりなしだった。

改めて突然の逝去を哀悼します。


アマゾンにイタリアとスペインも登場したんだね

2011-11-22 16:54:20 | 欧州
長い間あったらいいのにと思っていたアマゾンのイタリア(amazon.it)とスペイン(amazon.es)が10月までに登場したようだ。

これまではイタリア語やスペイン語でほしい本は、すべて東京のイタリア書房に注文していた。
イタリア・スペインの書籍注文サイトで注文してもいいのだが、トラブルがあると困るので、日本の書店なら高いが安心だったからだし、年に何度も注文するわけでもなかったが、アマゾンができたことで、安く安心して注文できるかも知れない。
まあ近々何かほしい本があるわけではないが。

越南と比べて台湾ははるかに日本=非中華的 台湾人は見る目があるのかも

2011-11-22 16:53:03 | 台湾言語・族群
今回越南の中華文化好きを見たことで、台湾がきわめて日本の文化・価値観・センスを受け入れ、脱中華的であることを痛感した。
震災義捐金の多さも含めて、ずばり言うと、台湾はもはや広義では日本の一部である。

その点では台湾人は見る目・審美眼があるといえるのかも知れない。

何だかんだいって、日本はアジアで唯一、制度やシステムが整い、貧富の格差もアジアでは最も小さく、国民全体が豊かで安心・安全に暮らせる社会である。そしてその社会が生み出す創造物は魅力的だ。

私はこの3年以上もの間、馬英九を2008年に選びながら、親日、いやもはや日本への同化に進みつつある台湾、逆にいえばこれだけ親日なのに謝長廷ではなく馬英九を選んでしまった台湾および台湾人が今ひとつ理解できなかった。
どうしょうもないと思った。

だが、ここ数年急速に進む日本化の流れを見ると、ようやくわかった。
要するに台湾人は台湾のことがどうでもいいのである。台湾でなく、日本により共感とアイデンティティを持っているのである。

いわゆる独立派の友人には、日本に行ってきた、どこそこの何はすばらしい、徳川家康がどうの坂本龍馬がどうのと、私でも知らない日本の地理を知っていたり、日本の歴史についても熱く語る人は多い。
だが「独立派」を名乗るわりには、台湾の地理や歴史、歴史上の人物について、日本のそれらよりも熱く語る人間には、これまで誰一人あったことがない。
そもそも独立派であるほど親日度が高い。
その意味では、台湾には真の独立派などいない。

いや、いわゆる独立派、緑系でなくても、最近の若者は台湾の政治や地理、歴史、文化には興味がない。中国は嫌いで中国の歴史や地理や文化については無関心だ。

若者を中心に独立派も含めて言えることは、台湾人は台湾そのものには関心がなく、まして中国なんか関心がなく、関心があるのは日本のことだけなのだ。

しかし、それはそれでよい。
もはや民族主義だの、国民国家建設だのというのは、時代遅れの思想だ。

一人ひとりの人間にとって大切なことは、いかに幸福に安全に安心して暮らせるかということであって、国家を作ることが第一の目的なのではない。
事実世界に190以上の国民国家が存在しているが、それらが昔の植民地時代に比べて豊かで安定したところなど、数えるほどしかない。

それならば、安定的で安全なシステムを備えているところに帰属したほうが良い。

その場合、中国や米国は真っ先に除外される。驚くべきことに、二つの「大国」は、国民が等しく安心して暮らせるための基本的な社会保障システム、医療保険を欠いている。
見せ掛けだけの数字=成長率なるものを誇ったところで、国民の底辺が病気になっても病院に行けないような社会は、まともで安心して暮らせる社会とはいえない。
それを今の台湾人はよくわかっている。

その意味ではアジアでは日本くらいしかまともな社会はない。世界を見渡してもその意味でまともだといえるのは西欧・北欧・中欧のいくつかの国だけだ。
このことも台湾人はわかっている。

だからこそ台湾人は日本に傾斜し、同化したがっているのだ。
越南人は中国人と価値観やセンスのうえでは違いがないし、日本という突破口や逃げ道がないから越南民族意識を意識だけ強く持っている必要があるが、台湾人が中華民国体制に無頓着で馬英九を平気で選んでしまうのは、いわば自分たちが最終的には「日本という避難先・突破口」があるという安心感からではないか。
台湾なんてどうでもいい、最終的に日本になってしまえばいいから、総統選挙でいい加減な投票行動を行うし、しかも馬の失政にも無頓着なのだ。台湾はどうでもいいからw。

馬英九を選んでしまったことで、憤慨やるかたなかった私も、この点にやっと気づいた。それは震災が大きい。
震災は東北地方の人には気の毒なことだが、台湾人の真の姿、台湾人の見る眼のあるところを示してくれた点では、きわめて大きかった。

越南における東アジア大衆文化受容 中華に近い韓国が多く、日本は限定的

2011-11-22 16:52:34 | アニメ・ラノベ
越南の大衆文化にも注目した。
まずドラマ。
テレビ(国営)で流れるドラマは一番多いのが中国もの、次に韓国、その次に台湾の台語劇。
時代劇については越南そのもののはなくて全部中国もの。現代劇だと中国と韓国と台湾が並ぶ。
時代劇はいわゆる武侠ものが多い。これが日本人の私にはよくわからないジャンルだ。
しかしせっかく「民族の歴史」を作り上げたのに、なぜ時代物は中国物ばかりなんだろうね。おかげで今回会った越南人の30代の学者は「越南の歴史はあまり知らない。ドラマのせいで知っているのは中国の歴史」といっていたくらいだ。
これもある種の危機だ。

流行音楽については、韓国のものが圧倒的。
テレビで流れる曲もほとんどが韓国もの。日本語で歌ったものもあるが、韓国のもの。
しかも、越南一番人気の女性歌手・美心(ミー・タム、My~ Ta^m )の正規版CDを買ったが、編曲からミキシングから韓国人がかかわっていた。
一方、台湾ではあれだけ溢れている日本大衆文化は、越南では影が薄い。

漫画も韓国漫画のほうが多かった。
日本のものは一般書店では「ドラえもん」と「コナン」を見かけるだけ。本当はもっと多くの漫画本が出ているんだが、たまたま通りがけで見かけた、老夫婦がやっている小さな古本屋と、諒山の古本屋にけっこうあった以外はあまり見かけなかった。
これらの古本屋で「天は紅い河のほとり」「星に願いを」「ワンピース」「ラブコン」「銀魂」「犬夜叉」「07-GHOST」のそれぞれ見かけた一つの巻だけを買った。
あとは「鋼の錬金術師」「BLEACH」「NARUTO」「結界師」「ガラスの仮面」「王家の紋章」あたりを見かけた。あと、知らない少女漫画はけっこう多かったが。
ヲタクものでは「07-GHOST」くらいか。意外にも「けいおん」「らきすた」「地獄少女」「デスノート」、それからラノベの類は見かけなかった。
「けいおん」「らきすた」や、ハルヒに代表されるラノベは、前提となっている生活スタイルが、かなり先進的なので、アジアでは韓国・台湾レベルじゃないと受け入れられないのだろう。「地獄少女」も中華とは違う日本的なものなので、越南人には理解できんのかも知れない。

アニメは海賊版しか見かけない。ショップや露店では、「ポケモン」みたいな定番を除けば深夜アニメ系では「フルーツバスケット」をよく見かけたが(けっこう古いね)、あとは「ヴァンパイヤ騎士」「こばと。」「カードキャプターさくら」あたりを見かけただけ。
ヲタク向け最新作では、ある店には、なぜかいきなり「緋弾のマリア」(中国字幕版のようだ)があったw。
ここでも京アニ系はなし。

おそらくネトウヨの類は、韓国大衆文化が多いと聞くと目をひんむいてファびょるかも知れないw。「韓国政府の国策ある!いけないある!」とでも叫ぶのだろう。
だが、どうして韓国のほうがセンスや観念が古いからこそ、第三世界でより受け入れられやすい、とは考えないのだろうか?
その点でネトウヨの頭の固さこそ韓国人とそっくりだw。

越南についていえば、韓国のほうが日本よりもよほど中華的で、価値観も古いから、受け入れられやすいと考えるべきだろう。
越南人から見て、日本のものは社会発展レベルでも進みすぎていて、手に届かないうえ、中華的でもないから、理解しにくい。

そういう意味では、台湾でこれだけ日本文化が受け入れられているのは、発展段階以上に、台湾人が一般に思われているほどには中華的ではないからなのだろう。


越南は台湾よりもよほど中華であった 久しぶりの河内訪問で

2011-11-22 16:51:46 | 世界の民族・言語問題
久しぶりの更新。
11月8日から14日まで1週間の日程で、河内(ハノイ)など越南北部を回ってきた。越南は1994年に一回行ったきりで、しかも駆け足で河内と胡志明市を回っただけ。
17年もたっているからずいぶん変わっているだろうと思ったが、案の定というか私の記憶のほうが失われていて、地理も完全に忘れてしまっていて、どこが変化したかはあまり気づかなかった。
いや、以前の河内はまだまだ「社会主義」の雰囲気が強く、街もさびれた感じで、店などもほとんどなかったという記憶があるが、前回の胡志明市かそれよりも店が多く、外国人観光客も多く、にぎやかになった観だけはあった。ホテルも数百倍は多くなっているしね。前回は軍の招待所に泊まったものだが、いまやあちこちにプチホテルがある。
雰囲気も明るくなっていた。

■カルチャーショックないんですけど!
台湾から行くと、あまり文化的違和感やカルチャーショックがない。食べ物や町の見た目が似ているからだ。食べ物にいたっては特にそうだ。これは両方とも漢文化を受け継いでいるからだが、以前からも思っていたことだが、越南のほうが、より中華的だ。台湾の表象文化をもって「中華圏」というなら越南のほうがより強い。
錬度が違うという感じがする。台湾における漢文化なんてたかだか400年だが、越南は2000年以上はある。

■台湾より盛んな廟の信仰
前回はまだまだ無神論社会主義の統制が強かったから、あまり目立たなかった(それでも紙銭の類は市場で売られていたが)あの、廟のお参りが盛んで、店店にも必ず道教式神棚があったことだ。
しかも台湾ほど環境保護への観念が薄いためか、紙銭、がんがん燃やしている。こりゃ台湾よりよほど漢人、中華だろうw。
道端でもがんがん毎日、燃やしている。
これも台湾より激しい。台湾だとせいぜいがge5(牙)の日である旧暦1日、16日だけだが、越南ときたら毎日やっている。台湾の場合は平埔族との融合なので、廃れたものもあるんだろうが、越南は華南直伝の道仏習合だから、毎日さまざまな神様の日があるんだろうね。

■象棋、四色牌
前回もそうだったが、越南の道端や公園では男たちがしょっちゅう象棋(中国将棋)をやっていた。しかも王牌は将と帥と中国と同じ。これが象棋をやっている韓国だと王牌は漢と楚になっている。
賭け事で四色牌もやっていた。これは写真に撮ろうとすると断られた。まあ賭け事だから仕方がないね。

■ファッションは中国の雑誌から、それだけ感覚が近いんだろう
呆れたのは、ファッション雑誌は中国のものが多かったことだ。しかもファッションという言葉もtho*`i cha(ng つまり中国語の「時装」ときている。
これが台湾なら、中国のファッション雑誌なんてまず街中で見かけない。こういうときは絶対に日本だ。いや、マレーシアやタイやそれからインドネシアですら、ファッション雑誌なら日本のものだ。
これを見ると、越南人のセンスや感覚って、きわめて中国人に近いんだろうね。
ふと、このまま中国の大衆文化に攻略されて、併合されたりしないんだろうか。ちょっと心配になった。

■中国との国境
中国との国境に近い小都市・諒山(ランソン、La.ng So*n)にも行った。そこで一泊してさらにそこからまさに国境沿いの小さな町・同登(ドンダン、Ddo`ng Dda(ng)にも行った。同登の中心部から中国との国境まではバイクタクシーでわずか5分、おそらく徒歩でも20分かそこらだろう。ただとろとろ歩いていて、越境してきたシナ人の山賊ども(これはシナ人=山賊という意味)に襲われたら困るので、バイクタクシーを使った。
まあ何の変哲もないところ。
ただ私は恐ろしくて国境を越える気がしなかった。
同じ共産国家といっても、まだまだ越南のほうが安心だ。

■北朝鮮大使館
ハノイ鉄道駅の西側、レーニン公園の周辺には中国大使館と北朝鮮大使館がある。
中国大使館はこの一等地に広い敷地を持っている。越南を属国視してさまざまな干渉や情報収集をする意図なんだろうね。
一方、かつて北ベトナム時代には最強の友邦だったはずの北朝鮮だが、こちらの大使館はひっそりしていた。表に金正日同志のご活躍を伝える写真が張ってあった。
1970-80年代にはベトナムの声国際放送の日本語の養成を北朝鮮でやっていたくらい緊密な「社会主義同胞」もいまや疎遠になったんだろう。越南の今のマスコミでは韓国POPS、ドラマ、韓国との経済協力ばかりが取り上げられて、北朝鮮は無視されている。
東欧などにも北朝鮮大使館はあるんだが、わざわざ見に行ったのは初めてで、何か感慨深いものがあった。
迷惑な中国の周辺にあるという同病相憐れむ共通点があるんだから、もう一度緊密化してもらいたいと思うのだが。

■中国と違い「おどろおどろしさ」はない
sどういえば、越南の街の雰囲気はいたって普通の「東南アジア」の国。
中国で感じるような「おどろおどろしさ」というか、奇妙な不気味な雰囲気は微塵にもなかった。
この辺はやはり近代以降、シナと分断され、別の国民国家を建設しただけのことはある。
■シナ人流で小ずるいが、シナ人ほどひどくはない
国民性はちょっと小ずるいところがあるが、その点はやはりシナ人気質を受け継いでいるのだろう。
友人と入ったカフェでは、越南人の友人を見たときに出してきたメニューとその後外国人がいると知ったときの値段が倍以上は違った。
タクシーなどもほぼ毎回ボロうとする。メーターそのものがおかしい。
これは台湾で同じくらい貧しかったときにはあまりなかったことだろう。
その点では越南人は確かに小ずるい。
ただし、シナほどの悪意は感じられない。ぼる。その程度の話だ。牛肉の代わりにヒルが出て来るわけではない。そしてその後ろにマフィアが控えているわけでもない。
さすがは近代以降シナとの関係を断ち切っただけのことはある。
ただし、国民性という点では台湾人のほうがはるかに「非シナ」的で善意の塊だが、越南人は善意という感じでもなかった。
逆にその分、越南人のほうが気が利いたところがあった。帰り空港へのタクシーで鼻をグスグスやっていると(鼻のアレルギー)、ガムを出してくれたり、かなり気が利く。台湾人だとほとんどは気にしないか、気にしても口でおせっかいなことを言うだけで何か対策を採ろうとしない。この辺は台湾人ははっきりいってマレー系、フィリピン人と一緒だ。トロい。
しかし悪くいえば越南人のほうが抜け目ない。この点も越南人のほうがはるかにシナ人だ。それから台湾人的なあの底抜けの明るさというか屈託なさというか愛想の好さはない。これも越南人のほうが社会主義文化だったからというよりは、シナ人だからだろう。

■台湾人のほうがマレー系でトロい
とはいえ、越南人のほうが現代シナ人よりも数倍はまともでマシなのは言うまでもない。まず、得体の知れないものは出さない。
これは一緒に行った台湾人の友人と一緒に会った越南人にも、以前福建でビフテキを頼んでヒルを出された話をしたところ、越南人はやはり信じられない、越南ではありえないという話をしていた。台湾人ほど徹底して善意でもトロいわけでもなくて、小ずるいが、小ずるいだけで、シナ人ほどの徹底した悪意、目的のためなら他人を徹底的に貶め騙すというズルさはないということだ。

■台湾との違い
経済発展水準はまだまだ低いが、一人当たり1000ドルレベルにしては、割と綺麗好きだと思った。もちろん総体的には台湾よりは汚いのは当然だが、おそらく台湾の1000ドルレベルのときよりは圧倒的に衛生的なはずだ。
台湾より良いのは、犬の糞があまりなかったことだ。台湾では放し飼いや野良犬も含めて犬の糞がそこら中に落ちている。しかし越南ではほとんど見なかった。これはよいことだ。
ただやはり1000ドルというべきか、店などがよく籠に入れた小鳥を軒先に飼っている。とまったホテルの近くは、鶏の親子数羽が放し飼いにされていた。おいおい。だから、鳥インフルエンザが流行るんだろうが。
台湾との違いといえば、飯のお碗を持たないことだ。台湾もフォーマルでは中華的に持っていけないはずだが、普通の屋台や家庭では、飯のお碗を手にもって、箸で掻きいれる、という中華的には「はしたない」が日本と同じ習慣がある。
しかし越南は屋台でもまず飯のお碗は持たない。やはり越南のほうが中華だ。
前に気が利くと書いたが、社会主義が長かったから、資本主義的な意味でのサービス精神や商売っ気はない。この点は台湾のほうがある。

■越南で忘れたこと
ホビロンを食べるのを忘れてたな。本当にホビロン!だ。
まああまり好き嫌いはない私でも、あれは好んで食べたくもないのだが。