むじな@金沢よろず批評ブログ

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直轄市選挙で国民党は事実上の敗北、民進党は復調

2006-12-10 02:41:59 | 台湾政治
◆国民党は事実上敗北、大中国派は衰退
9日投開票が実施された台北・高雄両市の市長と議員選挙で、ほぼ事前の予想とおりの得票率で、台北市長は国民党公認のカク(赤におおざと)龍斌、高雄市長には民進党公認の陳菊がそれぞれ当選した。台北市長は本党公認候補謝長廷氏は惜しくも敗れたものの、得票率では40.9%獲得、前回2002年の35.9%から伸ばすなど、民進党の基盤が弱い台北市の選挙としては善戦した。
この半年以上、国民党とそれに追随する主流のマスコミによるバッシングキャンペーンによって民進党が低迷状態にあったことを考えれば、この結果は事実上民進党の勝利といえる。「敵失」によって有利だと見られていた国民党は、馬英九が前日にも高雄市に乗り込んで盛り上げを図ったにもかかわらず、僅差とはいえ高雄市長をもぎ取ることができず、しかもお膝元の台北市長でもやっと過半数を上回る低調ぶり。馬英九の能力の低さを改めて見せ付けるとともに、国民党がこの半年行ってきた民進党バッシングが決して国民党の支持を増やすものとならず、逆効果になったことを示した。国民党の事実上の敗北である。馬英九には能力がないことがまた改めて証明されてしまった。
さらに、台北市長に無所属(親民党主席を一時「休職」の形)で出馬し、個人人気で馬英九の足元を脅かすことを狙った宋楚瑜は、得票率にしてわずか4%強と見るも無残な結果となり、政治生命は完全に絶たれた格好となった。宋は政界からの引退を宣言した。
つまり、馬英九の無能、宋楚瑜の政治生命終了という結果が明らかになった今回の選挙は、台湾政治正常化に向けた一里塚になるといるのかもしれない。宋の引退、馬の無力はきわめて象徴的だ。
(市長の候補、議員の各党の得票状況は記事末尾に)

◆驕れる者は嫌われるという台湾選挙の法則
国民党が彼ら自身の事前の「期待」ほどの結果を出せなかったことは、ちょど2004年末の立法委員選挙で「台連とあわせて過半数」とぶち上げて期待とは程遠い結果となった民進党の状況ときわめて似ている。あのとき民進党は陳水扁再選、国民党の低迷でのぼり竜状態で、イケイケドンドンだった。ところが、その傲慢な姿勢が選挙民に嫌われた。民進党は得票率や議席数ではその前よりは若干伸びたものの、「単独で100以上、台連とあわせて113の過半数」とうそぶいていた事前の予測に達せず「敗北」と認定された。
今回国民党も民進党と陳水扁にまつわるスキャンダルを根拠もなく「暴露」して追い詰めボロボロにしたうえで、馬英九の個人人気も高いと勘違いして、国民党に有利だと判断したが、それは選挙民から傲慢だと判断されたわけだ。たしかに国民党は市議員では議席が増えるなど一見すると「馬英九効果」で強くなったように見える。しかし、国民党が議員の部分で増えたのは、親民党が凋落した分が戻っただけであって、国民党自身の基盤はまったく増えていない。まして、「有利」だと自他ともに考えていた目論見からは大きく外れたことで、国民党は今回、2004年の民進党と同じ過ちを犯したといえるだろう。
今後少なくとも2年は国民党と馬英九が転げ落ちる番となろう。
そういう点では、台湾社会と民主主義はさらに一段と成熟した、高い段階に進歩したといえるかもしれない。

◆相変わらず偏狭でおかしな外省人だが、健全化の傾向も
もちろん、手放しでそう評価できない問題=ボトルネックは見られる。
特に外省人の問題である。台北市長はどうみても魅力も迫力も欠けたカク龍斌が、外省人だからというだけで、外省人が多い(今年はじめの時点では人口の46%と推計される)台北市において、難の問題もなく当選してしまうことを考えれば、台湾の選挙ではいまだに「外省人は外省人にいれるが、本省人はあまり族群にこだわらない」片翼だけの族群政治は健在だった。明らかに能力も政見も謝長廷に分があり、族群を考慮せずにまともに選ぶなら謝が7割とって圧勝してもおかしくなかった。それが4割程度で落選というのは、要するに台北市民はまともに政策で判断するのではなく、単に「外省人」が外省人というだけで外省人にいれるという非理性的な族群・宗派的政治が残っているということだ。
しかし、それでも前回やそれ以前に比べれば、若干弱まってきた気配はある。前回は馬英九が64%も獲得して明らかに狂っているとしかいいようがなかったが、今回は国民党のタマがハンサムでもなく迫力もないこともあって、53%というショボイ数字にとどまった。
これは、台北市における国民党の実力としては、基本盤にも届かない、ショボさである。あまりにもショボすぎる。そういう点では、国民党は事実上敗北している。
この原因としては、外省人といっても、台湾人意識が強い若い世代が増えていること、特に若者はタマを見て選ぶ傾向が出てきたことを意味している。
区ごとの得票状況を見ると、もともと民進党が強い大同区と士林区だけは謝が上回ったが、他はカクが多かった。しかし、外省人の牙城である信義区、大安区、文山区あたりでも前回よりも熱狂度が減っているように見えるので、これはやはり外省人であっても若い層はちゃんと政策を見て謝に流れたことが類推できる。

◆謝長廷が民進党と本土派全体の盟主に?
謝長廷の落選を受けた演説は感動的だった。謝の魅力と賢さがにじみ出ていた。支持者の間からは「次は総統に」と、1998年に陳水扁が市長選に落選した際と同じ声が出てきた。実際、謝長廷はこれで2008年総統選挙(あればの話だが)に民進党候補として出馬する可能性はきわめて高まったといえるだろう。しかも、台北市は国民党、高雄市は民進党という現状維持の結果だったから、民進党の行政院長と党主席のポストは「引責辞任」という問題は発生しない。だから、蘇貞昌は行政院長として身動きが取れないし、その基盤である新潮流も含めた最近の言動で支持層の信頼を大きく落としている。フリーハンドのある謝長廷が「行政院長経験者が格下の台北市長候補となるという屈辱を党の発展のためにあえてしのんで、落選したものの善戦した」という実績、しかも市長選挙を上手に戦ったことで支持層の人気を固めたことを基盤にして、総統候補あるいは本土派陣営全体の次の盟主となることは、かなり確実なものとなったといえるだろう。
実際、謝長廷の「母鶏効果」(市長選挙を主軸として盛り上げることで、議員など下の部分にも波及効果が及んで結果を出すこと)があって、民進党は、台北市議員選挙で18議席、高雄市議員選挙で15議席と、それぞれ前回よりも1議席増やした。
ただし、若干疑問がないとはいえない。
というのも、区別の得票を見ると、カクより得票が多かった区は、士林、大同の2区にとどまったが、本来なら民進党が強い萬華、中山、北投の3区では僅差とはいえカクに負けた。
また、事前には40%前後だと見られていて、それを果たしたとはいえ、謝長廷の本来の実力からすれば、42%か、あるいは44%も夢ではなかったはずである。
実際44%くらいとって、さらにカクとの差を縮め、カクを過半数割れに追い込むくらいにしていれば、謝長廷の地位は不動のものとなっただろう。
しかも、選挙戦では謝長廷ははじめから勝利はあまり考えず、「手を抜いているような感じがした」(謝長廷にも近い民進党支持のある中小企業主)ところもあった。この印象が選挙後に強まるようだと、マイナス要因になりかねない。
とはいえ、先にも指摘したように、今回の選挙戦の過程で、巧みな戦略と演説もあって、民進党支持層における謝長廷の名声は確実に高まった。しかも謝の強みは、その支持や人脈は民進党だけにとどまらず、李登輝、台連、国民党本土派の多くにも幅広い人脈もあるところにある。
他の4大天王(ポスト陳水扁の有力者4人)はどうかというと、最有望といわれてきた蘇貞昌を推す声は、メディアによく流れているが、それはあくまでも国民党系メディアの話であって、民進党支持層や台連、国民党本土派には蘇を推す意見はあまりないのが現実だ。游錫コンは市民運動圏では人気があり、しかも庶民性に最も近い政治家としての魅力はあるのだが、民進党や運動圏を超えた国民党側への支持の広がりには限界がある。呂秀蓮はあまりにも自己顕示欲に満ちた性格と不規則発言・放言があってとっくに支持層からもそっぽを向かれている。
そういう意味では謝長廷はかなり有利になったといえる。ただ、民進党あるいは本土派陣営全体が2008年の総統候補あるいは内閣制以降後のビジョンを決めるのは、来年7月ごろだから、それまで何があるかわからないが。

◆陳菊の僅差は新潮流の限界だが、陳菊の能力には大いに期待する
高雄市長には陳菊が1114票という本当に僅かな差で、ほとんど開票終了時になって当選を決めた。民進党内ではこれは新潮流の限界があったという見方が有力だ。陳菊自身は新潮流に属している。とはいえ、新潮流ができるずっと前から民主化運動の闘士として歩んできて、しかも親しみやすく温かみに満ちた人道的な性格・精神もあって、陳菊自身には新潮流を超えた幅広い支持者やシンパがいることは事実だ。
しかし、やはり新潮流のメンバーであり、民進党政権成立以降に新潮流があらゆる政府ポストを独占しようとしてきたことを見れば、新潮流系が高雄市長となることに懸念を持った人が、民進党の反新潮流系や台連、国民党本土派にいたとしても不思議ではない。まして、11月になってから、新潮流の林濁水らが立法委員を辞職する騒ぎを起こしたり、最近は新潮流に近づいている羅文嘉がかつてのボスだった陳水扁を米国で批判したりと、新潮流が民進党の足をひっぱっているような印象しかない行動が目立ったこともあって、もともと新潮流に良い感情をもっていない民進党の元正義・福利国系や台連系がそっぽを向いたとしても不思議ではない。
もっとも、高雄市は大都市といっても、典型的な南部の田舎の部分も残していて、地方派閥が複雑である。その中で、謝長廷が成果を挙げたとはいえ、人がかわって、陳菊が新たに出てくる場合には、謝が持っていた支持をすべて継承することはできない。国民党候補の黄俊英も本土意識が強く台連とも親しい関係にあって、そういう意味では「本土派」どうしの戦いとなって、差別化は難しい。台連の保守層(独立にそれほどこだわらない層)や国民党本土派は謝長廷には入れたかもしれないが、今回は黄俊英に流れることは予想できた。
そうした背景もあって、陳菊が楽勝ということではもともとなかったが、それでも新潮流であること、その新潮流系統が直前に妙な動きを示したことに、民進党支持層にも反発を生んだ可能性は高い。
たしかに高雄市は南部であり、民進党のほうが多い。04年総統選挙、04年立法委員選挙を見ても、高雄市の民進党の得票は55%前後なので、陳菊も55%そのままは無理でも、52%くらい取っても理論上はおかしくはない。しかし、地方派閥、新潮流の要因がからみ、陳菊は結果的にかなり苦戦した。私は陳菊をよく知っており、きわめてすばらしい人だと思うので、陳菊の当選はうれしいし、当然だと思う。しかし、陳菊は当選したからには今後は人事で新潮流だけを重用せず、民進党の他の系統、それから台連から国民党本土派にも目配りして、本当の意味で台湾本土派全体の立場で市政運営してほしいと思う。
陳菊がそれに成功すれば、市政は円滑に運営できるだろう。まして、謝長廷の遺産と実績という良好な基盤と環境も用意されているわけだから、1998年に謝が高雄市長に民進党としてはじめて当選した時点よりははるかに恵まれている。それに陳菊の魅力と以前から定評のある行政手腕が加われば、今後4年の高雄市は良い成果が残せないはずがない。
そしてそうなれば次回は陳菊は楽勝できるだろう。

中央選挙委員会による両市長選挙各候補の得票率:

台北市長(投票率約64.03%)
カク龍斌 男 692,085 (53.81%) 中国国民党
謝長廷 男 525,869 (40.89%) 民主進歩党
宋楚瑜 男 53,281 (4.14%)
李敖 男 7,795 (0.61%)
柯賜海 男 3,687 (0.29%)
周玉寇; 女 3,372 (0.26%)

前回と比較すると、カクの得票率は馬英九の64.1%に比べて10ポイント強も落としている。謝長廷は陣営の事前予測だった40%を若干上回った。

高雄市長(投票率約67.34%)
陳 菊 女 379,417 (49.41%) 民主進歩党
黄俊英 男 378,303 (49.27%) 中国国民党
羅志明 男 6,599 (0.86%) 台湾団結聯盟
林景元 男 1,803 (0.23%)
林志昇 男 1,746 (0.23%) 保護台湾大聯盟

前回は二期目に挑戦する謝長廷が50.0%で、国民党は今回と同じ黄俊英が46.8%で3ポイント強差があったが、今回は差が縮まった。理由は前記のとおり。
区別では陳菊は緑陣営の支持基盤である鹽テイ(土偏に呈)、三民、旗津、新興、前鎮、小港各区で勝利、黄俊英は左營、楠梓、前金、苓雅各区で勝った。


また、市議員の各党獲得議席、得票率:

台北市議員
国民党24(前回比4増)、43.64%(+11.65P)
民進党18(前回比1増)、30.77%(+2.23P)
新党  4(前回比1減)、 5.87%(-3.17P)
親民党 2(前回比6減)  6.98%(-10.63P)
台連  2(前回比2増)、 5.12%(+1.41P)
無所属 2(前回比同じ)、 7.14%
緑の党 0

高雄市議員
国民党17(前回比5増)、35.95%
民進党15(前回比1増)、30.49%
親民党 4(前回比3減)、 6.78%
台連  1(前回比1減)、 5.74%
無所属 9(前回比2増)、19.78%