四条大宮ジャーナル

この度の東北太平洋沖地震にて被災された方々へ
お見舞い申し上げます

栗東

2010-11-29 01:48:09 | 仕事
人から人の紹介で
栗東のお客様が居る
知り合って10年

栗東駅降りて気付くのは、空気が綺麗なこと。
今夜も星がキレイです
月もキレイ。

今晩は色々あって終電乗り遅れて栗東泊まり。

最初来た頃には何も無かった新興駅(栗東)
にもビジネスホテルが出来たと感慨深い。
久々に良い布団で寝れるが、7時には起きなあかんのがつらい。

10年なんてあっちゅう間やなぁ

みんな元気で。
さあ年末に向かっての週になりました
終い良ければ全てよし!

頑張らんと頑張ろ(笑)

トウカイテイオー/アメとムチ

2010-11-25 18:48:28 | 競馬
まもなく、JCとなると
この馬を思い出す。


一番印象に残ったのがジャパンカップ。
翌年の有馬は言うに及ばずですが、この時も天皇賞
謎の大敗を喫した後で、評価は下がっていた。

もっとも、天皇賞は休養明けにも関わらず
ダイタクヘリオスと競って、ペースがおかしくなってしまい
大崎&橋口レッツゴーターキン感動の戴冠
アシストをしてしまったので
ここが勝負だろうなぁと思っていた。

なんといってもダービー・ディスタンスである。

この馬がうまく走ってるな、という時は素軽く
中段位置でも淡々と走ってきて、3~4コーナーのかかり
3分3厘で他の馬を包み込むように
あっという間に3~4番手に進出する。

そういうレースを作るのだが、このときのJCでは
ナチュラリストとの叩き合いになって、首一つ残った
これは、見た目根性と縁のなさそうなテイオーにしては
珍しく根性を見せたレースだった。

暮れの有馬では、人に言えない巨額の金をテイオーの
単勝、馬連に投じ木っ端微塵の思いをした。
メジロパーマーの頭が高いのを見て憎しみさえ覚えた(笑)。
(このお陰で独身時代ということもあり、反省するために
正月短期バイトをした)

翌年はずーーっと二風谷(北海道)で調整
春に間に合わず、その間ミホノブルボンも付き合いよろしく
出走せず、古馬で奮闘していたメジロマックイーンまでもが
京都大賞典を最後に引退という、勢力図がガラッと変わった
有馬記念となった。

一番人気ビワハヤヒデは全て連対で最後のクラシック1冠
菊花賞を制して絶好調、何よりテイオー騎乗していた
岡部騎手は迷うことなくハヤヒデを選んだのだ。
去っていった古馬の中、一年振りのトウカイテイオーは
沢山の方が書かれているように、奇跡とも言うべき
優勝を成し遂げた、が。
よく見たら必死に走ってる感じが、やっぱりしない。
一年振りやのに、ビワハヤヒデに行かしてやってる
余裕に見える(当然、ヤネも馬も必死でしょうけど、そう見える)。

やはり、この馬が最初にして一回だけ
必死に走ったのはJCこれっきりやったと思うが
大敗と復活、アメとムチを繰り返したこの馬と、その時代が
競馬面白かったし、とにかく疲れた。


秋休み

2010-11-22 17:42:33 | 休息
昨日、二週間ぶりに休みをとった。
といっても遠くまで遊びに行く体力ないので
次男と自転車で5分の梅小路公園へ。



行くと「文化の日」イベントとかで
入館料が無料やった、ラッキーである。
男の子は乗り物が大好きなので
チンチン電車やSLに乗せてあげる。
チンチン電車は200mぐらい
SLは500mぐらいしか走らないが
機関車の大きな汽笛は珍しいようで
盛んに「おっきいねぇ」を繰り返していた。



公園を離れて次に住宅展示場へ行く
ウチ買うのではなく遊びに行くのだ
ドラえもんのでっかい被り物があったので
子供が見たがってたのだが
昨日は居なかった。
こうなると子供はひつこい
「ドラえもんは?」「今日は居ないねえ」
「ドラえもんは?」「今日は居ないねえ」
これ×3くらいの会話。
ドッグショーの犬が居たので、触らせてあげて
忘れたかなぁと思っても、思い出したかのように
またまた「ドラえもんは?」

まだお昼前やったので、今度は動物園に連れて行こうと
一旦ウチに戻って車にのりかえようと、見たら
坊主、自転車で寝てる!これはラッキーと
部屋で寝かしつけてから、部屋掃除
風呂掃除、沸かして四時風呂。

ゆっくり休んで、夕方からのマイクさんところでの
忘年会に向かう。マイクさんの店は近鉄大久保駅から
行くことが多いが、今日は自宅から行くので最寄の
JR駅から向かう。
で、JR奈良線で宇治のひとつ先の小倉駅から
ぼちぼち歩いて行くが、結構かかった。
18:00着予定、10分遅刻
行くと皆さん揃っていた。

乗峯先生に「今日の馬券は・・・」と全部言う前に
「その話は禁句だ!!」と言われてしまった。
最近、解禁して本日馬券の自慢話が開放されたことがないので
来年こそはみんな頑張りましょう(笑)
それより、出てくる肉の美味いこと。
これの為に一年間生きてきたといっても過言ではない。
肉少しで、あとゴハンとスープで腹を一杯にさせるのではなく
肉だけで腹一杯になる宴席は滅多にない。
(しまった!料理写真撮るの忘れたっ!)
貧乏臭い言い方やけどね。

(※昨晩の宴席です、画像処理下手なので目線入れました。
写真に不都合あらばご連絡ください。)


京都組のマイクさん、のぐちさん私はゆっくりでいいのですが
乗峯先生はじめ大阪、兵庫から来られた遠方の皆さん、
お疲れ様でした&有難うございました。
またマイクさんには毎回毎回、心遣いいただき
楽しい宴席を感謝です。

たった1日の「秋休み」でしたが、楽しく過ごせました。

来年もやりましょう
365日頑張った暁には、肉が待っている!








シビック

2010-11-20 11:17:56 | 
ホンダ・シビック販売終了
昭和58年に運転免許取った私が、最初手にした車は
知人より5万円でもらったシビック77年型やったか?

パワステでもなし、オートマでもなし
ドア部分は少しサビてるし
クラッチはスコンスコンで終いにゃあツルツルなって
廃車にしたが、今から思うと苦労した車やった。

でも運転する楽しさがあった
金が無かったので何度も金沢⇔大阪を地道で走った
大体6~7時間、途中福井でソースカツ丼食べたり
彦根に寄ったり、なるべく混む時間を避けて
大阪へ帰った。

シビックはモデルチェンジ毎に、若者のオシャレな車となって
一世を風靡した。映画「恋におちて」でメリル・ストリーブが
シビック乗ってたのには驚いた。
ホンダ車の昭和55~平成バブル期の勢いは凄かった。
シビックをはじめとしてシティ、インテグラ、プレリュード、アコード
CM戦略も完璧にヤッピー(死語)向けやったし。

共通するのは、運転する楽しみを持たせる車ばかりやった
今のFit見てると(人気車全般に言えるが)機能性や居住性
或いは燃費効率重視で飛びつきたくなる車が、CMが無い
車は運転する楽しみではなく、移動手段の一つのアイテムとなった。
また乗るほうも、自分でせっせせっせと固形ワックス使って
なんて車に愛情かけなくなってる(←これ私のこと)
初めて車を手にした時の初々しい気持ちが無くなったなぁ。

シビック終了もやむなしという感
昔みたいに一目見るだけでシビックや!っていうボディデザインの
個性無くなってたし。
それでも無くなるのは寂しいなぁ、お疲れ様でした。

日曜の朝は

2010-11-15 17:55:00 | 文化
真珠の小箱


まだ酒もタバコも競馬も女も知らない子供の頃。

偉大なるマンネリと言いますか、日曜朝の
「真珠の小箱」「皇室アルバム」「万葉の旅」「ミユキ野球教室」
「心のともしび」「遠くへ行きたい」なんかはよく見た。
よく見たけれど、ウチの誰かが見てたのを横で流し見ぃやったので
ほとんどの番組、タイトル曲しか覚えてない。
「心のともしび」の「暗いと不平を言うよりも すすんで灯りをともしましょう」
は、言葉は前向きでありながらズドーンと暗くなる声で語られる。

私は「万葉の旅」が好きで、その影響で奈良飛鳥時代に興味を持っていた。
ちょうど近鉄沿線(河内)に住んでいたので、案外近くやったのだ。
いつも出演していた犬養孝先生は、かなり昔に鬼籍になられたが
先生の万葉集を詠む調子は今でも真似することがある。

「真珠の小箱」は近鉄提供の、伊勢や奈良の沿線観光案内番組である。
この近鉄、路線に競合他社が少ないことと、ローカル赤字路線を
抱えているということもあり、私鉄の割りに料金高い。
料金的にはJRよりちょい安、私鉄よりやや高いといったところか。
ああまた近鉄の悪口になってしまった。
番組は、終始ゆる~い感じで永遠に続く番組と思ってた。

「野球教室」ミユキー、ミユキテックスのCMである。
教室とは名ばかりで、いつも巨人の選手との対談や紹介で
面白くなかった、そらそうです。よみうりTVだもの。

このような番組が流れていた頃は、日曜日だけ親が朝から居て
コーヒーをサイフォンで淹れたり、日曜だけパン食べたりして
ゆっくりもぞもぞ布団から這い出てTV見てた、ゆる~~い時間やった。
今みたいにゲームなんてのもないし、結構TV見てたんやね。

いつの日曜でも上記の番組があり、いつものように
見てたりして延々続くのかと思ったが、あれから
あっというまの30数年、忘却の彼方になった昭和の頃。

当時、関西ローカルTVは、タカラヅカを流したり
パ・リーグのデーゲーム(デイゲームではなくデーゲーム)
流したり、関西で頑張ってるスポーツや娯楽を今以上に
流してくれていたと思う。

吉本新喜劇も貧乏臭かったし。花紀京は赤鼻にしてホンマに
西成居そうなニット帽が似合いすぎていた。
酒を一杯もらおか、へぇすんまへんなぁよばれよかーで
ドンブリ差し出す時の、それである。
しかし「ノックは無用」なんか今見たら、芸人を呼んできての
トーク番組つまり、さんまやタモリの雛形作ってるね。
結構バラエティにしても、関西製作が原型なのは
他探しても多いかも。
吉本、東京進出してるから当たり前か。

日祝日も仕事の私は、貧しかったけど家族揃ってた
あの頃のほうが、ずっと贅沢に思えるのだ。




武器なき制圧

2010-11-13 13:53:39 | マスコミ
今回のYou Tube流出の件。

政府が躊躇した中、誰でも見ることの出来る
ネットによって脇の甘さを露呈。
皆が大騒ぎする情報が、ネットカフェから
発信できるのである、隣でオナニー
してる奴が居るかも知れんような場所から
世界中に発信できるのは、最早新聞社や
放送局を押さえ込む軍部でなくても
致命的な情報を持っているのなら、1人でも誰でも
「制圧」出来るのである。

世の中、便利になればなるほど
自らの首を絞めている気がしてならない。
信じるのは、自分自身の判断力であって
情報ひとつで右往左往していては
とんでもないことになりそうだ。

例の保安官は、「あんたらマスコミが騒ぐから
家に帰らず、ここで泊まるはめになってる」
と言ってるらしいが、そりゃあ・・・そうでしょう。
ネットカフェから流した張本人らしい
軽い言葉だ。

この1件のおかげで、大阪の検察問題が
報道されなくなっている、一つの事件で
目を違う方向に向けさせて前の問題は
だんだんぼやけてくる。
「人の噂も75日」とはよく言うたもので
次、大事件が起こればまたこの件も
ボケていくのだろう。

言われ続けてるのは、景気と就職率の悪さ
これだけはずっと変わっていない、ボケてない。
何とかして~


2010-11-10 10:31:35 | 
20代の頃は、あちこちから結婚式に呼ばれ
(中には2度出すヤツも居て)
なんせ「お祝い事」が主流やったのが
この40後半になって、長年お付き合いしてきた
人生の先輩達との「お別れ事」のほうが
多くなってきた。

昨夜も大事な人と別れました
悲しいより淋しい。

親父をなくした時には悲しみよりも
話す対象が消えた、という空虚に包まれた。
おなかの子供がいなくなった時には
どうすることも出来ない、どこに当たったら
いいのか分からない、発狂寸前に見舞われた。

幼子と高齢、両極の身内との別れを経験すると
死ぬことは案外、背中合わせなんやなと思う。
明日がわからないから今日、快楽を楽しむのか
明日がわからないから今日、隙なく過ごすのか
人によって1日の過ごし方は様々。

ただ、先輩方で鬼籍に入られた方は総じて
ギリギリまで働き、生への執着を持ち続けて
私に沢山、話をしてくれた。
生きてるということは、1人でも多くの人と
出会い、話すということかも知れない。

自分が見えないから人類は鏡というものを
作った、という話を聞いたことがある。
文盲の世界でも鏡はある。
人はいつの世も他人からどう見られてるか
気になって仕方がない生き物なんでしょう。
子供でも友達から全く相手にされないと
自殺してしまう。見られて、見ては言葉なくても
コミュニケーションの第一歩なんやろう。

帰りの車、ふとルームミラー見たら
異様に白髪の私が居た。
考えてみたら、自分を見る時間が多いのは
本人ではなく家族の方が多いのだから
「おとうさん、白髪増えてんでぇ」ぐらい
誰か言ってくれたらいいのに。

おかげで今日は、鏡や窓が気になって仕方ない。
時間は平等に老化も連れてくる
秋の空は心が寒い
フトコロも寒いケド。



息抜き音楽

2010-11-08 19:15:34 | 音楽
高中正義 THE SUNSET VALLEY (Rainbow Goblins Story)


1981年「虹伝説」から。この人自体は地味なのに
えげつなく見場は派手やった頃。

神経が疲れてる時には静かな音楽でなどと思い
夜な夜なCDではなく、カセットテープを漁ってると
高中や、ミカバンドやサザン、YMO、達郎、
山下久美子や稲垣潤一などとそれはもう
好みジャンルバラバラなテープが出てきた。
要は節操ない訳で。

テープは伸びきってしまってるかなと思ったら
案外聴けた。
サザンは1nd~3rdが好みだ、C調や私はピアノの情けない歌詞
桑田は情けない男を詞に書かせたら一流やと再認識

山下久美子の「男~なんてしゃ~ぼん玉~」は
後に彼女へ降りかかる暗示に聞こえてしゃあないな。
昔は「総立ちの久美子」で、腹出して結構エロかった。

稲垣潤一のボーカルは、鼻にかかって好き嫌い分かれるとこ
でも大滝詠一の「バチェラーガール」は本家より
声量いいなぁ。

YMOは・・・最近ポッキーのCMを見て次男のお気に入りなのだ
「ライディーン」聴かせると踊りだす。ぼーーっと
聴いてると無国籍っぷりが今もあせない。
3人化粧した顔は無国籍やったわ。

達郎はBOMBERのギターの硬い感じがええねぇ
わざと曇ったような音出してますが、製作にうるさい
人やからなせる業でしょうね、大貫妙子が言ってたが
シュガーベイブ時代はいつも金が無く、大貫が
「お金欲しいなぁ」とつぶやくと「金カネ言うな!!」
と達郎に叱られたらしい、遠い昔の話。

サディスティックミカバンド
ふわふわっとビブラート利かせた
加藤和彦の声はロックというよりポップス。
だからロック、フォークというカテゴリーに
囚われなかったのでしょう。
周りのメンバー見ると、よくぞ集めたという気がします。
高中正義、高橋ユキヒロ、後藤次利(アイドルキラー・笑)
最後のメンバーでは木村カエラでしたが
映画でもバンドでも最初が良くって
パート2や再結成はなるべくしてほしくないなぁ
というのが率直な感想。

いつかは、伸びてしまうやろうけど
20数年前のテープ、また隠して気が向いたら聴こう。

クールに裁判

2010-11-06 10:26:51 | 裁判
昨日、裁判所で前職相手に残業代未払い請求裁判があった。
三時間半の長丁場になり、いささか体力消耗
本人訴訟だから、相手弁護士と証人相手にせねばならない。

しかし昨日の率直な感想としては
真実を押し通すこちら側に対して
相手は、重箱の隅をつつくことしか
できない、ということと事実を覆すには
どこかで虚偽発言をせねばならぬということで
そこここに、相手の証言にほころびがあった。

簡単に言えば、もうツッコミようがないので
私の悪口を裁判の席で言ってるようなレベル。
そのことは織り込み済みなので、別段
腹立ちもない。
「お前の母ちゃんデーベーソー」言われてもなぁ、
という率直な感想。

日本では個人で裁判をするとなると、大変な
時間労力体力が要求される。
まず準備書面を1~2ヶ月に一回提出するのに
裁判所に出向かわなければならない
その一回で平日休みを取らなければならない。
普通の会社員が前職を訴えるのに裁判おこしてると
なると、現職の会社はひくだろう、きっと。

また、辞める時に揉めると次の職場でやりにくくなる
といった部分での泣き寝入り。これが一番多い。
今回でも沢山の辞めた社員から「頑張ってください」
「応援しています」という声をいただいたが
いざ裁判に突入してくると「ご協力は勘弁してください」
といった人も居た、当然その人を恨むなんて気もさらさらない。

そういった風潮なので、労働相談電話が100件あっても
裁判に突入するのは2~3件あればいい方だそうだ。
大抵は相談電話にも至らずなので、それも含めると
労働トラブルの1%未満ぐらいしか裁判にならない。
もっとも、労働者の意見を聞いて裁判前に和解する
会社もあるので、全てが裁判突入という訳ではない。

しかし、こうして裁判の勉強をしていると
今まで見えてなかったものが見えたりする。
労働争議に於いては、大企業も零細企業も関係なく
どこでも火種はあると言うこと。
その責任は、総じてトップの責任ということだが
責任とれるトップって居ないことが分かった(笑)。
追求されると自分ではなく「経理が・・・」とか「総務が・・・」
とかの文言に終始。
どうやらトップの条件は無責任にあるらしい。

また、政治家が国会の席で失言するのを
何と常識のない、と感じること多々あるでしょうが
人の本質、本音とは長時間しゃべるとどこかでポロッと
はがれるもの。雄弁な人間ほど落とし穴があり
また、育ちが分かる。
昨日の相手方失言、放言をきっちり
チェックしたらありましたよ。

ホント、自分の裁判でなく客観的に見たら
裁判って面白い。
人の醜さがここまで炸裂すると、怒りを通り越して
失笑さえ覚える。
小説にしようかと思うぐらいだ。
一応裁判は終わったが、決着を見るのか
控訴に持ち込まれるのか、それは分からない
ひとまず、終わった。その事実だけ。

夜歩く

2010-11-04 16:44:29 | 京都
昼間はにぎやかな阪急嵐山駅も晩10時だとまばら。

いつも京都~大阪を行き来している毎日に
ちょっと寄り道してみようと、阪急桂で乗り換え
嵐山を夜な夜な散歩した。
阪急嵐山駅から京福嵐山駅まで徒歩15分ぐらいだが
その間にすれ違った人は2~3人
昼間の借景も真っ暗じゃあ、観光客もおりません
せめてライトアップしてれば、人も動くだろうが。
しかし、夜中の観光地はなかなかいい。
川の流れる音や空気の気持ちよさ。

途中、渡月橋を渡るが車も2~3台通っただけ。
昼間の渋滞、これまた無縁。



近場で紅葉を探したが、真っ暗なため不明(笑)
仕方なく京福嵐山駅へ



まるで「千と千尋」に出てきそうな、ぼや~んとした
灯り、日本的というより胡散臭いアジア的に見えた。
で、やっぱり誰も乗ってこない。
嵐山駅名物の「足湯」も当然終わっている。



人の多いところは嫌やけど、全く人が居ない観光地は
これまた駄目になっていくのだろう、ヒトは多少
人が集まる場所でないと張り合いを感じなくなる。
24時間なんでも手に入ったり、どこでも
灯りや人が居る世の中やから
昨晩の静寂と暗闇がなんとも面白かった。

乗った電車は「ゲゲゲの鬼太郎」列車やった
京都と鬼太郎の共通項はないはずだが??
など思ったが、猫娘が可愛いのでどっちでもいい。

水木しげるが書く元の絵は、もっとお化けお化けしてたが。

結局ウチ帰ったら晩11時
一時間で帰るところ、衝動的な寄り道により
二時間かかりました、たまには。