日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

四谷赤坂麹町 - 月

2020-04-09 20:21:09 | 居酒屋
お触れが下されるに先立ち、とりわけ愛用してきた店には挨拶がてら立ち寄りました。しかし、外で呑める機会がいつまで続くか何ともいえない情勢ならば、行けるうちに行っておきたいと思うのが人情です。中一日で再び外食となりました。
本降りの雨にたたられ行動範囲が限られる中、いの一番に浮かんだのは「あて」でした。ところが、無情にも店の明かりは消えており、当分休業との張り紙が。昨晩開いていたのを見て、しばらく続くと高を括っていたのが仇になりました。しかし、捨てる神あれば拾う神ありです。咄嗟に飛び込んだ店が思いも寄らない名店でした。
ヱビスビールの文字とともに屋号を掲げた行灯は、記憶の片隅にありました。しかるに今まで素通りを続けていたのは、自宅に近すぎ、かえって足が向かなかったという事情によるところが大です。集合住宅と同居する飲食街の二階という条件が、なおさら足を遠ざけていました。それが切羽詰まった事情により流れ着いたわけなのですが、これがとんだ掘り出し物だったという顛末です。

上端が弧を描く玄関の窓は、居酒屋というよりも喫茶店の趣です。6席分のカウンターとテーブル二つのささやかな店内を、年配の女将と丸刈りの助手が二人で仕切ります。建物ができたのは、たしか昭和の末期です。壁の煤けようからして、その頃からあったとしてもおかしくはありません。ただし、古いからといってくたびれているわけではなく、むしろ心地よさを感じさせる空間です。
品書きは手元に二つ。それぞれ表と裏があり、直立した品書きは片面が冷酒、もう片面が常温か燗に向く酒で占められます。それぞれ八種が取り揃えられて一合700円からです。今や酒一合を千円以上で売る店も少なからずある中、良心的な設定がありがたく感じられます。もう一枚はその他の酒と肴を綴ったもので、特別な肴こそないものの、やはり値段は良心的です。一通り眺めて分かったのは、居酒屋というより小料理屋の範疇に属する店だということでした。老練な女将相手に酒を酌むのを旨とする店なのでしょう。
その真骨頂がいきなり発揮されました。二品あるお通しのうち、一つはいぶりがっこの類かと思いきや、女将からは干し柿だとの説明が。こちらの知る干し柿と似ても似つかぬ出で立ちの理由を、一口いただいた瞬間に得心することになります。薄切りにした干し柿を並べ、柚子皮の砂糖漬を巻き込んだものだったのです。このお通しで早くも実力を確信させられました。
次いで勧められたのはホタルイカの沖漬けです。空豆ともども品書きにはありません。常備の品も一応あるにはあるものの、季節の品を女将に見繕ってもらうのがここでの流儀なのでしょう。こちらの箸の進み具合を見計らいつつ、酒呑みのツボを押さえた品を繰り出してくるのは心憎いばかりです。

ビールは琥珀ヱビス、それも泡のきめ細かさでこれは違うと一目で分かる逸品です。最初の一杯には女将によるお酌が付き、冷たからず温からず適温の和らぎ水が添えられます。一見に愛想を振りまくわけではないものの、付かず離れず適度な間合いの客あしらいに老練さが感じられました。この店の明かりを消してしまっては大損失です。営業を続ける限りは務めて足を運びたいものだと思います。


東京都千代田区六番町4-11
03-3263-1522
平日 1145AM-1330PM/1700PM-2300PM
土日祝日 予約営業

琥珀ヱビス
マチダ
田酒
干し柿
テリーヌ
ホタルイカ沖漬け
焼空豆
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