上機嫌で「庄助」を出ると、再び雨足が強くなっていました。傘を差しても濡れるほどの本降りで、これでは橋を渡ってもう一軒という意欲も起こりません。とはいえ、はるばる松江まで来ておきながら、一軒限りで切り上げるのもいささか惜しいものがあります。しばしの葛藤を経て、二軒目は新規開拓を選びました。訪ねるのは「朔屋」です。
旅先で呑むという習慣が定着してからというもの、松江では決まって橋の北側を呑み歩いていました。それ以来初めて訪ねた反対側の店が「庄助」だったわけなのですが、それと並んでかねてから目に止まっていた一軒がこの店です。
静かで情緒的な城側と違って、駅側の呑み屋街は雑然としており、それが橋の北側を主戦場にしてきた理由でもあります。しかし、駅側の呑み屋街から少し離れたところに、何軒かの飲食店が点在する一角があります。寺町の名の通り寺が集まる、松江らしい趣のある一帯で、ここで呑むのも悪くはなさそうだという考えは以前からありました。その中から一軒選ぶならここだろうと思っていたのが、地酒屋を標榜するこの店でした。しかるに年に一度限りの宿泊ではなかなか出番がなく、今まで素通りしてきたという経緯は「庄助」と同様です。
一つだけ違うのは、本降りの雨という条件下で、新規開拓という大義名分があったからこそ浮上してきたということであり、積極的に選んだというより、咄嗟の判断によるところが多分にあります。これは、教祖のお墨付きがある「庄助」と違い、この店の実力のほどが未知数だったからでもあります。もっともその結果は、事前の予測とおおむね一致していました。
事前に予測していたこととは、若い店主が造った若い客層向けの店だということです。これは、教祖が好む老練な店とは対照的な、若さ故の荒削りな部分が存在するということでもあります。実際のところ、リングで綴じた品書きは、ピザにコロッケなど横文字の品々を主体としており、和を基本としながら創作が織り交ぜられているという印象です。
とはいえ、地酒屋の看板に偽りはありませんでした。地酒の品書きは他の酒とは分ける形で両面が使われ、「島根の純米酒大集合」と題された片面には、関東では聞き慣れない正真正銘の地酒が、冷温酒と常温酒でそれぞれ十種以上揃います。片面は王禄、日置桜、鷹勇など山陰の有名どころを中心にしていることからしても、知られざる島根の地酒を主役にした店なのでしょう。味わいを「すっきり」と「しっかり」に分け、濃淡の順に並べたところがよそ者には助かります。それらの中から「天穏」を選ぶと、素焼きの徳利、猪口とともに和らぎ水が運ばれてきました。横文字の品々が多いとはいえ、別紙の品書きには刺身の他に左党好みの酒肴がいくつか揃い、〆には出雲そばまであります。二軒目以降で地酒を呑みたい向きには好適といえそうです。
惜しむらくは、カウンターからの眺めが今一つなことです。「庄助」のカウンターが、設え、雰囲気、さらには眺望まで最高だっただけに、その直後ではどのようなカウンターでも見劣りするという事情はあります。しかし、それを割り引いても今一つな面はありました。
そう感じる理由の一つとして、店を仕切る面々の表情が読みにくいという店が挙げられます。たとえば「庄助」では、女将、おばちゃん、お姉さん、店主、跡取りといった人間関係を少し観察するだけでも読みとることができ、それぞれの役割分担も一目瞭然でした。対するここでは、店長、副店長、手伝いの青年、お姉さんといった面々を把握するのにしばらく時間が要りました。これは、彼等が奥に籠もりがちで、カウンターに定位置を持たないからなのでしょう。自他共に認める人嫌いではありますが、酒場のカウンターには多かれ少なかれ人間模様が必要なのかもしれません。
惜しい部分は散見されたものの、10時を過ぎれば呑み屋の選択肢がほぼなくなる松江にあって、それ以降も入れる店は貴重です。遅い時間に呑み足りなく感じたときは、もう一度この店の世話になるのも悪くはないでしょう。
★朔屋
松江市寺町186
0852-28-1440
1800PM-2300PM(LO)
日曜定休(月曜祝日の場合営業・翌日休業)
天穏
突き出し(煮貝)
サヨリ
割子そば
旅先で呑むという習慣が定着してからというもの、松江では決まって橋の北側を呑み歩いていました。それ以来初めて訪ねた反対側の店が「庄助」だったわけなのですが、それと並んでかねてから目に止まっていた一軒がこの店です。
静かで情緒的な城側と違って、駅側の呑み屋街は雑然としており、それが橋の北側を主戦場にしてきた理由でもあります。しかし、駅側の呑み屋街から少し離れたところに、何軒かの飲食店が点在する一角があります。寺町の名の通り寺が集まる、松江らしい趣のある一帯で、ここで呑むのも悪くはなさそうだという考えは以前からありました。その中から一軒選ぶならここだろうと思っていたのが、地酒屋を標榜するこの店でした。しかるに年に一度限りの宿泊ではなかなか出番がなく、今まで素通りしてきたという経緯は「庄助」と同様です。
一つだけ違うのは、本降りの雨という条件下で、新規開拓という大義名分があったからこそ浮上してきたということであり、積極的に選んだというより、咄嗟の判断によるところが多分にあります。これは、教祖のお墨付きがある「庄助」と違い、この店の実力のほどが未知数だったからでもあります。もっともその結果は、事前の予測とおおむね一致していました。
事前に予測していたこととは、若い店主が造った若い客層向けの店だということです。これは、教祖が好む老練な店とは対照的な、若さ故の荒削りな部分が存在するということでもあります。実際のところ、リングで綴じた品書きは、ピザにコロッケなど横文字の品々を主体としており、和を基本としながら創作が織り交ぜられているという印象です。
とはいえ、地酒屋の看板に偽りはありませんでした。地酒の品書きは他の酒とは分ける形で両面が使われ、「島根の純米酒大集合」と題された片面には、関東では聞き慣れない正真正銘の地酒が、冷温酒と常温酒でそれぞれ十種以上揃います。片面は王禄、日置桜、鷹勇など山陰の有名どころを中心にしていることからしても、知られざる島根の地酒を主役にした店なのでしょう。味わいを「すっきり」と「しっかり」に分け、濃淡の順に並べたところがよそ者には助かります。それらの中から「天穏」を選ぶと、素焼きの徳利、猪口とともに和らぎ水が運ばれてきました。横文字の品々が多いとはいえ、別紙の品書きには刺身の他に左党好みの酒肴がいくつか揃い、〆には出雲そばまであります。二軒目以降で地酒を呑みたい向きには好適といえそうです。
惜しむらくは、カウンターからの眺めが今一つなことです。「庄助」のカウンターが、設え、雰囲気、さらには眺望まで最高だっただけに、その直後ではどのようなカウンターでも見劣りするという事情はあります。しかし、それを割り引いても今一つな面はありました。
そう感じる理由の一つとして、店を仕切る面々の表情が読みにくいという店が挙げられます。たとえば「庄助」では、女将、おばちゃん、お姉さん、店主、跡取りといった人間関係を少し観察するだけでも読みとることができ、それぞれの役割分担も一目瞭然でした。対するここでは、店長、副店長、手伝いの青年、お姉さんといった面々を把握するのにしばらく時間が要りました。これは、彼等が奥に籠もりがちで、カウンターに定位置を持たないからなのでしょう。自他共に認める人嫌いではありますが、酒場のカウンターには多かれ少なかれ人間模様が必要なのかもしれません。
惜しい部分は散見されたものの、10時を過ぎれば呑み屋の選択肢がほぼなくなる松江にあって、それ以降も入れる店は貴重です。遅い時間に呑み足りなく感じたときは、もう一度この店の世話になるのも悪くはないでしょう。
★朔屋
松江市寺町186
0852-28-1440
1800PM-2300PM(LO)
日曜定休(月曜祝日の場合営業・翌日休業)
天穏
突き出し(煮貝)
サヨリ
割子そば