帰宅しました。ついに二ヶ月目に突入した花見の旅、最初は1時台だった帰宅時間が移動距離とともに少しずつ延びて、東北から戻った前回にいたっては翌朝5時前にまでずれ込んでいただけに、この時間に帰宅しているというのがにわかには信じられません。北海道で花見をした四、五時間後にはもうこの状況ですから、空路の時間感覚は他の交通手段とは全くの別物だと実感させられます。旅情など一切お構いなしに瞬間移動するかのような強引さが、これまで自分を空路の旅から遠ざけてきたわけですが、そのおかげで一泊二日というわずかな時間で北海道へ渡ることができたのですから、今回ばかりは文明の利器に感謝しなければなりません。
北海道と内地は別世界であり、それは花見の季節においても例外ではないということは、前回の旅で函館を訪ねた時に実感していたことですが、さらなる別世界である道央の花見は、やはり函館とは一味も二味も違うものでした。北海道の桜の違いを一言でいうなら、「内地では当たり前に見られるような光景が少ない」ということです。街路を彩る桜並木、城跡や神社仏閣の桜、校庭を囲む桜の木、民家の軒先の一本桜、しだれ桜の古木など、内地では当たり前のように見られる光景が少ないのです。そこらを適当に走ればどこでも桜が見られる内地とは違い、ある程度の事前情報がなければなかなか桜には出会いません。仮に出会ったとしても、桜というのは沢山の木々の一つに過ぎず、四方八方どこを向いても桜といった、内地の名所で見られるような光景は、北海道では決してありふれたものではないのだということに気づきます。
もっとも、北の大地と桜の組み合わせには、それはそれで違ったよさがあるものです。桜の名所とは、本数だけで決まるものではなく、むしろどれだけその土地の風土に溶け込んでいるかによると思います。北海道の広い大地の中で、長い冬に耐えた桜が遅い遅い花を咲かせる姿を見られただけでも、一泊という強行日程で北海道へ渡った甲斐があるというものです。
偶然の産物とはいえ、結果として三笠で終われたのも幸運でした。観光地でも何でもない寂れた炭鉱町であるこの町ですが、自分にとっては何度も訪ねた思い入れの深い土地でもあります。その町で地元の人々と触れ合い、最後は桜が満開の幾春別で締めくくることができたのですから、これでもう何も思い残すことはなく、ここで幕を引くなら最高の終わり方になるでしょう。
とはいえ、その気になれば翌週も花見ができるかと思うと、旅の虫がうずくのは事実です。前回の東北の旅にしても、道中ではこれが最後と思っていながら、終わってみるとそれまでは考えもしなかったその先の旅というものが浮かんできてしまいます。「全都道府県走破」と称し、何十万円もかけて沖縄へ船で行くという暴挙をはたらいた昨年にしてもそうなのですが、やり出すと歯止めがきかないというのが一人旅の厄介なところです。しかし、その翌週は年に一度の泊まりがけの生業が無情にも割り込んでおり、泣いても笑っても次の週末が最後だということは決まっているのです。あと一回と決まっているなら、いっそのこと最後の最後まで追いかけてみようという考えが浮かぶのは、旅人の性として仕方のないところではあります。
来週末に花見をするなら、日本列島で最も開花が遅い道東しかなく、そうなると一泊二日ではさすがに無理なので、土日の前後に一日か二日は休暇をとれるように交渉しなければなりません。航空券を押さえる関係で、遅くとも水曜までには結論を出す必要があります。どちらに転ぶかは自分にも分かりません。結果は後日…
北海道と内地は別世界であり、それは花見の季節においても例外ではないということは、前回の旅で函館を訪ねた時に実感していたことですが、さらなる別世界である道央の花見は、やはり函館とは一味も二味も違うものでした。北海道の桜の違いを一言でいうなら、「内地では当たり前に見られるような光景が少ない」ということです。街路を彩る桜並木、城跡や神社仏閣の桜、校庭を囲む桜の木、民家の軒先の一本桜、しだれ桜の古木など、内地では当たり前のように見られる光景が少ないのです。そこらを適当に走ればどこでも桜が見られる内地とは違い、ある程度の事前情報がなければなかなか桜には出会いません。仮に出会ったとしても、桜というのは沢山の木々の一つに過ぎず、四方八方どこを向いても桜といった、内地の名所で見られるような光景は、北海道では決してありふれたものではないのだということに気づきます。
もっとも、北の大地と桜の組み合わせには、それはそれで違ったよさがあるものです。桜の名所とは、本数だけで決まるものではなく、むしろどれだけその土地の風土に溶け込んでいるかによると思います。北海道の広い大地の中で、長い冬に耐えた桜が遅い遅い花を咲かせる姿を見られただけでも、一泊という強行日程で北海道へ渡った甲斐があるというものです。
偶然の産物とはいえ、結果として三笠で終われたのも幸運でした。観光地でも何でもない寂れた炭鉱町であるこの町ですが、自分にとっては何度も訪ねた思い入れの深い土地でもあります。その町で地元の人々と触れ合い、最後は桜が満開の幾春別で締めくくることができたのですから、これでもう何も思い残すことはなく、ここで幕を引くなら最高の終わり方になるでしょう。
とはいえ、その気になれば翌週も花見ができるかと思うと、旅の虫がうずくのは事実です。前回の東北の旅にしても、道中ではこれが最後と思っていながら、終わってみるとそれまでは考えもしなかったその先の旅というものが浮かんできてしまいます。「全都道府県走破」と称し、何十万円もかけて沖縄へ船で行くという暴挙をはたらいた昨年にしてもそうなのですが、やり出すと歯止めがきかないというのが一人旅の厄介なところです。しかし、その翌週は年に一度の泊まりがけの生業が無情にも割り込んでおり、泣いても笑っても次の週末が最後だということは決まっているのです。あと一回と決まっているなら、いっそのこと最後の最後まで追いかけてみようという考えが浮かぶのは、旅人の性として仕方のないところではあります。
来週末に花見をするなら、日本列島で最も開花が遅い道東しかなく、そうなると一泊二日ではさすがに無理なので、土日の前後に一日か二日は休暇をとれるように交渉しなければなりません。航空券を押さえる関係で、遅くとも水曜までには結論を出す必要があります。どちらに転ぶかは自分にも分かりません。結果は後日…