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一歩一歩前進!

22年前の22秒

2006-02-18 00:54:35 | その他
表彰台の上の嬉しそうなB君をプールサイドでボンヤリと見つめていた。

22年前の第27回第三学区都立高校水泳大会。B君との差は22秒だった。



高校ではサッカー部に入るつもりだった。が、ボクは左足で蹴れなかった。高校のサッカー部は両足で蹴れないとやっていけない。そう勝手に思い込んで躊躇していた。サッカー部の入部説明会に行こうかどうしようか、迷っているとクラスのTが引きずるように、ボクを水泳部の説明会に連れて行った。サッカーをやりたかったボクは、Tと一緒になんとなく水泳部に仮入部した。

水泳部の新入部員は十数名。初心者は二人。中学で野球部だったMと中学にプールのなかったB君。B君はかなづち同然だった。

ボクは小中学校と水泳をやっていた。本当はサッカーをやりたかったが、ボクの中学のサッカー部は不良のたまり場だったので、平和そうな水泳部を選んだ。

中学時代、あまりまじめに練習したわけではなかったが、それでも高校の新入部員のなかでは2番目に速かった。不作の新人達のなかでは、コーチにとっては期待の星だったようだ。おかげで一年の時は少し優越感を持って練習をしていた。そのかわり一年のシーズンが終わると部長に任命されてしまった。特に大変なわけではなかったが。

シーズンオフは陸トレ。ランニングと筋トレ。といってもまじめにトレーニングなんてしなかった。ランニング練習の途中、自転車でついてくるマネージャーを振り切るために四方八方に離散、ゲーセンで落ち合う。そんな毎日だった。

そんなだらけた生活を送っていた初冬のある日、B君とMがスイミングに通うと言い出した。

ちょっとショックだった。

B君もMも自分と一緒だと思っていた。ただ毎日おもしろおかしくすごしているだけだと思っていた。でも違っていた。二人の視線は次の夏をしっかりと見据えていた。

そんな意識の違いを認めるのが嫌だった。自分より下だと思っていた二人が自分よりずっと強い気持ちを持っている事実を受け入れたくなかった。

負けたと思った。でも水泳の実力のない二人がひと冬およいだところでたかがしれている。そんな風にも考えていた。抜かれることは無いだろうと。

冬の間、練習に通う二人を見ながら、ボクの時間だけがとまったまま月日が流れていった。


二年生になったシーズンは、こころのどこかで予想していた通りに始まった。B君はボクが予想していたよりもずっと速くなっていた。

ボクとB君の第1種目は長距離だった。一個下の女の子Sさんと3人で同じコースを左まわりにローテーションしながら練習をした。

練習では速い人間から出る。第1陣はボク。2陣はB君。3陣はSさん。

25mプールではターンをしてからすれ違うまでの距離でお互いの力関係をはかることができる。6月の時点では,ターンの度になんとか同じ距離をキープしていたボクとB君との差は、7月に入るとどんどんターンの度に差が縮まっっていった。ボクのクイックターンが遅いことを差し引いても,B君が速くなったのは明らかだった。夏休み前にはボクは自分から第2陣にさがった。

ボクは冬に止めてしまった時間を取り戻すべく練習に没頭した。ターンの度にひろがるB君との差をなんとか縮めようと頑張った。調子のいい日はB君についていけるようになった。少しづつではあるが差は縮まっていった。


そして迎えた第三学区都立高校水泳大会最終日。800m自由形。400mで4位だったボクは,400Frの上位3人のうちの一人が400m個人メドレーにまわったため,800Frでは順当に行けば表彰台に上れるはずだった。上がるつもりでいた.

800Frはなんだか力がはいらないまま泳いだ.泳ぎ切ったタイムは10分39秒。400Frで勝った奴に5秒差で負けて800Frも4位で表彰台を逃した。

B君は10分17秒で2位。B君とは22秒差で夏が終わった。



20年以上経った今でも高校二年生のあの夏の光景は、いつもあたまの片隅に残っている。多分,あの苦い思いは一生忘れない。

今となってはもうプールに行くことはない。あの夏からプールで泳ぐ気がしなくなった。代わりにというわけではないが、今は自転車に乗っている。そして、今年の冬はきついけど練習を続けている。自分で止めてしまった時間をもう一度動かすために。


強い意思を持つこと。少しずつでも努力しつづけること。22年前にB君から学んだ.