風邪ひきが1週間以上も続いて、ライブの当日まで引っ張ってしまった。
ウィークデーの夜だったんでバンド連中は仕事を終えて店までやって来た。
だから、リハなし。
ぶっつけ本番の演奏。
今までにこんなこと、したことなかったんだ。
このライブを舐めていたわけではなかったけれど、
そんな状態で・・・・どんな演奏ができるのか楽しみだった。
出演時間は17:30。
6バンド出演ライブで2番目。なかなかいい出番だった。
どうしてかって?
そりゃあ、演奏する方も、お客も酒が入ってちょうどリラックスするタイミングだからだ。
気分がユルクなるのは自分でも分かる。
自覚できるということは客観的でいられる・・・ってことなんだから。
いつもはステージに立っている、ライトを浴びて、ギターを抱えて、マイクに向かう。
冷静になれ!なんてことは大凡ムリな話なんだ。
興奮・・・してしまうんだ。
高揚してしまっていると、どうしたって集中できなくなるものだよ。
しかし、この夜は少し違ったんだ。
熱はなかったけれど身体が怠かった。咳の発作がいつ出るか、不安だった。
だから集中できたような気がしてきたんだ。
力むことなく、歌い出しに成功したんだ。
ギターのピッチの甘さがやけに気になった。最悪だ・・・なんて思ったけれどね。
でも、歌っているうちに気にならなくなってしまったんだ。
不思議な気分だった。
雨が激しく降っているのに、遠くの山間から虹が見える・・・・そんな気分。
ずぶ濡れなんだけれどね。不快感がないんだ。
やがて自分の立っている場所も晴れたりはしないけれど、雨は降り止むだろう。
そう、そんな気分だった。
無事に1曲目のエンディングを迎えられたことに感謝している自分に気づいたりし始めた。
お客のノリも悪くはない。
なんだか「こいつら・・・・いったいなんなんだろう?」
そんな好奇の眼差しが、客席から伝わってきた。
狭い店の良さだよね。
身近に客の反応が判断できるとのは素晴らしいことなんだわ・・・やっぱり。
自分たちの演奏が上手いなんて思ったことは一度だってない。
ただ、演奏途中で得も言われぬ音が聞こえ始めることがあるんだ。
それは、和音的な音で、自分たちの演奏がノッテルことの証のように思えたんだ。
ハーモニーの最高到達点なんだ・・・そんな気がするんだ。
そう、その音は、とても心地よくて優しくて励ましてくれていて・・・・・
SEXなんて比べ物にならないくらいに気持ちいいんだよ。
60歳を過ぎてしまったけれど、
一度しかないんだ。
その音を聞いたのは・・・・・
ただ欲望の翼は、小さくなっちまったけれど
広げてしまいたくなった。
風邪熱に唸されながらの夜は、
底なしに暗く深かったんだ。