軽井沢のいろいろ~♪ 軽井沢で静かに暮らす 深山のイノシシ があれこれ見たこと聞いたこと

軽井沢に静かに暮らす深山のイノシシが 軽井沢の春夏秋冬 今昔、あれこれ・・ 見たまま聞いたまま書いてるよ

 軽井沢への交通  鉄道 汽車 機関車 線路・・

2015-11-05 | 避暑地 軽井沢のあれやこれ
  
  皆さん 今日は木曜日 一昨日休んだけれどもう 週末の事考えてる人いませんか?

 昨日 軽井沢駅の記念館のお話をしたけれど  軽井沢周辺は浅間山や美しい自然とマッチした画像を求めて

 写真や絵が  趣味の人や 世に言う「鉄っちゃん」 も大勢来てるんだよ

 今は長野新幹線も開通して スピーディーに軽井沢に来られるけれど 旧国鉄の信越線として開通した頃は大変だったんだって

 スイッチバック式やループ線と言われる方法も検討されたけれど 碓氷峠を越える地形的に対処できなくて

 ドイツのハルツ山鉄道を参考にした「アプト式」を取り入れることで 難題をクリアしたんだって

  で、明治26年(1893年)、トンネル数26、レンガ造りの橋梁18を 難工事の末、横川―軽井沢間が開通したんだよ

  皆さん「鉄道唱歌」って知ってますか?  長野県歌と言われる「信濃の国」はどうですか?

 「鉄道唱歌」のメロディはほとんどの人が知ってると思うけど 
 
 第 4 集の 北陸編に 碓氷峠の区間が次のように歌われていますよ

 19. これより音にききいたる 碓氷峠のアブト式 歯車つけておりのぼる 仕掛は外(ほか)にたぐいなし

 20. くぐるトンネル二十六 ともし火うすく昼くらし いずれは天地うちはれて 顔ふく風の心地よさ

 「信濃の国」では6番に碓氷峠が登場~ 

  吾妻(あずま)はやとし 日本武(やまとたけ) 嘆き給いし碓氷山 穿(うが)つ隧道(トンネル)二十六 夢にもこゆる汽車の道
  みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき 古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い

 ってね 

 
 

 ついでだけれど スイッチバック式という方式はお隣の御代田駅が採用、電化、複線化で廃止になったけれど D51・787が記念に保存されているよ

 保存されている御代田の鉄道記念館は、国鉄時代には信越線の「御代田駅」だったところで 駅そのものがスイッチバックのまん中にあったんだ

 当時の信越線は軌道の都合上、枝分かれした部分に御代田駅ホームがあり、上り、下りとも同じ方向から列車が進入してきたんだって

 そして方向をかえてまた出て行った  軽井沢からちょっと足を延ばすとお隣り町のこの駅の線路の面影もここで見られるんだよ 
コメント (1)
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