ラヴェンダーの咲く庭で

「みゃーきんぐ・ぷあ」から変更。保護猫と綴る日々の備忘録、独り言にすぎない半径5mの記録です!基本、読み専です。

春 る・る・る

2022-03-10 17:20:35 | 貧乏ガーデニング

日がのびて、過ごしやすくなる春がやって来た、だが、忌々しいパンデミックに加えて戦争、悲しいニュースばかりなのは何故だ。

相変わらず務めて自粛している。自分は気持ちの持って行き場が無くて、断捨離ブームもあるし「辞めよう、更地にして転圧してコンクリートで固めてもいい、」と思っていた庭を再びいじりだしている。

以前はバラだけで40種類あったが、庭に使う費用は獣医代に使うべきだと思ったし、実際に沢山の野良猫治療に時間とお金は消えていった、だから大したことは出来ないが、地味で出来る範囲で続けよう、庭に来る虫や爬虫類、鳥や緑が好きなのは、多分変えられない性分だと思うから。手間のかからないものだけ残し、更地に近い状態にしてやり直している。

浮かんでくる悲しみ、いら立ちなどの雑念を払いたい、無心になりたい、美しいもので心を満たしたい、人と群れたくはない。それと朝散歩15分が健康にいいのなら、代用で庭を朝15分いじった方が楽しい。実際散歩しなくても一日一万歩以上、すでに家の中で動いている。

 

◆3月1日(火)曇り、時々雨。17-6℃

老猫のお世話からスタート、午前中歯科。

数週間前に腫れた歯茎の場所、左上6番の歯の大昔の治療をとりあえず取り除いた、現在は殆ど腫れていない。今後の治療法はまだ決まっていないが、どんなに時間がかかっても抜歯しない方向になる。

少し散歩して、庭帚などを100均で購入、

 

帰宅途中に美しい老婦人に目を奪われる。

コミニュティセンターでは、コロナ禍でも再びお年寄りが集い、何か勉強や運動などされているのだが、その出口で、ほっそりとして白髪が自然にウェーブした故篠田桃紅氏に似た透明感のあるご婦人がいた、杖は手に持つも使用していない。背筋が真っすぐでお見事だったが、ご婦人たちからの会話から92歳と話しているのが聞こえた。

身なりもごく普通の洋服なのだが、自立し何かを学ぶ好奇心、そして、いらぬものがそぎ落とされた外見、92歳だろうが、何ともお美しかった。

 

トカゲを見つけたミーちゃん。

野鳥の水飲み場に、新しい蓋と石を設置。深すぎると利用できないから。

我が家は、上げ膳下げ膳の鳥達が老けてきて心配。あっ!という間に寿命なのだ。

 

◆3月2日(水)曇り、時々雨。14-6℃

老猫のお世話から、今日は丁寧に清拭。洗ってあげたいが人間でも春先の三寒四温、日中と夜間の温度差についていけない。そしていつもの家事、運動のほか、庭仕事をしていた。

冬の間保護していた、金魚のちびちゃんが、大きい親に混じり楽しそうに泳いでいる。

  

今日は面格子に絡ませていたジャスミン、ベビーキゥイ10年分を取り去るのだ、そろそろ外壁塗装の時期だからだ。

次の10年は自分が元気かもわからない、だから、ここは残念だが今年で終了する。

雨がパラリと降ってきて、半分くらい伐採で中止。

 

バイオリンの練習に切り替える。

 

◆3月3日(木)晴れのち曇り。14-6℃

まず桃の節句、だけど、家主がおいていった隣家の梅の花が、主無くても、今が花盛りだ。

   

老猫のお世話から、嘔吐しているのは大が溜まっているからだろう。輸液をして下がるのを待つしかない。いつも通りの家事、運動、そして面格子に絡ませたジャスミン、ベビーキゥイの撤去の続き、

窓は明るくなるが、ただ隣家の会社の壁が迫って見えるだけの風景になった。

 

あの窓に絡んだ、緑のもじゃもじゃな茂みに、内側から「森にいるんだ」と妄想し、どんなに慰められていたか、カフェカーテンなど何の役にも立たない。

その後、家事、楽器練習、深夜、猫は大があり、ホッ。

 

◆3月4日(金)曇りのち晴れ。12-5℃

老猫のお世話から、いつものルーティンワーク。その後、ジャノヒゲで埋もれている池の周りを何とかしようと。

サギとか謎の生物から守るのにネットをかけいて、かつ、池の周りの草を襲われないように伸ばし放題させていた。池を発掘。

いつの間にか池は地面と面一でなく、低くなっていたし、薄いレンガで囲むより土留めが必要だと痛感。100均の鎌、のこぎり鎌が切れて便利だこと、驚いた。研ぐのはどうするのか不明だが。(逆に研ぐのは簡単だが、普通のタイプの鎌はまるっきり切れなかった。)

睡蓮が育っていないので、隠れ家に鉢や、浮き球を浮かべて、外敵に襲われても隠れるようにする。(奥の緑の大きなかぼちゃ玉は、あの311の地震で津波が打ち上げてきたもの、私の故郷での話だが、何キロも離れた校庭まで、海ががれきとともに運んできたものを、母の病院の帰り道、ふと拾い上げたものである。)

庭にいてもシジュウカラは、待ちきれずにやって来る。

  

夜はパラリンピック開会式を途中から、

 

戦争反対をスピーチしても(名スピーチだったと思う)、戦争を仕掛けた本人に届かないのが虚しい。(自国民のことも考えられない人物だ、パラリンピックの前に攻撃事態でわかる、自国の選手の今までの努力なんか、どうでもいいのだろう。)

 

◆3月5日(土)曇りのち晴れ。17-6℃

老猫のお世話から、大がオムツ交換時、タイミングよく出ると、腸閉そくではないのだとホッとする。(そういう趣味嗜好ではないw)今日はレッスンの日であり、ぎりぎりまで練習。近頃付け焼刃的なのは仕方がない。猫のお世話で、また体も疲れやすくて、時間が24時間では足りないのだ。睡眠時間も5時間ない。

才能以前に、練習時間が以前のようにまずとれない、なのに、教本はどんどん難しくなっていく、長く低迷していたが、脳が理屈、理論を理解してきたというか、下手でも何とか弾けるようになってきた。基礎連が一時辛くて、辛くて。

出発。

  

途中、いつもウクレレを抱えた方とすれ違いが無いのが残念。楽器を持っている人を見ると嬉しくなってしまうのだ。信号待ちをしている時に、杖を突いた老婦人がハッと歩くのを止めた、立ち止まり私の背中の楽器を何度も、何度も観ていた。弾きたかった人、弾いていた人だったのだろうか?

いずれにせよ、私はこの日だけは、憧れを背中に背負ってワクワクと先生の所に行く。

到着。

レッスンは楽しかった。

先生に「長い間解けなかった方程式が解けたようで本当に嬉しい、それがなんだと言われても私には嬉しいのだ」とお話しする。「先生がいくら熱心に教えてくれても、この私の脳がわからないと駄目だし、この感覚(音程)は先生にはいくら教えたくても、コツしか教えられない、それがようやく掴めて嬉しい、」と言うと、先生も喜んで下さった。覚えが早い方だ、順調だとも励まして下さった。

この歳でも若者についていける、それ以上にまだまだいけると言うのは嬉しいし、何よりも楽譜を読む、読めるということが、古文書同様、豊かな世界が広がりとても楽しいのだった。

帰宅時、大きめのホームセンターと100均に寄り、土留めの代わりになりそうなものを捜す。

    

品物は豊富なようでも目当てなものはここにはない。洗剤など必要なものだけ購入したが、コロナ禍のウッドショックどころではない、物がじわじわ値上がりしているのがわかった。戦争も始まった、断捨離どころか、あるものは出来るだけ使おう、私は「デレク・ジャーマンの庭」が好きだ。気になる方はぜひ検索を。

 

◆3月6日(日)晴れのち曇り。17-5℃

老猫のお世話から、風が強い。一気にまとめて料理したのち、

   

さらに巨大なホームセンターへ。

    

大体の品物、値段を観て、インスピレーションを得る、家にすでにあり、加工すれば代用になるものがある。帰宅してAmazonでも調べる、通販の方が安い、さらに配達料が発生したとしても、重いものは配達してもらう方が楽。

メルヘン調と言うか、可愛いものが多い。私はイングリッシュガーデンを観るのが大好きでも、特に目指してもいないし、洋風すぎるのではなく、昔の木造校舎の校庭の庭みたいな、ひまわり、サルビア、ジニア、マリーゴールドが似合う感じが良いのだ。家も木造校舎風にしている。

YouTubeで他人の工作を拝見、やり方を学び、モチベを上げる。DIYの動画に寄せられるコメントの中で「自分の主人も動画主のように器用だったら」「作ってくれたら」「うらやましい」があると、「何故、ご自分が率先して手を動かさないのか、やってみないのか」と、毎回思う。

深夜に猫の大、今日も彼女は無事だった。

 

◆3月7日(月)晴れのち曇り。13-5℃

老猫のお世話から、今日もオムツ交換時、上手く大が出る。いつもの運動、家事のルーティンワーク。ふと思う、今日は詰め替えるものが多かった、洗剤、調味料、大したものではないが4つもあるとうんざり、名もなき家事。

春だ、鍋など卒業、ピクルスの時期だ。市販のものも利用し、少しの作り置き、

  

クレソンが2日で根が出てきた。

そのあと庭。

10年間チロリアンランプを絡ませていたパーゴラの整理。どんどん分厚くなってきたので、もう一度新しいシュートから誘引しなおすことにする。

 

 

上を向いてする作業故、頚椎が痛い、痛み出したところで中断。ゆっくりゆっくり。やる事を忘れぬようにメモに沢山書くが、それを棒線で消せるのは僅か。若いころと違い、大した作業量が出来なくなっている。

夜は猫があり得ないほど大が出た。これで最期かもと思うほど。その処置さえ済めば、猫も自分もスッキリ。

 

◆3月8日(火)春の雨がぽつぽつ。おおむね曇り。9-6℃

老猫のお世話から、いつものルーティンワーク、午前ギリギリに歯科受診。さて、先週外した古い治療の代わりに、新しいものにその場でちゃっちゃっとなった、保険で2千円弱、色合わせもないので新庄監督の好みそうな真っ白な歯になった、1本のみだがw、しかも奥で見えない。

あれから先生は考えたそうだ、「膿もポケットもない、結局バイオリンなどで力んでいる、歯茎のクッションに無駄な力が加わるから腫れるのだろう、橋本聖子氏など奥歯ボロボロだよ」と。(⇦恐れ多くもオリンピアンと比較されてもぉおおおお)

先生曰く、良いものでなく、次に何かあった時に施した治療を取りやすい値段が良い、抜歯も必要ない、このまま経過観察する、次は一月後受診。

歯科衛生士のお姉さんが、「やがては膿んで落ちる、やがて絶対に痛くなるはず」「抜歯、部分入れ歯、ブリッジ」と最初に言うので、覚悟していたが、ずいぶん違う。

先生には、シェーングレンも乗り越え、よく手入れされている歯だ、治療痕で今までしてきた努力がわかる、繊細な性格とほめられて帰宅。

お姉さんに言われ、お姉さんが提案された治療法は嫌すぎる、体力のあるうちに、インプラントでも、親知らず移植でもやる気だったので、けれどもコロナ禍だったので時期が嫌なのもあり、「これで済むのか」と気が抜けた。大昔の保険でない治療を捨て、保険の治療に入れ替わっただけだ。「あとは寝る時にマウスピースをするくらいだ」と言われる。

帰宅後、中途半端な時間、庭でなく、玄関ドアのとなりの小窓をいじる。

戸締りする時に、この猫のステッカーが、「ああ我が家に帰ってきた」と思わせていた。赤いリボンの色はとっくに色褪せた、猫の体の黒い色も色褪せた。

あっという間に色は消えるので、100均のステンドグラスシートを2重にはる。

各段に気に入った模様ではない。そのうちに気に入った模様も見つかるだろう。(元はニューステンドグラスが貼ってあったが、本物のステンドグラスよりは持たないので、壊れだした時に剥がしてしまった。)

  

花や小物を置いたりしたが、いじるなら飛散防止にもなるし、窓ガラスに細工が一番だった。

 

ステッカーの黒猫は消えたが、本物もいるし。

 

◆3月9日(水)晴れのち曇り。12-5℃

老猫のお世話から、いつものルーティンワーク。庭は一昨日のパーゴラの続き。チロリアンランプとジャスミンを絡ませるが、ジャスミンも太い枝を残さず、新しいシュートの方を誘引。

今日は作業興奮も起こらず気が乗らない、古い枝を切り刻み45ℓの袋に4袋。人力シュレッダーで疲れてしまい終了。

  

疲れがじわじわ溜まりボーッとしていたし、夜は老猫が嘔吐、もう強制給餌もやめ、やるだけやったんだ、だから何も考えないことにした。

戦時下の路上ピアノ、報道を見るとただ悲しい。避難民の妊婦さんだけでも8万人だという、悲劇だ。

  

 

◆3月10日(火)晴れのち曇り。15-4℃

老猫のお世話から、いつものルーティンワーク。

輸液後、猫のオムツ交換時、摘便をしている時に宅急便が来て、配達の方に今手が離せないと玄関に置いてもらった。そのやり取りで、猫の大は引っ込んでしまった、_| ̄|○

気を取り直して、強制給餌。

 

二人三脚、いや五脚か?頑張っています。

届いた庭の資材、リサイクルの擬木、足すものはこれだけで、あとは今あるものを組み替え使用する。

今日は溜めに溜めすぎたコンポストを開けて、土のう袋に入れて寝かせることにした。

   

良い黒土になっているし、テレビでは物価が値上がりする話ばかり。肥料は自力で。ミミズが入れてもないのに居る。

まだ途中だけど、疲れるところで袋に詰めるのをやめた、この後、綺麗にしてからコンポストの場所も今回移動したい。ウィズコロナは続く、時間はたっぷりある。庭は猫の額で狭く、いずれやり尽くすだろうし。

 

パソコンを久しぶりに開け、これを書いているが、

ムカつくのは、民間人及び、ロシアの病院、サボロジエ原発、チェルノブイリ原発への攻撃は許し難い、私はバカだから飛行停止が出来ない理屈がわからない、ロシアの戦闘機はウクライナ上空を飛べないようにして欲しい。今のままだと、各国、安全圏から「頑張れ、頑張れ」言っているような事態に思える。

今でもロシアはウクライナに取り返しのつかない損失を犯しているが、原発事故が起こったらどうするんだ、汚染された土地でも欲しいのか? 地球規模で取り返しのつかない損失、大規模な災害をもたらす。SNSプーチン見ないって、おいヽ(`Д´)ノプンプン

     

こういう現地の頑張りをみると、いじらしくて涙が出てる。どんなにお辛いか。

 

 

カタリーナ・ヴィット/花はどこへ行った

残っていたので、動画をお借りしました。私は大昔、偶然リアルでこれをテレビ中継で観ていて泣けた。この時はサラエボの紛争だった。

コメント (2)
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