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南英世の 「くろねこ日記」

理想の授業を求めて

 大した授業もできないのに、2006年に創設された大阪府指導教諭の1期生(社会科)に手を挙げました。理由は私のささやかなスキルを少しでも次世代に伝えたいと思ったからです。69歳になった今、これまで書いてきたものをまとめてみました。もし、参考になる部分があればご活用いただければ幸いです。(大阪府立天王寺高等学校 社会科非常勤講師 南 英世)

1.授業とは感動を与えること
 授業とは知識を通して感動を与えることだと私は思っています。1時間に1回は「へー、そうだったのか」と生徒をうならせたい。授業をきっかけに「もっと知りたい」と思うようになれば授業は成功です。

2.100のことを調べて1だけしゃべる
 感動を与えるためには、深い専門知識が必要です。専門書をたくさん読んで、授業準備に可能な限り時間をかける必要があります。受験参考書や指導書レベルの薄っぺらな知識では生徒を満足させることはできません。インターネットで得られる無料情報もタカが知れています。特に、専門外の科目を教える場合は、大学の学部レベルの「基本書」とよばれる本はぜひ読破してほしいと思います。

 
 
        
3.何のために教えるのか
 生徒を感動させるためには、何のためにこの科目を教えているのかという「哲学」、教員としての「ミッション」が求められます。私の場合、それは「世の中をもっとよくして多くの人が幸せだと感じられる社会を作るにはどうしたらいいか」を考えさせることです。だから、入試に関係なくても、大切だと思うことには徹底的に時間を割きます。理系も文系も関係ありません。ミッションを持っていると、自然に授業に迫力が出ます。

4.教員に必要な資質
 教員には教室をコントロールする強力なリーダーシップのほかに、次のような資質が求められます。
① 学者
   専門に関する深い知識
② 役者
   授業を盛り上げるエンターテイナーとしての資質
③ 易者
   ウソでもいいから「できる」と信じ込ませる力
④ 医者
   良き相談相手になれるカウンセリング・マインド
⑤ 聖者
   人間的に尊敬(信頼)されること

 最近、これに加えて「漫画家」としての資質があれば最高だろうなと思う事があります。いやはや、いい教員になろうと思ったら大変です。


5.串団子を恐れない
 避けたい授業の典型的な例はメリハリのない授業です。教員自身がことの軽重が分かっていないために、教科書にあることを全部同じウェイトで教えてしまう授業です。「私は全部教えましたよ。あとは覚えない皆さんが悪いのですよ」という授業は、たとえそれでテストで点数がとれたとしても、決して面白い授業にはなりません。
 私の理想は、重点を置くところと軽く済ませるところを意識的に区別し、メリハリの利いた授業(=串団子方式)を展開することです。図解すると次のようなイメージです。


                              
 どこを重点的に教えるか、どこを省くか、この精選する力こそが教師の力量です。画家は見たものをすべては描きません。大胆に省略し、自分の訴えたいことをキャンバスにぶつけます。授業も同じです。枝葉末節を捨てて本質に時間をかける。そしてなぜそうなるのかをじっくり考えさせる。生徒を引き付ける授業のポイントは「精選」だと思っています。

ベテラン教員と若手教員の違いはこの「メリハリ」のつけ方にあるのではないでしょうか。ベテランになればなるほど、ここで学ばなければいけない大切なことは何かが見えてきます。大切なことと、どうでもいいことの区別がつくようになってきます。もちろん、大切なこと=入試で出ることという意味ではありません。むしろ、一番大切なことは入試問題には適さないことが多いといえます。

 若いころは大切なことと、そうではないことの区別がなかなかつかないものです。その結果、教科書に書いてあることを一通り全部教えます。ある種の責任逃れです。私もそうでした。何のメリハリもなく大量の知識を教えるものだから、生徒は「味噌」も「クソ」も同じレベルで覚えさせられます。その結果、本当に学ばなければならないことが、1年もするとすっかり抜け落ちてしまいます。これでは教育の効果が半減してしまいます。

かつてアインシュタインは「教育の効果は学校で学んだことを全部忘れた後にあらわれる」と言いました。長い間、教育とはそういうものだと私も思っていました。しかし、今はこれが間違いであると断言できます。記憶に残らないような教育をした先生が悪いのです。いい教育とは、「世の中の見方が変わり、人生の指針となるような知識が生徒の脳みそにグサッと突き刺さり、忘れようにも忘れられない」そんな授業だと私は思っています。

たとえば高校の政治・経済の教科書についていえば、本当に重要なことはたったの4つしかありません。それらはいずれも「何のために教えているのかという哲学」から導き出されたものです。その4つに徹底的に的を絞り、ほかのどうでもいい些末な知識はなるべくそぎ落とし、年間の授業計画を作ります。

そうしたメリハリの利いた授業ができるようになるには、専門書をたくさん勉強する必要があります。しかし、今の若い先生方を見ていますと、何でもかんでもインターネットで調べ、それで事足れりとしているように見受けられます。今の教育現場が忙しいのはわかりますが、これでは生徒も先生も満足できる授業にはならないのではないでしょうか。

6.1時間の授業で「伝えたいメッセージ」を意識して教室に入る
 テレビ番組に before after という住宅のリフォーム番組があります。授業もそれと同じです。授業を受けた後、確実に「賢くなった」と実感できるような授業をしたいものです。

7.スピーチの基本は「大きなくくりから小さなくくり」
 メッセージを伝える基本は「大きなくくりから小さなくくりへ」です。まず、導入部分で今日のテーマ、学ぶ意義、結論などを最初に示し、その上で詳細な説明に入ります。そうすると生徒はわかりやすい。

 ちなみにNHKのニュース原稿はすべてこのスタイル(件名→結論→詳細)になっています。私もこうしたノウハウをNHKのアナウンサーから教えてもらいました。(NHKは「先生のための話し方講座」という有料講習を毎年8月にやっています。3日間の実技中心の講習で、費用は3万円くらいかかりますが有益です。ぜひ受講をお勧めします。)

8.長期記憶と短期記憶
 一般に、記憶には「短期記憶」「長期記憶」という二つの貯蔵庫があるといわれます。新しい情報はまず短期記憶として蓄えられます。しかし、短期記憶の貯蔵庫は一時的に情報を保存するだけで、しかも容量が小さい。これにたいして、長期記憶はいったんここに貯蔵されると容易に忘れることはなく、しかも膨大な量の情報を保存ことができます。その容量は1000兆項目と計算する人もおり、まさに無限に広がる「記憶の海」です。



 大切なのは長期記憶に蓄積することです。ところが、生徒はその場しのぎの短期記憶に終始している人が少なくありません。テストが終われば、砂浜に書かれた文字のようにあっという間に消えていく。まるで、保存しないでパソコンの電源を落とすようなものです。先生のほうもテストで点が取れればそれで「実力」が付いたものと錯覚する。



 学習したことを長期記憶に移行させるにはどうしたらよいか。問われなければならないのはそこの部分です。そのためには、「理解して覚える」という作業と、十分な復習と演習が必要です。

ただし、自分の教えている科目を重視するあまり、宿題を出しすぎないようにしてください。共通テストの成績が自分の評価に影響するという現行の評価・育成システムの下では、自分の教科・受け持ちクラスの成績をよくしたいがために、とかく宿題の量が過剰になりがちです。現在の縦割り教育の下では、宿題の全体量を知っているのは生徒だけです。宿題は生徒の立場に立って課してください。

 なお、半年後の記憶率は、講義が5%、演習は30~50%といわれます。最も記憶率が高いのは「友達に教えること」で、その記憶率は90%といわれます。「受験は団体戦だ」と言われる所以です。

9.復習中心主義の徹底を
 一生懸命勉強しているのに思ったように成績が伸びない生徒がいます。予習に追われて復習しないことに原因がある場合が少なくありません。人間は1度や2度学んだくらいでは覚えられません。何度も何度も復習して、知識を長期記憶として定着させる必要があります。しかし、先生が生徒に過度の予習を求めると、生徒は復習する時間がなくなります。

予習の目的は「わかるところと分からないところを区別」し、授業を受ける心構えを作ることです。そして、予習でわからなかったところを授業で解決し、復習で知識を定着させていきます。本当の実力はこうした積み重ねによって生まれます。予習はなるべく短時間で済むように工夫をして、復習に時間をとれるように指導することが成績を伸ばすコツです。
一般によくできる生徒は予習を中心にし、できない生徒は復習に時間をかけるとよく伸びます。




10.生徒をグリップする
授業では先生と生徒の関係は1対40ですが、生徒からすれば、先生と生徒の関係は1対1です。つまり1対1の関係が40通りあるわけです。できる限り生徒の名前を覚え、名前で呼んで授業ができるようにしたいものです(私は全くできていませんが…)。クラブ活動、学校行事、廊下での声掛けなど、さまざまな場面を通じて生徒をグリップしたいものです。生徒一人一人をグリップしていると、授業は非常にうまくいきます。

11.教科を越えて見に行こう
 他教科の授業を見るほうが素直に学べます。同じ教科を見たら「私だったらあんなふうにはしない」という目で見てしまいます。以前、物理の授業を見せてもらったことがあります。原子力の話でした。大変わかりやすく、その内容は社会科の授業にも生かすことができました。
 また授業を見学するときは担当の先生の許可を得て、教室の前から見ることをお勧めします。黒板の横に陣取って、教室の前から生徒の表情を見ていると、先生の言葉が生徒の心に「届いているかどうか」がよくわかります。

12.その他の授業スキル
① 授業はコミュニケーション
  ・アイコンタクトもコミュニケーションの一つ
  ・視線は常に生徒に向ける
  ・視線の動きは教室全体をZの字を描くように移動させる(Zの法則)
  ・意外な質問が出た時こそチャンス
② 明るくさわやかに
 発音の悪い人は、アナウンス読本を1冊買ってきて、「アエイウエオアオ」の発声練習からやりましょう。
③ 声の強弱
 「強」の前に「弱」を置くと効果があります。
④ 「間」の取り方を工夫する
 いつも同じテンポでは眠くなります。立て板に水の如く話したり、スローテンポで話したりして変化をつけましょう。噺でも師匠がやれば面白いのに、弟子がやると面白くない事があります。これは「間の取り方」に原因があることが多い。間の取り方が悪い人を「間抜け」といいます。意識的に「長い間=沈黙」を入れる事も重要です。

⑤ 授業を録音してチェックしよう。
 なくて七癖。「エー」といった耳障りな言葉や、直したほうがよいと思われる癖を自覚しましょう
⑥ 視覚に訴える
⑦ 全部を教え切らない
 授業は「知りたい」と思わせるきっかけです。全部を教える必要はありません(そもそもそんなことは不可能です)。だから、「なぜだろう」と疑問を投げかけ、生徒の心の中に「気持ち悪さ」を残すことも大切です。

⑧ 板書・ノートの取り方にもセオリーがある
 板書は後で読んで流れがわかるように書く。また、ノートは「写す」ものではなく「作る」ものだという意識を持たせることも重要です。特に板書されたこと以外のことも積極的にメモをとる習慣を身につけさせたい。板書されたことを写しながら重要事項の取捨選択を「考える」ことは、アクティブ・ラーニングにもつながるし、記述問題の答案作成の力にもなります。入試の合否のカギは「記述力」にあると言われますが、そうした力は普段のノートづくりで養われます。

⑨ 枕元にメモ用紙を
 私の場合、ひらめきは午前3時頃、眠っている最中に突然舞い降りることが多いです。だからその時に備えて、枕元には常にメモ用紙を置いています。半眠りのままメモ用紙に殴り書きするのですが、多いときには10枚、20枚に及ぶこともあります。朝起きたとき判読できないこともありますが(笑)、私の授業のアイディアの大半は、こうしたメモから生まれます。(写真下)


 
最後に
 人間はよくなろうとしている存在であることを信じてください。今は低空飛行をしていても、何かのきっかけで突然ブレークすることがあります。人間とはそうした可能性を秘めた存在です。
また、コーチングの基本は本人の素質を見抜き、やる気を引き出すことです。

皆様のご活躍と21世紀の日本がもっともっといい社会になることを願っています。長文にお付き合いいただきありがとうございました。

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