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南英世の 「くろねこ日記」

徒然なるままに、思いついたことを投稿します。

車いす

2008年07月13日 | 日常の風景
(写真はイメージです)


 娘が脚の手術をした。数ヶ月は車いす生活である。昨日は入院先の病院から一時帰宅するというので、初めて娘の車いすを押した。
病院から近くのJRの駅までタクシーで移動する。車いすをトランクに積んでもらうが、車いすは意外と大きくトランクからはみ出してしまう。病院専用のタクシーだから、そこは心得たもので、トランクが開かないようにきちんとひもで縛ってくれる。

 JRの駅に着く。2階にある改札口に行くためにエレベータに乗る。健常者が結構乗っているので「すみません」と申し訳なさそうに乗る。切符を買って改札口を通る。駅員さんが車いす専用の改札口を開けてくれ、電車に乗る際「渡し板」がいるかどうかを聞いてくれる。乗る電車の時刻、乗る車両、行き先を告げて駅のホームに降りる。

 駅のホームにはわずかな勾配がある。水が高いところから低いところに流れるように、車いすも物理法則に従って高いところから低いところに走り出そうとする。普段は気がつかないわずかな勾配も、車いすの人間には命に関わる非常に危険な場所であることを知る。

 電車に乗る。どこに車いすを置こうか迷っていると、座席の一番はしに座っていたおじさんが、端っこの場所を譲ってくれた。これで私も気兼ねなくゆっくりすわることができる。

 目的地の駅に着いた。もうすでに「渡し板」をもった駅員さんが待機してくれている。感謝の気持ちを述べて、電車からホームに降りる。そして出口に向かってホームを歩いていく。そこでまた思った。ホームの幅が場所によっては非常に狭いのだ。少しでも操作を誤れば、たちどころに線路に落ちてしまいそうだ。盲人用の点字ブロックも車いすには不都合だ。ガタガタガタガタ、すごい衝撃が車いすを押す手に伝わってくる。



 改札口を出て、地下から地上に出る途中でも問題があった。一見なだらかだが、結構勾配のきついスロープが2カ所ほどあるのだ。歩いているときはほとんど気がつかなかったが、娘の非力な力では、この坂を登るのは相当困難らしい。

 ようやく地上に出る。そこからは家まで歩いて10分あまりの距離だ。人がたくさん通る歩道をゆっくりと歩いていく。歩道は意外とガタガタしていて、小さな段差がいっぱいある。おまけに、歩道には水はけのためにわずかな勾配がつけられており、ここでも車いすはその勾配に沿って道路のほうに向かっていこうとする。それをずっと修正しながら車いすを押していくのは、結構大変だ。

 歩道に面したお店にも目が行く。ほとんどの店の床面は、歩道より一段高いところにあって、しかも入り口に階段がある。これでは車いすは店に入れない。

 40分ほどかけてようやく自宅のマンションにたどり着いた。いくら本を読んでも分からないことがたくさんあることを改めて知る。今日は、娘に多くのことを教えてもらった。

時間給160円

2008年07月05日 | 日常の風景

 教員の仕事はどこまでが正規の仕事でどこまでが残業なのかわかりにくい。

 先月、職員会議の場で学校長から「職員の健康管理のために、毎月の勤務時間外労働の統計を提出(任意)していただきたい」旨連絡があった。学校での勤務以外に、実質的にどのくらい働いているかを管理職として知っておきたいということであった。この統計には、「土曜・日曜のクラブの付き添い、朝晩の電車の中での授業準備、土日に授業準備に費やした時間」などすべてを含んでいいということであった。

 さっそく統計を取ってみたところ、6月1日から6月30日までの勤務時間外労働は107時間であった。まあ、こんなもんかとも思う。私の場合、土日はたいてい家で仕事をしているから、それだけで50時間は軽く超えてしまう。そのほか、朝晩の通勤時間は「1秒たりとも無駄にしない精神」で仕事をしているから、最低でも毎日2時間は余分に働いている。他の人はどうか知らないが、さして頭のできがよくない私にとって、「生徒に満足してもらう授業」をするには、このくらいの努力は当然だと思っている。

 教員には残業手当という概念はない。その代わり、一律に給料の4%が「教員特殊手当」という名目で支払われ、これが実質的な残業手当となっている。4%というと1万7000円ほどである。100時間の勤務時間外労働をして2万円にもならない。時間給160円と考えるとばかばかしくなるから、なるべくそうした考え方はしないようにしている。

「黙って働き、笑って納税」。戦時中の政府の標語である。もし、教員がボランティアでやっている仕事を全部ボイコットし「遵法闘争」をし始めたら・・・・。教員の「善意」に過度に頼るやり方は限界にきている。