goo blog サービス終了のお知らせ 

南英世の 「くろねこ日記」

徒然なるままに、思いついたことを投稿します。

バブル越えに寄せて

2024年02月23日 | 日常の風景

東京株式市場の日経平均がついに史上最高値を付けた。バブル期以来34年ぶりとのことである。まずは「おめでとうさんでございました」と言っておこうか。

しかし、実態を調べてみると喜んでばかりはいられない。今回の株高の要因として次の点があげられる。

① 好調なアメリカ経済=米国株を反映。

② 円安

③ 企業の自社株買い

④ 日銀や年金による買い支え

⑤ 金融緩和の継続

⑥ 日本企業の業績好調

⑦ 不動産不況という爆弾を抱えた中国からの資金流入

⑧ 新NISAの導入

 

日本の株価は主に外国人投資家によって決まる。日々の取引高の7割近くを外国人投資家が占めるからである。2024年1月の売買高を見ると、日本の個人・法人の売り越しが1兆9370億円だったのに対して、海外投資家は2兆693億円の買い越しであった。つまり、日本人は株を売りそれを外国人投資家が買っているという構図である。

なぜ、いま外国人投資家が日本株を買っているのか? 日本の将来に期待しているからか? もちろんそんなわけはない。②の円安と⑦の中国市場からの資金流入によるものである。簡単に言えば1ドル=80円が1ドル=150円になれば、日本株をほぼ半値で買えることになる。ましてやニューヨーク市場でのダウ平均は34年前に比べて14倍にもなっている。外国人投資家にとって円安の現在、日本株は非常に安く感じるのである。

 

また、円安は輸出企業に多大なる恩恵を与える。トヨタ自動車は1円の円安で450億円の利益が増えるといわれる。日本は相変わらず輸出中心の経済であり、輸出企業が儲かればその傘下にある関連企業に対する恩恵は大きい。これも日本の株価を引き上げる要因となった。

こうしたことに加えて③企業の自社株買い、④日銀や年金による買い支え、⑤金融緩和の継続、⑧新NISAの導入など政府のなりふり構わぬ株高維持政策がある。日銀の保有するETFは現在70兆円にも達し、1年間の日本の税収に匹敵する。

企業による自社株買いされたのは2001年の商法改正である。なぜ解禁されたのか。一言でいえば株主を優遇するためである。2000年以降、日本では新自由主義政策が声高に叫ばれるようになり、「物言う株主」の存在を無視できなくなってきた。株主優遇には配当を増やす方法のほかに、自社株を購入して株価を高く維持する方法がある。自社株買いも立派な株主優遇政策なのである。

自社株買いによって株価を吊り上げるゆとりがあるなら、それを賃金引き上げになぜ回さないのか。自社株買いの資金を自社製品の研究開発に投資すれば、企業業績はもっと伸びたのではないか。そうしたことをしないで株価ばかりを追求する。こうした政府の誤った政策の原点は新自由主義政策・金持ち優遇政策にあるというのが私の見立てである。

こうして2012年の安倍政権以来、シャカリキになって企業を儲けさせ、株価を上げてきた結果が昨日の史上最高値なのである。

この結果私たちの生活の何が変わったというのか。実質賃金は下がり続け、生活は苦しくなるばかりである。儲かっているのは企業と株式を大量に保有している富裕層ばかりである。

ちなみに富裕層の分布を2015年と2021年を比較すると次のとおりである。超富裕層の資産額が1.4倍になっているのに対して、全世帯の8割近くを占めるマス層の資産額は1.1倍にしかなっていない。おそらくマス層の大半は株式を購入するゆとりなどないものと想像される。なお、富裕層の定義を金融資産のみに限定し不動産を含まないのは調査機関が野村総合研究所ゆえだと思われる。

新自由主義は企業や富裕層に有利に働く。しかし、テレビも新聞も決してこのことについて報道しない。もしそんな報道をすれば、スポンサー企業が黙っていない。ロシアにはプラウダという新聞がある。プラウダとは「真実」という意味だそうだが、「プラウダは真実を報道しない」というジョークがある。他人ごとと笑ってはおれない。

そもそも34年前の日経平均と現在の日経平均を比べること自体いかがなものか。なぜなら、この間に日経平均を算出するための銘柄225企業の3分の2が入れ替わっているからである。株価の足を引っ張る企業が外され、業績が好調なハイテク企業が組み込まれている。成績の悪い生徒を外して成績のいい生徒を入れて平均を算出し、それを比較することにいったいどれほどの意味があるのか。

外国人投資家の逃げ足は速い。円高に振れれば一斉に売り逃げ、利益確定に向かうだろう。新NISAの導入などに踊らされて安易に株式市場に参入すれば大やけどを負いかねない。新高値(または4万円)という目標を達成した後に急落することは十分に考えられる。

たとえ暴落(急落?)しても狼狽売りなどせずずっと持ち続ける覚悟があるならNISA参入もありうる。しかし、行動経済学的に考えれば、暴落した時点で狼狽売りしなくとも(損失の回避)、株価が戻ってきたところで「やれやれ売り」をするのではないか。そうなるとNISAの恩恵を受けられない。NISAはあくまで超長期の投資で臨むのが基本である。

(参考)

長期的視点(株式市場) - 南英世の 「くろねこ日記」

 

 

 

 

 


大阪天満

2024年02月21日 | 日常の風景

『あきない世伝』が実に面白い。天満を舞台にした呉服商の物語である。天満には1年間住んだことがあり、出てくる地名一つ一つが懐かしい。



ある時電車の中で見知らぬおっさんが大きな声で言っていたのを思い出す。

「大阪にはンマなどという地名はない」(テにアクセント)。

「テマや」(ンにアクセント)。

ふーん、そうなんだ。

 

「お早ようさんだす」

「堪忍しとくなはれ」

「ありがとうさんでございました」

この小説は大阪ことばで書かれている。今の関西弁とも違う。どちらかというと京ことばに近い。石川県生まれの私はいまだに関西弁が使えないのだが、この小説を読んでいると自然に「大阪ことば」のアクセントになるから面白い。

天満に住んだのは、今の梅田のマンションが完成するまでの仮住まいであった。上の階には板東英二氏が住んでおり、エレベーターに乗っているとたまに顔を合わせることもあった。駅近で買い物も便利。わずか1年間でこの街がすっかり気に入ってしまった。いつかこの街に住むのも悪くないなあと思った。

大阪天満、与力・同心 - 南英世の 「くろねこ日記」 (goo.ne.jp)


老後のためじゃよ

2024年02月19日 | 日常の風景

「きんさんぎんさん」は1990年代に国民的人気を博した。1892年生まれの一卵性双生児で、二人そろってめでたく100歳になったのがきっかけだった。テレビ出演が相次ぎ、コマーシャルにも駆り出された。

あるとき

「そんなにテレビに出てお金を稼いで何に使うのですか」

と聞かれた。

その時の二人の答が秀逸である。

「老後のためじゃよ」

1991年にバブルが崩壊し、日本経済は30年を超える長いトンネルに入ってしまった。それまで世界第2位だったGDPは2010年に中国に抜かれ、2023年に西ドイツにも抜かれ世界第4位に転落した。一人当たりGDPは2000年には世界第2位であったが、2021年には世界第28位に沈んでいる。今や、日本の賃金は韓国以下である。

長期にわたる低迷が続いた原因は、デフレから脱却できず日本の経済成長率が伸び悩んだからである。政府はこうした状況を打開しようと新自由主義政策を展開し、あらゆる分野で競争原理を導入した。しかし、そうした政策は19世紀への逆戻り以外の何物でもなかった。労働組合は力を失い、所得格差は拡大し労働者の実質賃金は低下し続けた。

日本の18歳未満の子どもの貧困率は15.7%とG7で最悪の値である(2018年)。また、母子家庭世帯の約半数が貧困世帯、60歳以上高齢者の約20%が貧困状態というデータもある。いまや日本は「貧困大国」なのだ。しかし、多くの人は日本が貧困大国であることを自覚していない。貧困は「自己責任」と思わされている。貧乏であることを恥ずかしいこととして決して口外せず、必死で耐えている。この記事を書いているとき、たまたまこんな記事を目にした。

神奈川の中学2年生「10人に1人が貧困家庭」 県が初調査、支援ニーズ把握へ(カナロコ by 神奈川新聞) - Yahoo!ニュース

「お前が貧乏なのはお前の努力が足りなかったからだ」と言われれば、誰だって思い当たる節の一つや二つはある。しかし、はたしてそうか。政府の政策によって作り出されたものではないのか。4半世紀続けてきた政策が成功していないという事実を見れば、国民(マスコミ?)は政府の失政にそろそろ気づいてもいいのではなかろうか。

これからの日本経済は、賃金の引き上げと消費の拡大が必要だと盛んに主張される。消費が増えないから物が売れない。物が売れないから企業も設備投資をしない。だからこの悪循環を断ち切るには賃金の引き上げと消費の拡大が欠かせないというわけである。しかし、社会主義のネガティブキャンペーンをして労働組合を叩き潰し、人手不足になっても安い賃金の外国人労働者で賄う。これでどうやって賃金が上がるというのか。

大阪府は消費拡大のためにプレミアム商品券を販売している。4万円の商品券を購入すれば、5万2千円分の商品が買える。わが家ももちろん購入した。家族3人で12万円。

しかし、それで消費は増えると思ったら大間違いである。差額の3万6千円はしっかり貯めている。何のためか。

もちろん、

「老後のためじゃよ」

 


SNSの影響力

2024年02月18日 | 日常の風景

インターネットが普及して、個人でも様々な情報発信ができるようになった。私が使っているのはホームページ、ブログ、フェイスブックの3種類である。HPは主に高校の教員や生徒向け、ブログは自分の感じたこと、そしてフェイスブックはプライベートなことをおもに書く。

最初にHPを作成したのは1999年だった。まだ個人でHPを作る人は少なく、必死で独学した。あれから25年がたった。おかげさまで多くの人に読まれ、カウンターは130万件を超えた。

HPを見たNHKのディレクターから声がかかって「効果的な勉強方法」を番組の中で取り上げていただいた。出版社からは出版のお誘いを受け、3冊もの単著を書くきっかけとなった。また、新聞記者の目に留まって取材を受けたり、HPを見た他府県の先生方が遠方から授業見学に来られたりもした。HPを作ったことで私の教員生活の幅は大いに広がった。

一方、ブログもそれなりに読まれている。現役の教員だった頃はある程度内容を抑えて書かざるをえなかったが、退職してからは「怖いもの」がなくなり(笑)、ようやく思ったことをストレートに書けるようになった。gooの登録者は317万人いるが、常時2000~3000番台をキープしている。力を込めて書いた記事の場合、瞬間的に2桁にランクインすることもある。

 

権力者を批判したら殺されてしまう国が少なくない。戦前の日本もそうした国の一つだった。今のところまだ大丈夫だが、そのうちどうなることやら。学生時代に「自由とは権力を批判できる社会のことである」と野中先生から教わった。表現の自由は最も重要な基本的人権の一つである。

現役を引退し、今は囲碁とSNSが社会とつながる唯一の手段である。影響力は微々たるものかもしれないが、無ではない。みんなが幸せに暮らせる社会を実現するためにもう少し書き続けようと思う。

 


政治史における維新の立ち位置

2024年02月12日 | 日常の風景

先日、O先生から「維新とはどのような政党ですか?」という質問を受けました。以下はその回答としてまとめたものです。長文ですがお読みいただければ幸いです。

 

O先生へ

教育問題に真剣に取り組んでおられること、心から嬉しく思います。大阪維新の会が府政を担うようになって、教育現場はずいぶん変わりました。維新がどのような性格の政党かをおたずねですが、以下で私の考える維新の政治史上の立ち位置について書いてみたいと思います。

まず大切なことは、維新の性格を論じるには過去300年の歴史を振り返る必要があるということです。政治史の上で維新はどのように位置づけられるのか。そのことによって初めて維新の性格を明らかにすることができます。

 

(1)自由放任主義の時代(18世紀~19世紀)

18世紀後半に産業革命がはじまり、資本主義が発展してきました。当時の考え方は自由に競争すれば社会は発展し、みんなが幸せになれるというものでした。アダム・スミスの自由放任主義がその代表的な考え方でした。

実際にその後、自由放任主義の下で社会は発展してきました。しかし発展はしたものの幸せになれたのは一部の経営者だけで、大半の人は社会の発展から取り残されてしまいました。弱肉強食のジャングルの法則のもとで、国民の多くは低賃金・長時間労働を強いられ、いくら働いても食うや食わずの生活を送らざるを得ませんでした。貧富の差の拡大、恐慌、失業、独占など様々な社会問題が生じてしまったのです。

 

(2)社会主義

そうした中から「自由放任主義」を根本から問い直そうとする運動が起きました。19世紀のマルクスの社会主義・共産主義はその極端なものです。資本主義の下でぬくぬくと太った経営者を追放し、すべての企業を国営にし、労働者を公務員にして「階級」のない社会を実現するという青写真を描きました。そうすればみんなが幸せになれる社会が実現できるはずだと考えたわけです。

しかし、20世紀のソ連や中国で行われた人類初のそうした試みは見事に失敗してしまいました。人間は利己的動物です。社会主義が利己心を否定した結果、逆に社会が停滞するという現象が起きてしまったからです。おまけに、「俺たち共産党は理想社会をつくろうとしている。俺たちに反対するものは殺す」と徹底的な思想統制と独裁体制を敷いたことも人々の反発を招きました。

 

(3)修正資本主義(20世紀)

一方、貧富の差の拡大、恐慌、失業、独占など様々な社会問題を資本主義という制度を維持しながら、そのもとで部分修正をしてできるだけ多くの人が幸せな社会を実現しようとする考え方が20世紀になって登場してきます。アメリカ、イギリス、フランス、日本などいわゆる先進資本主義国がそれです。こうした考え方を修正資本主義と言います。

具体的には憲法で基本的人権を保障し、最低限の生活保障、教育を受ける権利、労働者の権利などを定めました。世の中には強者と弱者がいます。憲法はそれまで強者の道具であった国家権力を制限し、強者から弱者を守るために生まれました。

蛇足ながら付け加えておきますと、憲法を守らなければいけないのは政府であって、国民ではありません。そのことは憲法誕生の歴史から考えて当然のことです。これを専門用語で「立憲主義」と言います。しかし、残念ながら多くの国民は憲法の持つこの本質がわかっていません。いや、教員の中にも立憲主義の考え方を理解していない人がいっぱいいます。

(2017年5月3日 毎日新聞)

 

話がちょっとそれました。第二次世界大戦後、できるだけ多くの人を幸せにしようとするために、様々な法律が作られました。労働組合法、労働基準法、生活保護法、教育基本法、独占禁止法、健康保険法、国民年金法、男女雇用機会均等法などなど。こうした法律を整備することによって19世紀に発生した社会問題を解決し、弱者を救済しようとしたわけです。20世紀になって政府の役割が大きくなったことから、20世紀の政府は「大きな政府」と呼ばれます。これに対して19世紀までの政府を「小さな政府」といいます。

 

(4)新自由主義の台頭(1980年代~)

ところが話はここでは終わりませんでした。世の中は金持ちと貧乏人の対立・力関係によって動いていきます。自由を制限された金持ち階級からの反撃が1980年代から世界的に始まります。これを新自由主義と言います。

たとえば当時の日本の所得に対する最高税率は93%(所得税率75%+住民税18%)でした。金持ち階級は最高税率をもっと引き下げろと要求してきます。社会保障なんかするから人間は怠けるのだ、社会保障なんかクソクラエ! 貧乏なのは己の努力が足りないからだ、自己責任だと主張し始めます。

実際、この40年間に所得税の最高税率は75%から45%に引き下げられ、法人税率は40%から23%に引き下げられました。しかしそれでは税収が足りなくなります。そこで新たに登場したのが消費税でした。社会保障を充実させるためだという理由をつけて国民を納得させ、一般大衆から税金を徴収し始めたのです。1989年のことでした。

新自由主義とは、簡単に言えば、アダム・スミスの時代への先祖返りの思想です。競争は社会を発展させ人々を幸せにする。だからもっと自由に競争させろ!金持ちが利益を上げれば、そのおこぼれが下の方にも滴り落ちて(トリクルダウン)、みんなが裕福になれる。これが新自由主義の基本的な考え方です。すなわち、国家が個人を守る役割から距離を置く政策が新自由主義なのです。

 

以上の流れを図示すると次のようになります。(この図は私が考案したもので政経の教科書に採択されています。最近では他社の教科書にもこの図が載るようになってきました)

(出所 高校教科書『政治・経済』第一学習社)

 

新自由主義が台頭し始めてから40年がたちました。その結果、農業・運輸・通信・金融・電力・労働・教育などいたるところに「競争」「競争」「競争」の嵐が吹くようになりました。公社・公団は民営化され、郵便局も民営化されました。規制緩和が行われ、今や非正規雇用は労働者の約4割に達しています。労働組合はエリートサラリーマン(労働貴族)の利益擁護団体に成り下がり、一番必要とする非正規雇用者を守ろうとしません。日本の実質賃金は下がり続け、貧富の差は拡大する一方です。

もちろん教育界も例外ではありません。とくに維新府政が誕生してから大阪府の教育はますます変な方向に進んでいます。学区をなくして学校間競争を促し、人事評価を通して教員を締め付けています。どうでもいい仕事が増えて、教員の無賃残業時間が過労死ラインとされる80時間を超えることが常態化しています。事務室も正規雇用の人が削減され、非正規職員で何とかやりくりしている状況が生まれています。

戦前、教育が国民に軍国主義を吹き込む手段として利用されたことから、戦後は政治の不当な介入を阻止するために教育委員会が設置されました。ところが、維新府政は教育委員会を実質に潰し、教育の世界に新自由主義の考え方をどんどん取り入れていきました。

確かに維新の行なったことがすべて悪いわけではありません。大阪城公園や天王寺公園を見事によみがえらせました。しかし、すべての分野で競争原理を導入すればいいというものでもありません。少なくとも、教育と医療は競争原理にはなじまないというべきでしょう。現在の学校を見ていてつくづく思います。

共通テストの平均点を0.1点刻みで学校間比較し、低いと担当教員が校長室に呼ばれ叱責を受ける。異常というほかありません。教員は人事評価が給料に反映されます。その人事評価を行う校長も上から評価されます。校長に対する評価は退職後の自らの再就職先に影響を及ぼしますから、校長は上の命令を忠実に実行します。今の大阪府は、戦前の悪しき政治介入の構図がそのまま実現してしまっています。組織というものは上が「右を向け」と言ったら「左を向く」人間がいるのが本来の健全な姿でははないでしょうか。

一般的に、自由と平等は両立しません。自由を重視すれば不平等になり、平等を重視すれば自由が制限されます。資本主義は自由を求め、社会主義は平等を求めました。自由と平等のはざまにあって歴史は行きつ戻りつしながら最適な着地点を求めて揺れ動いています。現在は、第二次世界大戦後追求してきた平等政策を見直し、自由を重視する政策が幅を利かせています。

自由を重視し小さな政府を志向するのを保守、平等を重視し大きな政府を志向するのをリベラルだとすれば、維新の立ち位置は次の図のようにあらわすことができます。

(出所 『文章を書くのが苦手な人は下書きメモを作りなさい』p143 ベレ出版)

 

歴史は振り子のように振れます。右に行き過ぎると左に振れ、左に行き過ぎると右に振れます。現在の維新の立ち位置は基本的に新自由主義思想です。簡単に言えば金持ちの味方です。国民の99%は非富裕層です。しかし、大阪では非富裕層が富裕層の代表である維新を支持するというけったいな構図が出来上がっています。なぜなのか。私には理解できません。貧困は社会構造の問題です。すべての人が金持ちになれるわけではありません。自己責任では解決できません。社会全体で弱者を支え合う仕組みが必要なのです。

 

(5)民主主義の限界

人間は悪いこともすればいいこともします。ヒトラーだって悪いことばかりしたわけではありません。1930年代の世界恐慌に際して、ドイツにいた600万人の失業者をアウトバーンなどの公共事業を行うことによってほぼゼロにしました。だからこそドイツ国民はヒトラーを支持したのです。ヒトラーは暴力によって政権を獲得したのではありません。ドイツ国民が選挙で政権の座につけたのです。そう考えると民主主義は非常に危うい制度です。

日本の財政赤字が途方もなく増えています。地球温暖化も止めようがありません。しかし、多くの有権者は将来のことなんか真剣に考えていません。問題が表面化する頃には自分は死んでこの世にいない。そう思って有権者は1票を投じます。自分が生きている今現在の経済さえうまく回っていれば、国民は支持します。民主主義の持つそうした欠点を誰も指摘しません。民主主義は独裁よりましだという程度のものです。そんなことを時間をかけてきちんと教えることが大切だと思うのですが、それでは共通テストでの高得点は望めないでしょう。

新自由主義の台頭とともに、戦前を美化し、先の戦争を正義の戦争と主張する人々が最近増えています。振り子が右に振れすぎないことを願うばかりです。2022年度から高校の履修科目が「現代社会」から「公共」に変わりました。それにともない「基本的人権の保障」や「平和主義」の項目が削除されました。このことは何を意味するのか? 教育とは何か? 維新とは何か? 以前書いた次のブログも読んでいただければ幸いです。 

維新の手法 - 南英世の 「くろねこ日記」

人間の地金 - 南英世の 「くろねこ日記」

上野千鶴子氏の投稿に思う - 南英世の 「くろねこ日記」

 

 

 

 


上野千鶴子氏の投稿に思う

2024年02月08日 | 日常の風景

鹿児島を拠点とする新聞に南日本新聞というのがある。そこに上野千鶴子氏が面白い投稿をしていた。

世の中はどんどん変化する。いい方向に変化すれば結構なのだが、ときに悪い方向にも変化するから厄介だ。教育改革はその典型と言えるかもしれない。

高校で行われる勉強は「学問か学問ではないか」と問われたら、私は迷わず「学問である」と答える。私は現役の教師時代、その姿勢を貫いてきたつもりである。

いっちょ、やったろやないか (canvas.ne.jp)

このエッセーを書いてから四半世紀が過ぎた。しかし、高校教育は一向に変わっていない。大学教員の嘆きは昔も今も同じである。

学校教育を変えるにはいくら学習指導要領をいじっても無駄である。入試制度そのものを変える必要がある。「センター試験」は「共通テスト」に変わったが、このくらいの改革では何の役にも立たない。いっそのこと全国統一試験を廃止してしまってはどうか。廃止が難しければ、せめて基準を満たした者のみに大学受験資格を与える資格試験にしてはどうか。もちろんその「基準」は緩やかなものでなければならない。

教育というのは「おもしろい」と思わせることが本質である。そうした教育から未来を担う人材が生まれてくる気がするのである。


小説に学ぶ

2024年02月01日 | 日常の風景
 
『あきない世伝 金と銀」からはいろいろ学ぶところが多い。
たとえば、
① 江戸時代の商家の夕餉は「冷ご飯に、香々(こうこ)と呼ばれる大根の漬物のみ。冷や飯に熱いお茶をかけて、お茶漬けにして食する」。わが家の日常生活のぜいたくさを反省する。
 
② 大坂の商家の女衆(おなごし)は雇われた順に「松」「竹」「梅」を名乗る習わしがあったそうな。もちろんお松はお竹よりは格上で、お竹はお梅より格上である。ふーん、そうだったのか。
 
③ 笑う門には福来る
「どないにえげつないこと言われたりされたりしたかて、笑うて過ごしなはれ」
「愉しくないのに笑うのは難しいです」
そらそうやなあ、と治兵衛は破顔一笑した。
「ひとというのは難儀なもんで、物事を悪い方へ悪い方へと、つい考えてしまう。それが癖になると、自分から悪い結果を引き寄せてしまうもんだすのや。断ち切るためにも、笑うた方が宜しいで」
 
ついでにもう一つ(Wikipediaより)
④ 大坂・船場商家の役職は、旦那、番頭、手代、丁稚の順で位が低くなる。丁稚奉公ののち、17歳から18歳で元服、手代に昇進する。現代の会社組織でいうと、係長や主任に相当。
 丁稚が力仕事や雑用が主な業務であるのに対し、手代は接客などが主要な業務であった。つまり、直接商いに関わる仕事は手代になって初めて携われるのであった。経理、商品吟味、得意先回りなどもする。手代になると丁稚と違い給与が支払われる場合が一般的だった。