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南英世の 「くろねこ日記」

徒然なるままに、思いついたことを投稿します。

在日コリアンの歴史

2023年02月26日 | 日常の風景


 著者は在日コリアンの3世で、慶応大学大学院法学研究科博士課程中退の肩書を持つ。金日成の名前にちなんで晟一と名付けられたように、もとは朝鮮籍であった。途中で韓国籍に変更している。ちなみに朝鮮籍=北朝鮮籍ではない。植民地時代には北朝鮮も韓国もなかったからである。だから韓国籍を取得した人以外はすべて朝鮮籍である。

著者は在日コリアンの歴史を三つの時代に区分する。

第1期 終戦後~1960年代

200万人以上いた朝鮮人のうち130万人以上が帰国し、日本には50万人~60万人が残った。彼らはサンフランシスコ平和条約が発効した翌年、一方的に日本国籍をはく奪された。朝鮮系日本人は、BC級戦犯に問われ罪に服したにもかかわらず、日本政府の援護や補償の対象外とされた。そのため、彼らは郵便局員にも国鉄職員にも公務員にもなれず、公営住宅にすら入居できなかった。

在日コリアンは生きるために必死に経済的地位を向上させようとした。廃品回収業・パチンコ・焼肉が在日の三大産業と言われた。学業のできるものは医師や薬剤師になることを奨励された。

中には生活保護(=人道上の支援)を受けるものや、「地上の楽園」のキャッチフレーズに望みを託して北朝鮮に帰還するものもいた。帰還者は1960年の4万9千人、61年の2万2千人をピークに9万3千人に上った。日本に住み続けるよりはマシと思ったのであろう。1968年には在日差別に反発した金嬉老事件も起きた。

在日コリアンに対して、日本政府・裁判所は参政権を「当然の法理」として認めなかったが、この本を読んでストンと理解できた。すなわち、1955年当時の韓国籍は14万人であったのに対して、朝鮮籍は43万人であったのである。もし、在日コリアンに選挙権(=被選挙権)を認めたら、朝鮮籍の人が多く住む地域には共産主義の自治体ができてしまうかもしれない。だから選挙権を認めるわけにはいかなかったのである。

1966年、韓国籍の人が申請すれば日本の永住権を取得できるようになった。そのため、朝鮮籍から韓国籍に変更する人が急増した。1969年には韓国籍31万人、朝鮮籍30万人と逆転した。(ちなみに、その後も朝鮮籍にこだわる人は減り続け、2020年のデータによれば、韓国籍42万人に対し、朝鮮籍は2万7千人まで減少している。)

 

第2期 1970年代~1980年代

1970年代に入ってベトナム戦争による難民受け入れのために、日本が国際人権規約(1979年)や難民条約(1981)年に加入するようになった。そのため、従来から日本にいる在日コリアンに対する権利の拡大も急速に進んだ。国民年金や国民健康保険への加入、さらに児童手当の支給、公務員への登用などが相次いで実現した。この本を読んで、高校でも在日の教諭が採用されるようになった背景にはこうした事情があったことを初めて知った。さらに1993年には指紋押捺制度も廃止された。

 

 

第3期 1990年代以降

1990年代に入ると突然、韓国の元従軍慰安婦による戦後賠償問題や日本に対する謝罪問題がクローズアップされるようになってきた。この背景を理解するためには、韓国側の政治状況を知る必要がある。すなわち韓国では戦後長い間、李承晩、朴正熙、全斗煥らによる独裁政権が続いていて、民主化宣言が出されたのはようやく1987年になってからである。これにより国民の声が政治に反映される機運が高まってきた。

1965年の日韓基本条約により戦後賠償問題は解決しているにもかかわらず、なぜ今になって蒸し返すのか? 長らく疑問に思っていたのだが、この本を読んでようやく納得できた。

2002年に小泉首相が北朝鮮から拉致被害者を連れ帰ったことから、在日コリアンに対するヘイトスピーチが激しくなった。個人対個人の関係ではいくらでも仲良くなれるのに、国が絡まると途端に険悪な関係になる。どうしたらいいのだろう?

 


久しぶりに描いてみたくなった

2023年02月19日 | 日常の風景
今朝、テレビを見ていたら故郷の白山が紹介されていた。とってもきれいなシーンがあったので写真を撮る。東山魁夷のようなモチーフである。
 
 
以前淀川を描こうと思って挫折した。波のような動きのあるものを描くのは非常に難しい。己の力量のなさを思い知らされ、それ以来描く気が失せた。
 
 
 
しかし、白山の風景を見て、久しぶりに絵筆をとってみたくなった。日本画を描くのはものすごい集中力がいる。仕事が一段落したら制作に取り掛かってみようか。
 

模様替え

2023年02月19日 | 日常の風景

私は模様替え大好き人間である。授業が終わったこともあり、久しぶりにまた模様替えがしたくなった。

以前、ヤフオクでアメジストを購入した。最初は玄関に飾るつもりだった。

うん、いい感じと思っていたのだが、妻の了解が得られずやむなく書斎に移動。

 
しかし、日陰であまりよく見えない。この場所ではアメジストに申し訳ない。そこで、今回はリビングの飾り棚に置いてみることにした。テレビの後ろにちょこっと見えるのがいい。
 
 

 


最後の授業

2023年02月17日 | 日常の風景

 
今日は教員最後の授業だった。生徒に「4月からは完全リタイアーする」と伝えたら、全員「エーッ」と驚いた様子だった。次年度もいるものと思っていたらしい。
 
もうテスト範囲までは終わっていたので、今日は「情報社会」というスペシャルメニューで話をした。今まで滑ったことのない「鉄板」授業である。授業の中身は「ヒミツ」(笑)。
 
今回もいい授業ができた(と思う)。授業を終えた後、生徒から大きな拍手をもらった。最高のご褒美である。毎回120%のエネルギーで授業をやってきたから、あとでジワーっと「やり切った」という充実感が湧いてきた。半年間のピンチヒッターだったが、無事責任を果たし終えてホッとしている。
 
思えばいくつになっても知らないことばかりだった。本を読むたびに「あーそうだったのか。こんなことも知らないで授業をやっていたのか」と反省の日々だった。その分、毎年いや毎日私の授業は進化し続けてきた。
 
去年の10月、三国丘高校の最初の授業で「皆さんには日本一の授業をしてあげる」と啖呵を切った。やり終えたいま、果たして日本一の授業だったといえるかどうか自信がない。いや、本音を言えば、ちょっぴり自信めいたものはある(笑)。少なくとも、これまでの人生で一番の授業ができたと思う。
 
「啐啄同時(そったくどうじ)」という言葉がある。鳥の雛が卵から出ようと鳴く声と母鳥が外から殻をつつくのが同時であるという意味で、学ぶ者と教える者の息がぴったり合うことをいう。この半年間の授業は、まさに「啐啄同時」という言葉がふさわしい授業だった。大学受験には直接関係ない話もいっぱいしたが、生徒の皆さんは楽しそうに聞いてくれていた。心から感謝している。
 
私のまいた種が次の世代にどのように受け継がれるか。大輪の花を咲かせてくれることを願うばかりである。最後の授業を三国丘高校で終えることができて本当によかった。さようなら。

同調圧力

2023年02月11日 | 日常の風景

日本における同調圧力はどこから生まれるのか。著者は「社会」と「世間」を区別し、同調圧力は「世間」から生まれるとする。

「世間」は、会社、学校、近所など自分に関係ある人々で形成される。ここでは「法のルール」ではなく「世間のルール」が働くという。例えば、贈り物の文化や長幼の序、集団主義が重視され、世間のルールに従わないものは仲間外れにされる。そのためみんなと同じような行動をする「同調圧力」が生まれる。

一方、「社会」という言葉はSocietyの訳語として明治時代に入ってきた。社会は自分とは関係ない人々で構成され、法のルールと契約関係で成立し、個人主義と個人の平等が重視される。

英語では2人称は ”you" しかない。しかし、日本語では長幼の序、親疎関係に応じてさまざまに使い分けられる。学校のクラブ活動を見ていても、1学年違えばそこには徹底した上下関係が存在する。大学の体育会系クラブでは、1年奴隷、2年平民、3年貴族、4年神様と言われる。これに対して欧米では1学年違っても「人間対人間」の平等な関係とされる。

同調圧力が最も顕著なのは会議の席である。ある人の意見に反対意見を述べるのは日本ではすごく勇気がいる。なぜならば、一つのテーマについて議論しているにもかかわらず、反対意見を述べると「俺に喧嘩を売ってんのか」と受け取られ、全面戦争になるからである。だから議論が成り立たない。そこで会議の前の根回しで十分に意見を調整し、会議では「全会一致」で採決される。

授業をしていていつも思う。質問を投げかけても誰も手を上げない。小学生の時はあんなに「はーい」「はーい」と手を挙げていたのに、中学生くらいになるともう手を挙げなくなる。高校で手を挙げるのはもはや「絶滅危惧種」(?)に近い。周りを見てみんな挙げていないから自分も挙げない。これも同調圧力と言えるかもしれない。とにかく目立つことを嫌がるのが「世間」というものの特徴であるらしい。

71歳で三国丘高校に復職した時、ハーバード大学のサンデル教授のような授業を目指した。しかし、「個性的であれ」と教えられていない日本では、望むべくもなかった。残念と言えば残念だが、私一人の力でどうにかなるという問題でもない。

半年にわたる全25回の授業も来週いっぱいで終了する。来週も同僚の先生、市会議員、インターンの学生など多くの見学者が来てくれる。毎回120%のエネルギーで授業をしてきたが、もうあと少し。悔いのないように頑張ろうっと。


授業アンケートを考える

2023年02月05日 | 日常の風景

現在、大阪府では年に2回生徒による「授業アンケート」が行われている。生徒による先生評価である。項目は以下のとおりである。

1.授業内容について、必要な予習や復習ができている。

2.授業中は、集中して先生の話を聞き、学習に取り組んでいる。

3.授業の進度や難易度は自分にとって適切である。

4.毎時間、授業の目標や大切なポイントを説明してくれる。

5.先生は教科書および、ICT機器や役に立つプリントなどをうまく使っている。

6.先生の声や話し方は聞き取りやすく、わかりやすい。

7.先生は自分の授業を振り返り、改善に生かしている。

8.授業内容に、興味・関心を持つことができたと感じている。

9.授業を受けて、知識や技能が身についたと感じている。

10. その他自由記述

 

これらについて生徒は、1,2,3,4の4段階で評価をする。そして、後日その結果が教師に返ってくる。結果を見ることができるのは校長・教頭の管理職だけであり、一般の職員がほかの教員の評価を知ることはない。「授業アンケート」の是非や問題点については以前書いたことがある。

授業アンケート (canvas.ne.jp)

ここで改めて、授業アンケートについて論じてみたいと思う。結論から言えば、こんなアンケートは不要である。教育の効果は20年後、30年後に現れることもある。学生時代はほとんど関心がなくても、20年後30年後にふと授業で聞いた一言を思い出して、その人の人生の指針となることもある。即効性だけを求めて授業を評価をすることには疑問が残る。

また、質問項目にも疑問がある。たとえば、1.の予習・復習の質問など社会科の授業に関して言えば低い値が出るに決まっている。そんなことを無視して平均値で比較されたのではたまったものではない。

さらに5.のICTの活用やプリントについても疑問がある。ICTやプリントを使えば本当に「効果」があるのか。その時に言う「効果」とはいったいどういう効果なのか。穴埋めのプリントにどれほどの学習効果があるのか。私は常々疑問に思っている。

とはいえ、8.9.あたりについてはやはり気にはなる。私の場合、3年生の政経(選択科目)の場合はだいたい3.8~3.9くらいが普通である。しかし、今年は1年生全クラスを担当していたため、3.66とやや低めに出た。ちょっとショックだった。

先日の職員会で全科目の授業アンケート結果の一覧表が発表されたが、こんな比較にどんな意味があるのかと思う。同じ科目のA先生とB先生を比較するのだったら理解できる。しかし、英語、数学、社会、体育など、性質の全く異なる教科の数値を比較することは、スイカとメロンとワインのおいしさを比較するようなものだと思う。

こんなアンケートによって先生の尻を叩かなくても先生は最善を尽くしている。悪しき競争政策は即刻やめてもらいたい。むしろ問題は、残業手当も出さないで定額働かせ放題にし、優秀な人材を確保できないことのほうにある。早急に給特法を改正すべきである。

上に政策あれば下に対策あり。一つだけ名案がある。生徒が全先生に「4」の評価をつければ、こうしたアンケートは効力を失い、即廃止されるのだが・・・


6か国転校生 ナージャの発見

2023年02月05日 | 日常の風景

レニングラード生まれのナージャは、父が数学者、母が物理学者という家庭環境の中で、6歳(小1)から15歳(中3)の間に、ロシア→日本→英→仏→米→日本→カナダ→日本と6ヵ国を転校した。本書はその体験をもとに、教育が国によっていかに異なるかを比較したものである。

たとえば、日本の小学校の筆記用具は鉛筆であるが、ロシアやフランスではペンを使用する。ペンは一度書いたら消すことができない。だから、書く前によく考える習慣がつくという。

机の並び方も面白い。イギリスでは6人掛けの大きなテーブルで、みんなで話し合って(教えあって)答えを出す。フランスでは、先生を中心に生徒がぐるっと周りを取り囲むように机を配置する。そうすれば先生はいつでも必要な生徒に飛んで行って指導できる。また、アメリカでは教室にソファーが置かれ、必要に応じてリビングのような雰囲気の中で授業が行われるという。

また、testのやり方も国によって全く異なる。カナダでは電卓の持ち込みOK。試験の中にはすべて「選択式」というのもあるが、ちょっと馬鹿にされている気がするという。また、ロシアでは列ごとに問題が異なる。理由はカンニングを防ぐためである。

イギリスでは学年が上がると暗記を必要とするものはほとんど出題されない。電卓、辞書のほか教科書を持ち込んでもよいものもあるらしい。フランスのテストも面白い。20点満点で、最高得点は8割の16点だそうだ。パーフェクトなど人生ではめったにないというのがその理由らしい。この採点方法は私の論文試験と似ている(笑)。

体育の授業は特にお国柄が出る。体育の授業で整列をするのはロシアと日本くらいのもの。英・仏・米では整列しない。アメリカなどでは決まった体操服すらない。先生の周りに生徒があぐらをかいて座る。体育の目的は体を動かすのを楽しむことである。本格的にやりたい人は学校外のクラブチームに入る。体育は何のためにやるのか?健康促進のため?仲間を作るため?チームワークを学ぶため?

水泳の授業も国によって目標とするところが異なる。ロシアではただただスピードが重視される。ところが日本ではスピードより泳ぎの「型」が重視される。一方、アメリカではサバイバルのスキルとして長時間水に浮いていることが重視される。だから横泳ぎのような疲れない泳法を覚える。

ところ変われば「普通」も変わる。長らく日本だけを見ていると、目からうろこのことも多い。


反省記

2023年02月05日 | 日常の風景

1970年代から1980年代のパソコンの黎明期に、日本のパソコン業界をけん引した西和彦の「半生記」を描く。
彼の成績は決して良くなかったという。小学校1年生のときはオール3。小学校3年生か4年生のときに受けたIQテストでは191が出たが、「こんな成績の子がこんなにIQが高いはずがない。おかしい」と先生が言って、もう一度測り直したら今度は200を超えた。結局、IQ150ということで記録される。
ビルゲイツとも親交があり、マイクロソフト社の副社長にまでなった著者がビルと喧嘩し退社にいたった裏話などが面白い。

その彼が、今度新大学を作るという話は以前のブログで書いた。期待したい。

大学再編で日本は生き残れるか - 南英世の 「くろねこ日記」 (goo.ne.jp)

 

 

 

 

ゼロからの資本論

2023年02月05日 | 日常の風景

紀元前2000年ころから18世紀まで、人々の生活水準に大きな変化はなかった。ところが資本主義の発展によってGDPが大きく増加した。ケインズは、このまま発展すればやがて人々の労働時間は短くなり、週15時間くらいになるかもしれないと述べている(『孫の時代の経済学』1930年)。

ところが現実には長時間労働は続き、人々は失業の不安の中で生活している。その一方で、イーロン・マスク、ジョフ・ベゾス、ビル・ゲイツといった超富裕層がいる。資本主義とは人間の欲求を満たすために生産するのではなく、資本を増やすこと自体が目的になっている。

マルクスは将来社会像について具体的に描かなかった。単に資本主義(現代でいえば新自由主義)を批判しただけなのである。新自由主義はすべてを市場化する。すべてはカネ・カネ・カネ。離婚すれば車もテレビも2台売れる。生老病死、ゆりかごから墓場までみんな民営化。それが「あっち側の人」の理想郷なのである

あらゆるものを商品化する新自由主義に対して、あらゆるものを「コモン化」するのがコミュニズムである。それはソ連とは全く別物である。 この本を読んで、宇沢弘文のこともストーンとよく理解できた。


再校ゲラ

2023年02月03日 | 日常の風景

4月19日発売の拙著『文章が苦手な人は「下書きメモ」を作りなさい』の再校ゲラが送られてきた。今度は校正を外部に発注したとのことである。

再校ゲラを見て驚いた。プロの校正者による鉛筆書きの指摘が各ページに数カ所もあるではないか。多くは句読点や、表記の揺れ、わかりやすい表現へのちょっとした提案などであり、内容にかかわる指摘はほとんどなかった。初稿ゲラを送った時「ほぼ完ぺき」と思っていたのは甘かった。プロの手にかかるとこんなものかと、改めて校正という仕事の「すさまじさ」を感じた。

先日NHKで、プロの校正者である大西寿男(60)さんの番組を見た。その中で大西さんは、校正者は編集者より下の「縁の下の力持ち」であると表現していた。報酬は一文字0.5円。ものすごい神経を使う割に報酬は低い。二重、三重のチェックを受けながら、少しずつ本が完成に近づく。

本を書くという仕事は決して執筆者一人でできるものではない。編集者、校正者、イラストレーター、デザイナー、広報担当者など多くの人がかかわっている。有難い話である。心から感謝したい。なお、現在の色(マゼンタ)は仮のもので、実際にはほかの色になるという。

 

 


遅れを取り戻す

2023年02月01日 | 日常の風景

 
昨日から仕事に復帰した。以前から授業見学を希望しておられた神奈川県の先生に復帰1発目の授業をご覧いただいた。授業の遅れを取り戻すために、「戦後日本経済」「労働問題」「社会保障」という3時間分の授業を1時間でやるという何とも無謀な授業だったが、何とかうまくいった。メッセージを精選したのがよかったのかもしれない。この後は国際経済の分野に入る。ここは難しいので巡航速度に戻す。
 
今日から2月。あと2週間ほどで学年末考査が始まる。残り僅かな教員人生、悔いのないように頑張ろう。