南英世の 「くろねこ日記」

復興現場を訪ねる(1)気仙沼

(案波山(あんばさん)から気仙沼港を見る。震災直後、海は重油が燃えて火の海に包まれた)

2013年3月11日、東日本大震災から8年が過ぎた。今どんな様子なのか見たくなって、東北一人旅に出かけた。今回は生まれて初めて宿も飛行機も全部自分で予約した。何とか無事予約できた。

関空から仙台までピーチ航空に乗る。生まれて初めて乗るピーチ。ともかく安い。ANAやJALが3万円以上とるところを、たったの9000円余りで飛んでくれるのだからありがたい。乗ってみると案外快適だった。



仙台について、すぐ新幹線で一ノ関駅まで行く。



そこから大船渡線に乗り換えていざ気仙沼へ。ところが2時間に1本しかない


東北新幹線ができて日本列島の背骨は案外便利になったが、あばら骨にあたる東西のアクセスは最悪である。仕方がないから昼ご飯を一ノ関で食べて12時45分の電車に乗る。2時間に1本しかないのに乗客はまばら。2両編成の4人席に1人か2人しかいない。
鈍行に乗車すること1時間半。ようやく気仙沼に着く。



ところが着いてみてびっくり。気仙沼はもっと大きな町だと思っていたが、JRの駅舎は「質素」そのもの。聞けば気仙沼の人口は震災によって1万人減少し、現在は6万人余りだという。
さっそくタクシーを飛ばして、被災地を見て回る。短時間で広範囲を見るにはタクシーが一番である。おまけに、運転手さんから簡単なガイドもしてもらえる。街のあちこちに、「ここまで水に浸かりました」という表示がある。





津波や火災で多くの人が犠牲になった。また、がれきの撤去も大変だったと思う。港の近くの被害を受けた地域は、今も盛んに復旧工事が行なわれている。しかし、家の復興はまだまばらである。
人生って運・不運があるんだなあとしみじみ思った。



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