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南英世の 「くろねこ日記」

10年に一度新しくなる学習指導要領


教科書作りの指針となるのは文部科学省が作成する学習指導要領である。その学習指導要領は、約10年に1回改訂される。最近の特徴をまとめると


1980年(昭和55年)

ゆとり教育といわれ、学習内容が削減された。
社会科では現代社会が導入された。


1992年(平成4年)

新学力観が登場。
教科の学習内容をさらに削減。
社会科は地歴科と公民科に分かれる。
日本史A,世界史Aが導入され近現代史を重視。
家庭科男女必修となる。


2002年(平成14年)

「総合的な学習の時間」新設。
自ら学び自ら考える力などの「生きる力」の育成を重視。
学校完全週5日制実施に伴い、教育内容を3割程度削減。
2002年度はいわゆる「ゆとり教育」の始まりとされる。

2011年(平成23年)

ゆとり教育が学力低下を招いたという批判から、脱ゆとり教育始まる。
ゆとり教育に対する反動として、詳しい教科書作りがおこなわれる。


2022年(令和4年)

「日本史A」と「世界史A」を統合した「歴史総合」を必修科目として新設。
「現代社会」に代えて「公共」を必修科目として新設。


1992年に、日本史A・世界史Aを導入し近現代重視を打ち出した。しかし、入試対策を強化するため、実際には、日本史Aと日本史Bの一体化、世界史Aと世界史Bの一体化が進んでしまった。すなわち、A科目(必修)でB科目の内容の前半をやり、B科目を選択したものに対してのみB科目の残りの部分をやって入試に備えるのだ。入試に対応するためには、最低6単位の授業を確保する必要があることから、多くの進学校ではこうした対策がとられている。

この結果どういうことが起きているか。日本史A(必修)しか受講しない生徒は、弥生・奈良・平安時代については小・中・高と3回習うものの、近代以降については全く習わないまま大人になってしまうという、とんでもない教育がおこなわれている。

これは世界史も同じである。世界史A(必修)の授業実態は、古代ギリシャ・ローマから始まり、中世まででお終い。小・中学校では世界史はほとんど教えないこともあり、世界史Bを選択しない限り、近現代は全く習わないまま大人になる。その結果、かつて日本とアメリカが戦争したことを知らない高校生や、北京原人は知っていても、毛沢東も鄧小平も知らない高校生がいっぱい生まれてしまう。

グローバル化の時代にあって、こういう教育がまかり通るというのは問題であると、常々主張してきた。ことは日本史・世界史の話だけではない。社会科のほかの科目や理科の生物・化学・物理などにも同様の問題がある。

一方で理想とする教育があり、他方で入試制度がそれを妨害する。教壇に立ったこともなく、現場を知らない人間が絵を描くからこんな問題が生ずる。あたかも、農業経験のない人が日本農政を牛耳るがごとし。文部科学省にあがってくるデータは、おそらく現場の実態を反映してはいまい。上からおしかりを受けるような書類は、下からは絶対に上がってこない。これではまるで、かつての社会主義国と同じである。


学校現場は、今問題だらけといっていいい。週5日制になり授業実数が減ったにもかかわらず、「総合的な学習の時間」や「情報」が新たに必修科目として加わった。入れる器が小さくなったのに、盛り込む内容が増えたのだから現場はたまらない。しかも、大学入試のレベルは変わらない。また、教員の労働時間は増える一方だ

かつて、必修科目の未履修問題が社会問題になった事がある。しかし、問題の本質は一向に改められていない。大学入試科目が従来の方針のままだとすれば、お上が高校のカリキュラムをどのように変えても単なる作文に終わる。

今度の改定も、進学校では歴史総合が「世界史」と「日本史」に分割され、「公共」が「倫理」と「政経」に分割されて、結局、学習指導要領の狙いはまたもや空振りに終わるのではないか。「主体的・対話的で深い学び」というお題目も、共通テストが択一式で行なわれる限り実現は難しい。

学習指導要領は10年に一度新しくなる。しかし、新しくなることと良くなることは別物である。



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