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終わりの始まり(上)-塩野七生

2020年08月19日 | 読書
評価5

・第16代皇帝マルクス・アウレリウス(161年~180年)

五賢帝最後の皇帝は実は義弟のルキウス(169年まで皇帝)と二人制であった。重臣の孫であるマルクスは早くから登用され執政官を3度も務めた後満を持しての即位。しかし、平和に慣れ切ってしまって危機に対する備えを怠ったアントニヌス・ピウス23年の治世の後だけに、マルクスは幾多の困難に直面する。

・飢饉、洪水への対応
・パルティアのアルメニア侵攻による戦役(161年~166年)
・ペストの流行(166年~167年)
・まだ少数勢力だが、キリスト教徒が徐々に増加
・ゲルマニア戦役(161年~10年続く)
・ゲルマン2部族のドナウ防衛線内への侵攻

ゲルマニアでの戦いはトライアヌスのダキア戦役以来60年ぶり、ゲルマン民族の防衛線突破は実に270年ぶりであった。如何せん、マルクスは実戦経験がなく、しかも、何もしなかった義弟・ルキウスの面倒もみなければならず各種対応は困難を極めた。

で、いつの時代も問題を起こすパルティアには、さすがの著者もこう言っている(笑)。「パルティアが、ローマでの皇帝交代期を狙って対ローマ強攻策に出るのは、バカの一つ覚えと言ってよいくらいくり返されてきたことであったのだ。」


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