モアイのためいき

日々のこと・ハンドメイド・若い頃の旅など

1990年イースター島*その5

2009-05-15 23:49:19 | イースター島*1990年

~1990年3月・イースター島1日目~

午前9時ごろ飛行機が着き、宿が決まって、荷物を置いて、

散歩に出かけて、あっけなくモアイに出会ってしまった我々・・・。

日本だと、観光地といえば人間がわんさかいて、

近くにお土産物屋があったりするのに、

モアイのまわりはただの荒地のようで、ほかに人もなく・・・。

それでも台座に寄り添って写真など撮ったり、触ったりしていると、

地元の偶然通りかかったおじさんに、

「さわらないように」(スペイン語がよくわからないので、多分・・・)、

と注意を受けたので、

「悪い日本人」と思われないように、軽く謝って、去りました

ところで、1990年頃はデジタルカメラは一般的ではなく、

フィルムでの撮影でしたので、ブログにはスキャナーで取り込んでみました。

便利な時代になったものです。

タハイのモアイを見た後、ハンガロアの町を通って民宿に戻る途中、

クミちゃんと「食事はどうしようか」と思い出し・・・。

機内食で深夜がっつり頂いたため、朝食は食べていなかったので、

さすがに空腹を感じていました。

民宿では朝食のみお願いしていたので、夕飯もなんとかしなければ。

町の様子からすると、レストランのようなものは見かけず、

テイクアウトの食事も売っている様子はなく、

・・もっとも、我々は節約旅行なのでそんなことは覚悟の上でしたが・・

パンと飲み物を小さなお店で買ってすますことにしました。

その頃、日本ではまだペットボトルが普及する前で、

それに比べて、タヒチにもイースター島にも、300ml位の、

日本でもおなじみの清涼飲料水のペットボトルが売られていて、大変重宝しました。

値段はおおむね1US$弱だと記録しています。

(ちなみに1US$は150円の計算でやっていました。)

昼過ぎに民宿に戻ると、嬉しいことに、民宿のおじさんが

「食べなさい~」と青空の下で焼いたお魚をとりわけてくれました。

市場で買ったばかりの大きな白身魚でした。

民宿の男の子(10歳位)が「これをかけるとおいしいよ」と

持ってきてくれた調味料・・・「SOYAだよ」・・・と言われて、

「お醤油かもね」とクミちゃんと私。

こんなところで思いがけず日本の味に出会えるとは

そして、ふかしたサツマイモ、すいか、サラダもごちそうになってしまいました。

素朴ですが、本当においしくいただきました。

おなかが満たされたところで、午後はお洗濯をし、

シャワーを浴びて、クミちゃんと「一眠りしようか」・・・

計算すると、日本でベッドから起きてから、48時間ぶりのベッドです。

数時間後、起きてみたら外は明るい・・・

時計を見たらもう薄暗くなってもよいはずの時間なのに?

いつ暗くなるんだろうと思っていたら、21時頃まで薄明るかったのでした。

長~い1日でした。~続く~


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