記憶探偵〜益田啓一郎のブログ(旧博多湾つれづれ紀行)

古写真古地図から街の歴史逸話を発掘する日々。ブラタモリ案内人等、地域の魅力発掘!まち巡りを綴ります。

文豪の記憶

2010年03月21日 00時11分59秒 | 福博まちの記憶
 田主丸の紅乙女酒造の創業者、林田春野さんが亡くなられた。ランチェスター経営の伊佐さんが先に日記に書かれたので詳細は控えるが、今ならすぐにドラマや映画になるような劇的な人生を歩まれた。65歳で焼酎造りを始め、女性が創った胡麻を使った焼酎というだけで、酒どころの福岡をはじめ九州では全く受け入れられず、東京から全国に広まった。行動力、戦略ともに学ぶべき処の多い魅力的な女性である。
紅乙女
伊佐@ランチェスター経営

 豊前の実家に帰省する時、天気が良い時は朝倉・浮羽方面から日田経由で車で帰ることが多い。若竹屋さんや巨峰ワイン、紅乙女(いずれも林田家の展開)の酒蔵に立ち寄るのが楽しみだからだ。それに三連水車横にある藤井のはちみつ工場、豆腐の飛太郎もお気に入り。朝倉・浮羽路は美味しいものの宝庫だ。

 明治から続く博多の老舗料理店「千里十里亭(ちりとりてい)」のリーフレットに手持ちの古い絵葉書画像を提供した。最近、この手の写真アーカイブからの依頼が毎日何件も来る。福岡ゆかりの文豪が愛した店であり、五木寛之の小説にも登場する。美食家としても知られた檀一雄も通った店であり、松本清張も博多に暮らした数ヶ月の間に何度も食事をしたそうだ。

 松本清張が千里十里亭の事を書いた文章が、どこで出ていたのかが無性に気になった。毎日時間があれば様々な小説やガイド本、それも古いものを入手して読み知識を増やしている。松本清張記念館の企画展パンフやブラジレイロに関する福岡市文学館発行のパンフをはじめ、松本清張の自著本を調べたが出ていない。さらに気になって考えた後、その本を思い出した。

 昭和42年・積文館書店発行の観光本「博多」の序文として松本清張氏が寄稿した「博多の三ヶ月」に記述されたものだった。この本は西鉄の70年史編纂などを担当した故・山本魚睡氏の蔵書で、ご遺族や西鉄さんの承諾を得て私が譲り受けた資料の中の1冊(譲り受けた資料は数百冊)。

 清張氏の文章はこうである。「その頃は岩田屋のある天神町界隈は淋しく、(中略)ブラジレイロというハイカラな大きな喫茶店があったが、外側から客の影を眺めるだけ。せいぜい「千里十里」という大衆食堂に入るのが最高の贅沢であった。」

 松本清張記念館のパンフには、昭和8年に半年ほど博多にいた事になっているが、正確にはブラジレイロが開店したのが昭和9年4月なので、昭和8年末から9年の夏頃までの約7ヶ月間と思われる。「博多の三ヶ月」には清張自身は「昭和7年か8年頃の3ヶ月間」と書いてあるので、さすがの清張氏も若かりし頃の苦労時代の記憶は曖昧だった訳だ。

 この頃、清張氏は休みの日には博多湾鉄道の電車に乗り、当時飛行場もあった名島や香椎海岸をよく訪れたというが、ここでも記憶違いがあり、「雁ノ巣飛行場を飛び立つダグラス機が珍しかった」とも書いている。雁ノ巣に東洋一の飛行場が完成したのは昭和11年、清張氏が博多滞在時にダグラス機を観ることはできないのだ。その後、再度博多を訪れた際の記憶と混同していると思われる。

 いずれにしても博多にいる間、清張氏は代表作「点と線」に描写される香椎海岸などを頻繁に訪れ、画工(デザイン)仲間だった故・西島伊三雄氏とも何度か香椎海岸に行ったそうだ。西島さんは生粋の博多っ子で、永く九州のグラフィックデザイン界を牽引した方。童画も有名だが、福岡市の人なら地下鉄の各駅のマークを考えた人といった方が判りやすい。「博多町家」ふるさと館の初代館長でもある。
西島伊三雄(アトリエ童画)

 千里十里亭が創業したのは東中洲・千日前。のちに「福岡花月劇場」がオープンするバッテン館の隣にあったそうだ。最盛期には数件の支店があったが、今は博多駅前のプレジデントホテル1Fにある和食処。スープ炊きが美味である。私は1月に新潮社の方々が来福した際も、ここで会食した。料理は確かに美味しく接待向きであるが、西鉄グランドホテルの松風や博多河庄などと比べると、肝心の接客は少々残念賞である(アルバイトか?)。この点をクリアすればもっと繁盛すると思うのだが。
千里十里亭

今日の写真は、最近入手した福岡高等商業学校(現在の福岡大学)昭和15年の第4期生卒業アルバムより。
岩田屋百貨店の屋上。このカットは貴重!
古書市で偶然入手、わずか数十冊の製作(写真の大半は印画紙プリント)。

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1 コメント

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Unknown (伊佐@ランチェスター経営)
2010-03-22 13:47:13
こちらでもご紹介を有り難うございます。

あちらのブログの続きでもありますが、田主丸
行きにご一緒した際の益田様は、個々のお店
(若竹屋酒造場様や紅乙女様)だけでなく、
その周辺的な知識を余すことなく話されて
周りは圧巻されました・・・酔っても無いのに。

有り難うございました。

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