万葉集ブログ・2 まんえふしふ 巻九~巻十

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1740 高橋虫麻呂歌集

2010-10-07 | 巻九 雑歌
詠水江浦嶋子一首(并短歌)

春日之 霞時尓 墨吉之 岸尓出居而 釣船之 得乎良布見者 古之 事曽所念 水江之 浦嶋兒之 堅魚釣 鯛釣矜 及七日 家尓毛不来而 海界乎 過而榜行尓 海若 神之女尓 邂尓 伊許藝□ 相誂良比 言成之賀婆 加吉結 常代尓至 海若 神之宮乃 内隔之 細有殿尓 携 二人入居而 耆不為 死不為而 永世尓 有家留物乎 世間之 愚人乃 吾妹兒尓 告而語久 須臾者 家歸而 父母尓 事毛告良比 如明日 吾者来南登 言家礼婆 妹之答久 常世邊 復變来而 如今 将相跡奈良婆 此篋 開勿勤常 曽己良久尓 堅目師事乎 墨吉尓 還来而 家見跡 宅毛見金手 里見跡 里毛見金手 恠常 所許尓念久 従家出而 三歳之間尓 垣毛無 家滅目八跡 此筥乎 開而見手歯 如本 家者将有登 玉篋 小披尓 白雲之 自箱出而 常世邊 棚引去者 立走 □袖振 反側 足受利四管 頓 情消失奴 若有之 皮毛皺奴 黒有之 髪毛白斑奴 由奈由奈波 氣左倍絶而 後遂 壽死祁流 水江之 浦嶋子之 家地見

春の日の 霞める時に 住吉(すみのえ)の 岸に出で居て 釣舟の とをらふ見れば いにしへの ことぞ思ほゆる 水江の 浦島の子が 鰹釣り 鯛釣りほこり 七日まで 家にも来ずて 海境(うなさか)を 過ぎて漕ぎ行くに 海神(わたつみ)の 神の娘子に たまさかに い漕ぎ向ひ 相とぶらひ 言成りしかば かき結び 常世(とこよ)に至り 海神の 神の宮の 内のへの 妙(たえ)なる殿に たづさはり ふたり入り居て 老いもせず 死にもせずして 長き世に ありけるものを 世間(よのなか)の 愚か人の 我妹子に 告(の)りて語らく しましくは 家に帰りて 父母(ちちはは)に 事も告(かた)らひ 明日のごと 我れは来なむと 言ひければ 妹が言へらく 常世辺(とこよへ)に また帰り来て 今のごと 逢はむとならば この櫛笥(くしげ) 開くなゆめと そこらくに 堅めし言を 住吉に 帰り来りて 家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて あやしみと そこに思はく 家ゆ出でて 三年(みとせ)の間に 垣もなく 家失せめやと この箱を 開きて見てば もとのごと 家はあらむと 玉櫛笥 少し開くに 白雲の 箱より出でて 常世辺に たなびきぬれば 立ち走り 叫び袖振り こいまろび 足ずりしつつ たちまちに 心消失(こころけう)せぬ 若くありし 肌も皺みぬ 黒くありし 髪も白けぬ ゆなゆなは 息さへ絶えて 後つひに 命死にける 水江の 浦島の子が 家ところ見ゆ


水江の浦島子を詠む一首(ならびに短歌)

「“春の日の”うららかに、霞がたなびく(春の)日に、住江の岸に出てきて腰を下ろし、釣り舟を、遠くに見れば、いにしえ(の物語)が思い出される。

【水江の、浦島の若者が、カツオ釣りやタイ釣りに夢中になり、7日経っても帰宅せず、海の果て(海神の国と人の国とを隔てた境界)を超えて、漕いで行ったという。

(海の果てを越えた若者は)“わだつみの”海神のお姫様と、(舟を)漕いでいる途中に、思いがけずに出会った。(二人は愛の)言葉を交わし、互いに(結婚の)約束をする。

海のかなたにある不老不死の国に行き、“わたつみの”宮殿の、奥にある、言葉にならないほどすばらしい御殿に、手を取り合って、二人きりで過ごした。老いもせず、死にもせず、長い間(若者と妻は、楽しい日々を)過ごすことができた。

(しかし)この俗世の、愚かな人間たる(若者は)、自分の妻に、述べたのだ。『しばらくの間、実家に帰るよ。両親に、(僕たちが結婚した)ことを話すから。明日にでも、僕は帰ってくるよ』というと、姫(妻)は言う。『常世(不老不死)の国に帰ってきて、今のように、わたしに会いたいのなら、この玉手箱を、ゆめにも開けないで』と。しっかりと、堅く約束をした。

(故郷の)住江に、帰ってきた(若者は)家を探すが、家はない。里を探しても、里もない。『どうもおかしい』と、こう考えた。家を出て、3年の間に、垣根はおろか、家までも失せたのか。この玉手箱を開けてみれば、もとのように、家が現れるか。“玉櫛笥”(玉手箱を)少し開ければ、“白雲の”(白い雲が)立ち上って、海の果ての常世の国に、たなびいていった。

(妻との約束を破った若者は)立ち走り、(大声で)叫んでは(妻のいる方角に)袖を振り回した。転げ回り、身をもがきじだんだを踏む。(その後、若者は)急に、失神してしまった。若い肌はしわだらけに、黒髪は白髪に。そして、息は絶え絶えに。ついに(老人の姿になった若者は)、絶命してしまったという】

水江の、(伝説の)浦島の若者が(かつて両親と一緒に住んだという)自宅の跡が、(私の目の前に)見えるのだ」

●浦島子:のちの浦島太郎を指す

●京都府与謝郡伊根町

●万葉集以外の浦島伝説

 ・日本書紀:478(雄略天皇22)年 「雄略二十二年条」現存する文献で浦島子が登場する最古の事例

 ・丹後国風土記:713(和銅6)年 「筒川島子 水江浦島子」という項目に記述がある

 ・御伽草子 :室町時代 「浦島太郎」として現在伝わる話の型が定まる