小さな日記

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2007年08月06日 | Weblog
わたしの父が広島の平和式典に出席したのは、わたしが小学校に入る前だった。父は心打たれて帰ってきて、鶴の彫像のお土産を興奮していろんなことを話しながら手渡してくれたのは覚えている。それが「原爆の子」という広島平和公園内の佐々木禎子さんを偲ぶ彫像のコピーと認識したのは、ずっと後になる。像が完成したのは、昭和33年だから、父はたぶん完成時に行ったのではないかと思う。今思えば、幼いわたしになんとか戦争を伝えたいと話してくれたのだろう。ロシアの収容所の話はあまりしてくれなかった父だが。

アメリカでは、日本に原爆を落としたから戦争が終わった、侵略戦争をしないですんだ、と、学校で教育しているそうだ。年内に14万人もの人々が亡くなられて、数世代にも渡る後遺症の可能性があることを、教師たちは教えているのだろうか?

それはとても危険な考えだ。まるで、都合の悪い箇所は消しゴムで消して新しく書き直せるような考えだ。現実はそんなことはできない。繋がっているからだ。世界中に解決の糸口がみつからない問題がある。それは、その地域の問題に見えても、実は世界中と繋がっている問題だ。地球に生きるものは、全ていやおうなく繋がっている現実を無視する考えだ。世界中の人々が原爆の悲惨を感じて核武装廃絶に非戦に本気にならなくてはと願う。

日本人の中の意識すら、某大臣のようなひともいる。広島は過去ではない。ベトナムの枯葉剤に、アフガン、イラクの劣化ウラン弾に繋がっている。強いてはチェルノブイリの原発事故にも。

みんな、自分の家族のことと思う。わたしが日本人だからではない。本当にそうだからだ。

原爆経験は、日本唯一のものだとよく言われる。わたしは、日本だけの経験としてはいけないと思う。
原爆経験を、未来永劫、人類唯一のものとするために、地球上全てのひとが、当事者意識をもって、人類の経験として、原爆経験を人間が犯してしまった愚と認知していくことが大切だ。広島、長崎の方々には、鎮魂のために静かに過ごしたいのにうるさくて迷惑なこともあろうと思うけれど、これらの記念日に、たくさんの人たちが関心を持つことを許して欲しいものと思う。人間が全核放棄するまで、何世代先までも、広島、長崎は、被爆の恐ろしさを伝えていってほしい。

医者だった父は、原爆の体に与える強力な影響をより現実的にわかったに違いない。連れ合いが広島に導かれ、地球ハーモニーコンサートを元安川親水テラスで何年も続けてこれた縁は、亡き父の思いの後押しがあるのではないかと、わたしは感じている。

http://earthharmony21.com/hiroshima/index.html