私が宿泊施設を始めて最初に来てくれた ボランティアの学生さんはポーランドのワルシャワ大学の女子だった。
その女子を紹介してくれた やはり 同じ学校の男子生徒さんもよく家に遊びに来て勝手に手伝いをしてくれ そしてお茶を習って行った。二人は付き合っているわけではなかっただろうけれども 母国語で 2人だけで喋っているのは 雰囲気がしっくりした二人だった。

女子は私の後にいつもついてとてもよく気を使ってくれて私が言葉に詰まると必ず中に入って通訳役をかって出てくれたその代わり 私は日本語の こんな文章を書いてみて と問題を出したりしてそれを嬉しそうにといてとても楽しく 娘と過ごすような日々だった、、、
で 今回の主役はその女子ではなく友達の男子の方。
彼はお茶 仲間として 今でも私達の国際 お茶 グループに入っている。今年のお正月の挨拶も一番に 日本時間に合わせてしてくれた よく 気が利く男子。
だけど なんて言うのかな どうしても白人優位的な考え方というのが生まれながらにしてあったのかもしれない、、染み込まれたものとでも言うのかしらね、日本社会の中で自分の容姿つまり 西洋的なもの、それだけで優遇されるという経験値もあったのか、お茶会の前など疲れてくるとそんなおごりのような態度がでて、うちの夫はしっかり見逃さず注意をしていた。
君が社会にでてしようとしている仕事は特にそんな気持は捨てなきゃダメだと、、
そんなような事。
彼は今、希望通り起業してイベント会社の社長さん。
スポーツメインのイベントを組んでいるらしいが、コロナ、ロシアのウクライナ侵攻などで、ボランティアの慰労の会など様々になっているらしい。5カ国語を使うから、様々な国とのBookingや、コーディネートをこなせるようになってきてるそうで、なんとか軌道にのっていると。お茶も役に立っているらしく、何よりだ。

まずは茶室で一服して、リクエストのがちゃがちゃだけど美味しい焼鳥たべて、、(写真なんて撮る間隔もない雰囲気)近所で珈琲。


そのご、家に来てもらい、大阪の夜景🌉を見ながら掛け軸をプレゼント。


マンションのゲストルームをとってあげてたのでそのままお泊り。
今頃は東京で仕事かな?。
ポーランドの成人男子も軍事訓練が義務になったとか、、、
世の中の不穏で不確かな状況をなんとか乗り越える気持になれるようなひとときを提供し続けて欲しい。それが彼の選んだ仕事。
当時の彼らの記事⇓
コロナの前?
当時の写真と比べると、う~ん、老けたというよりは成熟したという感じかな。
今は起業して、5か国語しゃべれて、活躍
してるんですね。
ポーランドって地理的にも政治的にもなかなか微妙というか難しい位置にあるんですよね。
懐かしい出会いができて良かったですね。
私も楽しませてもらいました。
もう、8年もまえになるみたい。
あの頃は色々毎日が刺激もあり楽しい日々。
そうね、
彼はよくよく前の写真と見比べると、前から老けてる(笑)とは思っていたけど、今みたらあどけないですね。
やはり、ウクライナがあり、かなり人生観とか国の中の自分という事、この世界の変革の中での仕事と、色々な苦悩もあったみたいで、
あの頃が一番素敵な思い出と言って貰うのは嬉しいです。
だけど、これから彼らは長い人生があるし、ポーランドはますます色々影響もストレートにくるでしょうから、
どうか、乗り越えて生きて言って欲しいです。