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アニメ及び周辺文化に関する雑感

【ノエイン】並行世界とデコヒーレンス現象

2005年12月03日 | アニメ
 『ノエイン もうひとりの君へ』で15年後の世界に連れて行かれたハルカに対して、その変わりすぎた世界の説明として、ハルカのいた時代から5年後に量子力学の世界でしか考えられていなかったデコヒーレンス現象がマクロの世界でも起こったとかいう話がされていました。
 いや、小学生の女の子相手にそんなこと言っても理解できんだろ……とかいうことはさておき、この世界に起こったというデコヒーレンス現象を考察してみましょう。

(1)デコヒーレンス現象とは

 量子力学においては量子のエネルギー準位は不確定であり、確率でしか表せず、その具体値は観測によってのみ決定されると考えられています。この不確定な性質を説明するのに用いられたのがシュレーディンガーの猫です。
 外からは見えない箱の中にラジウムの発するγ粒子によって毒ガスが発生する装置が仕掛けられていて、そこに生きた猫を入れます。ラジウムからある規定の時間内にγ粒子が飛び出す確率を1/2として、毒ガスの発生装置は必ず期待通りの働きをし、毒ガスは十分に猫を殺す威力があるものとします。
 規定の時間が過ぎた時点で猫が生きている確率は1/2なのですが、本当に生きてるのか死んだのかは箱を開けて確かめるまでわかりません。箱を開けない限りは猫は生きている状態と死んでる状態が同時に存在していて、そのどちらかを決定するのは箱を開けるという行為によってのみ行われる……そういう量子の状態を表してるのがハイデルベルグの不確定性原理です。
 ここで箱の中の猫の状態を考えると、箱が開けられるまでは猫が生きてる状態と、猫が死んでいる状態が等しく同時に存在していることで、この世界の状態は完全に確率論でのみ表される量子状態となっていますが、「箱を開ける」という外部からの干渉によってどちらか片方の状態に強制的に決定されてしまい、もう一方の状態は消滅させられてしまいます。
 この量子状態に対して外部要因の干渉によって状態が決定されてしまい、確率論的に振舞わなくなってしまうことをデコヒーレンス現象といいます。
 一般的に量子力学でデコヒーレンス現象という場合は観測者の観測行為以外の外的要因の干渉によって起こる現象を差すことが多いようですが、同じようなことです。

(2)不確定性原理による並行世界

 ところで、シュレーディンガーの猫における、猫が生きている状態と猫が死んでいる状態が等しく同時に存在してるという状況ですが、背反する2つの状態が同時に存在する(確率論的には存在確率1/2の2つの状態が共存してる)ということは概念的に理解しにくいものです。
 そこで、それぞれの状態が同じ世界に共存してるのではなく、それぞれの状態を個別に持った2つの並行世界が同時に存在してるのだと考えることで、同じ世界に背反する2つの状態が同時に存在してるというパラドックスを回避することが出来ます。
 ここで量子論的な存在確率はそれぞれの並行世界の存在確率に置き換えられ、観測その他の外的要因による事象の決定は、並行世界の選択と見なすことが出来るわけです。
 シュレーディンガーの猫で言えば、猫が生きている世界と猫が死んでいる世界は互いに並行世界として存在し、箱を開けるという行為によってどちらかの世界が選択されてしまうということになります。

(3)SF的並行世界

 ところで、並行世界というと量子力学の専売特許ではありません。タイムパラドックスその他の矛盾を解決する手段として、あるいは並行世界そのものを対象として数多くのSF作品が作られています。
 SF的並行世界としては大きく分けて2種類あります。ひとつは、可能性のあるだけ無数に分岐していくインフレーション型並行世界。もう1つは個々の世界はそれぞれ別個のベクトルを持った独立した世界が有限個存在するという独立型並行世界です。

 インフレーション型並行世界は可能性の数だけ世界が存在し、絶えず新しい世界が永遠に生み出され続けていくというものです。いわゆる歴史改変によって並行世界に移ってしまうというようなものがこれに当たります。(例:『ドラえもん』『ジパング』)
 もっとも、多くの歴史的並行世界では大きな影響を及ぼさない改変は収束され、新しい並行世界の誕生に制限が加えられている場合もありますが、歴史イベントの数が無数にある以上、並行世界も無数に生み出されていきます。
 一方、独立型並行世界は似たような世界が隣り合って存在しているわけですが、互いの世界の時間軸は無限遠の太古に遡っても、無限遠の未来に下っても、永久に交わらないものです。異世界放浪もので、作品上の本来の世界と舞台や人物に共通性があったりするようなものがこれに当たります。(例:『ツバサ・クロニクル』)

(4)並行世界とデコヒーレンス現象

 それではSF的並行世界においてはシュレーディンガーの猫の並行世界のようにデコヒーレンス現象が起こるのでしょうか?
 独立型並行世界においてはデコヒーレンス現象は起こりえません。なぜなら独立型並行世界は個々の世界が完全に独立しているため、同じ外的要因によって等しく影響を受けることがないからです。
 一方、インフレーション型並行世界においてはデコヒーレンス現象が介在する可能性は大いにあります。個々の世界は確率論的に増殖を繰り返したものであり、その因果関係に大きな結び付きが存在するからです。
 そもそも、シュレーディンガーの猫自体がインフレーション型並行世界の1つだと考えられます。ラジウムのγ崩壊が起こったかも知れない時点において、それが起きずに猫が生きている世界と、それが起きて猫が死んでる世界が生み出されたと考えられます。
 ただし、インフレーション型並行世界においても事象の因果関係に関係ない世界にはデコヒーレンス現象は起こりません。例えば、箱に猫を入れなかった世界というものがあっても、その世界で猫が生きているか死んでいるかは箱を開けるという行為によって決定されることではないのです。

(5)ラクリマ時空界のデコヒーレンス現象

 『ノエイン もうひとりの君へ』では15年後の未来の世界を「ラクリマ時空界」と呼んでいます。そこで、ハルカの時間より5年後にデコヒーレンス現象が起こったという並行世界全体も便宜的にラクリマ時空界と呼ぶことにします。(ノエイン世界とか書くと、作品としての舞台を指してる世界なのか、ノエインというキャラクターの世界なのか紛らわしくなりますから)
 これまでの物語でのキャラクターの会話からすると、デコヒーレンス現象が起こる以前はハルカの世界以外にも多数の並行世界が存在していたようです。そして15年後の世界のカラスたち竜騎兵はそれぞれ別の世界が出身であるようなことが語られています。そして、デコヒーレンス現象後の事象が決定された世界から見た場合、決定された世界以外の並行世界は存在していないことになっています。15年後の世界から見て、デコヒーレンス現象によって決定される以前の確率論的に存在しえた可能性の世界はあくまで仮定の存在であり、時空転移装置で接触したハルカの世界も時空転移装置の発動によって生み出された架空の世界だということになっています。
 実際問題として時空転移装置でデコヒーレンス現象以前の並行世界にアクセスできるにしても、それぞれ個々の世界はあくまで確率論的な存在であって理論上特定してアクセスすることは不可能。たまたまパラメーターの関係で繋がったのがハルカの世界というだけに過ぎないって感じですが、彼らが龍のトルクを求めて過去にアクセスしようとした以上、何らかの要因がハルカの世界に結び付けたのだとは思いますが……

 ともあれ、ハルカの時間から5年後にラクリマ時空界に対して何らかの外的要因による干渉が起こった結果、デコヒーレンス現象が起こり、無数にあったはずの並行世界は唯一の世界に決定されてしまったわけです。ただ、15年後の世界の地表が荒れ果てているのは、元から荒れ果ててた世界に決定されてしまったのか、世界の決定後の混乱によって荒れ果ててしまったのかはわかりません。ただ、住人の記憶は決定された世界の記憶だけでなく、それぞれ別の並行世界の記憶を持っていたりするみたいです。
 この世界で謎なのは、この住人の記憶に関する部分なのですが、単純にデコヒーレンス現象による世界の決定があった場合は、すべて決定された並行世界の記憶を受け継ぐものと思われますが、そうなっていないのはそれ自体がデコヒーレンス現象を起こした外的干渉の影響なのでしょうか?

(6)時空融合とデコヒーレンス現象

 さて、複数の並行世界から1つの世界が生み出されたというのは『時空世紀オーガス』でも描かれていました。ただし、『オーガス』での並行世界の合体はデコヒーレンス現象ではなく、時空振動弾の影響による時空融合の結果であり、それは安定したものではなく世界は滅亡に瀕した状態でした。
 『オーガス』での時空融合は主としてエマーン界、チラム界という別個の異世界が混在してるという感じで、素材になってる並行世界もインフレーション型並行世界ではなく、独立型並行世界が繋がりあってるという状況でした。そこの住人たちもそれぞれエマーン界やチラム界で別個に存在する他人同士が入り混じってただけです。
 本来、互いに干渉しない世界同士が融合していることで『オーガス』の世界は安定を崩していたわけですが、これはデコヒーレンス現象による世界の決定とは根本的に正反対の現象といえます。
 ただ、最終回での時空修復後の世界は、インフレーション型並行世界の発生で独立型並行世界同士の融合という無理を穴埋めしてるって感じなので、どこまで安定した世界が作れたのかは謎ですが、この先の世界ならデコヒーレンス現象の起こる余地はあります。

(7)龍のトルクとデコヒーレンス現象

 ラクリマ時空界の住人たちは『オーガス』の世界の住人のような独立型並行世界の住人が共存しているわけではありません。あくまでインフレーション型並行世界でデコヒーレンス現象によって決定された世界の住人であり、本来ならすべての住人が同じ並行世界の記憶を持ってるはずです。
 ところが、カラスのいた世界はハルカの世界に極めて似ていた様子だけど、他のキャラはまた別の世界の出身だという感じで、記憶が共通していません。デコヒーレンス現象の要因が完全に外部の干渉なら、世界の決定がすべてを規定してしまうからこんな現象は起こらないと思われます。
 すると、そのデコヒーレンス現象は外部の干渉ではなく、ラクリマ時空界の内部からの干渉によって起こったのではないかということが考えられます。
 作品中では龍のトルクが時空に干渉できるということが語られており、またハルカがダムの決壊を他の並行世界と入れ替えることでキャンセルするシーンが描かれています。龍のトルクが他の並行世界に干渉することが出来るのなら、デコヒーレンス現象を起こすのも無理では無さそうです。
 たとえハルカ1人でデコヒーレンス現象を起こすのが無理でも、無数の並行世界にそれぞれ龍のトルクがいて、それらが互いに干渉しあったなら、それによってデコヒーレンス現象が起こるかも知れません。その結果、それぞれの世界の龍のトルクが自分の世界を残そうとした結果が、決定されたラクリマ時空界の住人たちの記憶に反映されてるのかも知れません。
 また、記憶がバラバラなのに関わらずハルカの件だけは記憶が一致しているらしい様子を考えると、ハルカがいなくなったのはデコヒーレンス現象の際か、それ以降の決定された世界での出来事だと思われます。
 当初、カラスは自分はハルカを救えなかったと言ってるのは未来に連れ去られたことかとも考えられたのですが、どうもそういうことではないようなので、やはりこの辺が怪しいと見て構わないと思います。