その時、再び携帯に着信があった。今度は対策本部にいる長門からである。
『キョン、ハルヒからの連絡が切れた』
切れたというより、ハルヒが連絡しなくなったという方が正確だろう。
「ハルヒならまだ展示室にいるはずだ。モニターで様子がわからないか?」
俺はハルヒがどんな状況か長門に確認してもらおうとした。
『さっきの停電の最中にカメラが破壊された。ここから展示室のことはわからない』
長門のところからではハルヒの状況はわからないらしい。やっぱり、俺が行ってハルヒを助けてやるか。
「今から展示室に行ってハルヒの様子を見てくる」
俺はそう言って持ち場を離れることを長門に伝えようとしたのだが……
『それはダメ。怪盗キッドがそっちに向かって逃走中』
「何だって!? 先輩と古泉は?」
キッドが展示室から逃走を始めたんなら先に朝比奈さんや古泉と接触する可能性が高いはずだ。
『朝比奈みくるはすでに敗退。古泉一樹は現在接触中と思うけど、時間の問題』
長門の判断では古泉に勝ち目は無いらしい。
『ハルヒは私が見てくる。キョンは予定通りにキッドを捕まえて』
そう言って長門は通話を切った。ハルヒのことは長門に任せて、俺は覚悟を決めて怪盗キッドを待ち構えることにした。
ハルヒが俺に指示した持ち場は、美術館の屋上だった。
「怪盗キッドの逃走パターンで多いのが気球、またはハングライダーでの逃走よ。高いビルならそのまま窓から飛び出して逃げていくって可能性もあるけど、この市立美術館じゃそれは無いわ。空からの脱出経路を選ぶなら必ず屋上に来るはずよ。だから、展示室から屋上に向かうのに通る可能性の高いここと、ここにみくるちゃんと古泉くん、そして最後の屋上にキョンが待ち構えているの。我ながら完璧な作戦ね!」
ハルヒの作戦にはひとつ知名的な欠陥があった。待ち構えていたからってキッドを捕らえられるとは限らないこと。だいたいSOS団に肉弾戦向きのメンバーなんかいない。宇宙人やら未来人やら超能力者を集めてくるより先に屈強な格闘家でもメンバーにするんだったな。
長門の情報では朝比奈さんはすでに突破されたみたいだけど、大丈夫だろうか? 持ち場に着くときにいざとなったら相手にならずに逃げるように言っておいたのだが……それに、ハルヒはキッドが変装してる可能性が高いって言ってたけど、いったいどんな格好で現れるんだ? 知ってるやつ意外は全員怪しいと見なすしかないぞ。
俺はそんなことを考えながら、キッドが来るのを待っていた。
しばらくして、階段のドアから1人の人影が飛び出してきた。
「ハ、ハルヒ?」
それは展示室から通信の途絶えたハルヒだった。
「キョン、ここに怪盗キッドが来たでしょ?」
怪盗キッド?
「いや、ここへはまだ……」
「そんなはずは無いわ! あたしは展示室からあいつを追い掛けて来たんだから!」
ハルヒは俺の言葉が信じられないのか、にらみつけるように言った。
「まさか、キョンに化けたキッドじゃないでしょうね!」
やれやれ、2回も正体を疑われるのか、俺は。
「あんたがキッドじゃ無いなら、さっさと本物のキッドを探しなさい! 絶対にここに逃げ込んできたんだから……」
俺はハルヒに責め立てられるようにキッド探しを始める破目になった。ここにキッドが来ていないのは本当なんだがなぁ……
その時だった。
「にーちゃん、探す必要はあらへんで!」
屋上スペースの端の暗闇の中から色黒の学生服が現れた。服部である。そして例の小学生も一緒だ。
「お姉さんが来るまで、誰も屋上には来なかったからね」
小学生がそう言った。
「そんなこと無いわよ。あたしはちゃんとキッドを追って……」
ハルヒは珍しくうろたえた様子だった。
「じゃあ、言うてみぃ。その怪盗キッドはどんな姿しとるんや?」
服部の質問にハルヒは詰まった。
「怪盗キッドといったら、白いタキシードにシルクハットのマジシャン衣装に決まってるじゃない!」
ハルヒはそう言い返した。確かにもっともだ。しかし、俺はそのハルヒの答えに何か違和感を感じた。
「確かに一般的なキッドのイメージはせやろ。しかしなぁ、他人に化けて宝石を盗み出して逃走してる最中のキッドがその変装を解いてわざわざ目立つ格好で逃げると思うか? 俺やったらそんなことは絶対にせぇへん」
そうだ。俺は服部の言葉で思い出した。俺はいったいどんな変装をしたキッドが逃げてくるのかさっきまで気になってたんだ。
そこにまた携帯の着信があった。発信者は、目の前にいるはずのハルヒである。
『キョン、もうちゃんとキッドを捕まえたんでしょうねっ!』
携帯の向こうのハルヒの声はいつにもまして怒り狂っていた。
『あたしにこんな屈辱を味わわせたキッドなんか、絶対に許さないんだからっ!』
大声で怒鳴りまくるハルヒの声に俺は携帯を少し遠ざけながら、目の前にいるハルヒを見た。
「怪盗キッド……」
そうだ。目の前にいるハルヒこそがキッドが変装した姿に違いない。
「そうだ、観念しろ。怪盗キッド!」
服部の横にいた小学生が飛び出してきて、腕時計か何かでハルヒの姿をした相手に狙いを定めた。
「ばれちゃしょうがないか」
そう言ってハルヒの姿をした怪盗が一瞬身を翻すと、そこにはタキシードにシルクハット、それにマントを身にまとった白尽くめで、モノクルを付けた正真正銘の怪盗キッドの姿があった。いや、いったいどうやってハルヒの格好から早変わりしたのか、それは問わないことにしよう。問えばややこしくなるから。
『キョン、聞いてるの!』
携帯の向こうで本物のハルヒが怒鳴ってる。
「うるさい。いま取り込み中だ!」
俺はそう言ってハルヒを黙らせようとした。
『そこにキッドがいるのね? いいこと、キョン。あたしがキッドをとっちめてやるから、それまで絶対に逃がすんじゃないわよっ!』
ハルヒは通話を切った。どうやらこっちにやってくるつもりらしい。しかし、これでしばらくは静かになる。
さっきから狙いを定めてる小学生から間合いを取るようにじわじわと下がっている怪盗キッドだが、それを逃さないようにと服部が反対側に回り込もうとしている。俺だって黙って見ているわけには行かない。たとえキッドを逃がさなくても捕まえたのが服部たちだということになったら、ハルヒの不機嫌な顔が思い浮かぶ。
俺もキッドの様子を伺いながら間合いを詰めようとした。その時だった。
「レディース・アンド・ジェントルマン!」
キッドはそう言ってマントを広げた。
「イッツ・ショータイム!」
キッドが何かを床に投げ付けたかと思うと、一瞬にして辺りは白い煙に包まれ、俺の目は痛くなって目を開けていられなくなった。
「くそっ、催涙弾だ!」
小学生が叫んでいる。
「キッドが逃げるぞ! 追えるか、服部?」
「ダメや。俺も目ぇやられてもうた」
「大丈夫さ。ヤツの隠してたハングライダーには発信機を付けて置いた。下に降りて地上から追うぞ!」
「わかった、工藤」
服部と小学生はそういって下に降りていくようだった。俺も2人を追おうとしたのだが、白い煙を思い切り吸ってしまってむせこみ、息が出来なかった。目から涙をボロボロ流しながらどうにかふらふらと階段までたどり着いたが、そこでハルヒたちと出会った。
催涙弾のガスを大量に吸い込んでしまった俺は、救急車で病院に運ばれた。生命に別状は無かったが、刺激され腫れ上がった涙腺や鼻の粘膜が元に戻るまで、しばらく涙もろく鼻水が止まらない状態になってしまった。
案の定、キッドを取り逃がしてしまったことでハルヒはカンカンだったが、逃げてきたキッドがハルヒの格好をしてた原因を問い詰めようとすると、あまりうるさく言わないようになった。
後から長門に聞いたところでは、概ね次のような状況だったらしい。
俺との連絡の最中に服部にキッドの変装だと疑われて展示室から連れ出されたハルヒは、そこで服部に化けていたキッドに眠らされてしまったらしい。そしてキッドは変装を服部からハルヒに変え、ハルヒの予想した通りの逃走経路を経て逃げてきたということだった。
ちなみに朝比奈さんはキッドがやってくると聞いて、持ち場から逃げ出してしまい不戦敗。古泉はハルヒの姿を見て相手がキッドだとは気付かずに素通りさせてしまったということだ。
長門は俺との連絡の後、展示室へハルヒの様子を見に行く途中で眠らされてるハルヒを発見し、どうにかして叩き起こしたらしい。で、目覚めたハルヒがとった最初の行動が、ニセモノのハルヒを目の前にした俺への電話だったということだ。
あの時、服部と小学生がキッドを追っていったはずだが、キッドが逮捕されたというニュースが流れなかったところを見ると、彼らも追跡に失敗したのだろう。ただし、キッド自身も犯行には失敗していった。なぜなら彼が奪っていったサファイアはニセモノだったからだ。
「誰にも知られないようにニセモノと入れ替えておいたらキッドだって気付かないとハルヒは言ってた」
どうやら最初に展示室を覗いた時にハルヒが思いつきで言ったことを長門が実行していたらしい。
「でも、宝石は無事でもキッドが捕まえられなかったから失敗」
長門はそう言っていたが、ちなみに摩り替えておいたニセモノは本物とまったく同じ組成を持つ人工サファイアだという。しかし、それってニセモノと言えるのか?
後日、キッドが返しに来たニセモノが本物と同じ展示ケースに入っているところを美術館の職員が発見し、はたしてどっちが本物でどっちがニセモノかわからなくなって騒ぎになったというが、俺たちには関係ないことだった。
「無い。無い……どこの新聞にも無いわっ!」
昼休みに文芸部室に響き渡るハルヒの声。あの事件から毎日のように続いている日課のようになっていた。
「こんなに新聞があるのに、どうしてどこにも乗ってないのよっ!」
ハルヒは新聞紙に当り散らし、一枚一枚丸めて周囲に投げ散らかした。いったい誰が掃除をするんだ?
「怪盗キッドだって用も無いのに、毎日毎日予告状を出してくるわけはないだろ」
俺はそう言いながら、放って置いてもどうせ俺の仕事に押し付けられるんだろうとハルヒの投げ散らかした新聞紙を回収してゴミ箱に捨てた。
「でも、一刻も早くリベンジしてあの怪盗をとっ捕まえてやらないと、この煮えくり返るあたしの腹の虫が納まらないのよっ!」
ハルヒは自分がキッドの逃走に利用されたことが特に許せないと怒っていた。何はともあれ、これでしばらくの間はハルヒが退屈を弄ぶことは無さそうだ。
(了)
【次回予告】
復讐の男が帰ってきた。4人の少女を助っ人に引き連れて。
「SOS団の諸君、また会えて光栄の至りだ」
逃げ惑う朝比奈さん、散ってゆく古泉……多大な犠牲を省みず突進するハルヒ。宇宙にこだまする男の笑い声。
「射手座よ、私は帰ってきた!」
次回『涼宮ハルヒの突撃 それゆけ!宇宙戦艦スズミヤ・ハルヒ(前編)』に、レディー・ゴー!
涼宮ハルヒの憂鬱 Episode02(限定版) KABA-1503
名探偵コナン「銀翼の奇術師」 UPBV-1008
『キョン、ハルヒからの連絡が切れた』
切れたというより、ハルヒが連絡しなくなったという方が正確だろう。
「ハルヒならまだ展示室にいるはずだ。モニターで様子がわからないか?」
俺はハルヒがどんな状況か長門に確認してもらおうとした。
『さっきの停電の最中にカメラが破壊された。ここから展示室のことはわからない』
長門のところからではハルヒの状況はわからないらしい。やっぱり、俺が行ってハルヒを助けてやるか。
「今から展示室に行ってハルヒの様子を見てくる」
俺はそう言って持ち場を離れることを長門に伝えようとしたのだが……
『それはダメ。怪盗キッドがそっちに向かって逃走中』
「何だって!? 先輩と古泉は?」
キッドが展示室から逃走を始めたんなら先に朝比奈さんや古泉と接触する可能性が高いはずだ。
『朝比奈みくるはすでに敗退。古泉一樹は現在接触中と思うけど、時間の問題』
長門の判断では古泉に勝ち目は無いらしい。
『ハルヒは私が見てくる。キョンは予定通りにキッドを捕まえて』
そう言って長門は通話を切った。ハルヒのことは長門に任せて、俺は覚悟を決めて怪盗キッドを待ち構えることにした。
ハルヒが俺に指示した持ち場は、美術館の屋上だった。
「怪盗キッドの逃走パターンで多いのが気球、またはハングライダーでの逃走よ。高いビルならそのまま窓から飛び出して逃げていくって可能性もあるけど、この市立美術館じゃそれは無いわ。空からの脱出経路を選ぶなら必ず屋上に来るはずよ。だから、展示室から屋上に向かうのに通る可能性の高いここと、ここにみくるちゃんと古泉くん、そして最後の屋上にキョンが待ち構えているの。我ながら完璧な作戦ね!」
ハルヒの作戦にはひとつ知名的な欠陥があった。待ち構えていたからってキッドを捕らえられるとは限らないこと。だいたいSOS団に肉弾戦向きのメンバーなんかいない。宇宙人やら未来人やら超能力者を集めてくるより先に屈強な格闘家でもメンバーにするんだったな。
長門の情報では朝比奈さんはすでに突破されたみたいだけど、大丈夫だろうか? 持ち場に着くときにいざとなったら相手にならずに逃げるように言っておいたのだが……それに、ハルヒはキッドが変装してる可能性が高いって言ってたけど、いったいどんな格好で現れるんだ? 知ってるやつ意外は全員怪しいと見なすしかないぞ。
俺はそんなことを考えながら、キッドが来るのを待っていた。
しばらくして、階段のドアから1人の人影が飛び出してきた。
「ハ、ハルヒ?」
それは展示室から通信の途絶えたハルヒだった。
「キョン、ここに怪盗キッドが来たでしょ?」
怪盗キッド?
「いや、ここへはまだ……」
「そんなはずは無いわ! あたしは展示室からあいつを追い掛けて来たんだから!」
ハルヒは俺の言葉が信じられないのか、にらみつけるように言った。
「まさか、キョンに化けたキッドじゃないでしょうね!」
やれやれ、2回も正体を疑われるのか、俺は。
「あんたがキッドじゃ無いなら、さっさと本物のキッドを探しなさい! 絶対にここに逃げ込んできたんだから……」
俺はハルヒに責め立てられるようにキッド探しを始める破目になった。ここにキッドが来ていないのは本当なんだがなぁ……
その時だった。
「にーちゃん、探す必要はあらへんで!」
屋上スペースの端の暗闇の中から色黒の学生服が現れた。服部である。そして例の小学生も一緒だ。
「お姉さんが来るまで、誰も屋上には来なかったからね」
小学生がそう言った。
「そんなこと無いわよ。あたしはちゃんとキッドを追って……」
ハルヒは珍しくうろたえた様子だった。
「じゃあ、言うてみぃ。その怪盗キッドはどんな姿しとるんや?」
服部の質問にハルヒは詰まった。
「怪盗キッドといったら、白いタキシードにシルクハットのマジシャン衣装に決まってるじゃない!」
ハルヒはそう言い返した。確かにもっともだ。しかし、俺はそのハルヒの答えに何か違和感を感じた。
「確かに一般的なキッドのイメージはせやろ。しかしなぁ、他人に化けて宝石を盗み出して逃走してる最中のキッドがその変装を解いてわざわざ目立つ格好で逃げると思うか? 俺やったらそんなことは絶対にせぇへん」
そうだ。俺は服部の言葉で思い出した。俺はいったいどんな変装をしたキッドが逃げてくるのかさっきまで気になってたんだ。
そこにまた携帯の着信があった。発信者は、目の前にいるはずのハルヒである。
『キョン、もうちゃんとキッドを捕まえたんでしょうねっ!』
携帯の向こうのハルヒの声はいつにもまして怒り狂っていた。
『あたしにこんな屈辱を味わわせたキッドなんか、絶対に許さないんだからっ!』
大声で怒鳴りまくるハルヒの声に俺は携帯を少し遠ざけながら、目の前にいるハルヒを見た。
「怪盗キッド……」
そうだ。目の前にいるハルヒこそがキッドが変装した姿に違いない。
「そうだ、観念しろ。怪盗キッド!」
服部の横にいた小学生が飛び出してきて、腕時計か何かでハルヒの姿をした相手に狙いを定めた。
「ばれちゃしょうがないか」
そう言ってハルヒの姿をした怪盗が一瞬身を翻すと、そこにはタキシードにシルクハット、それにマントを身にまとった白尽くめで、モノクルを付けた正真正銘の怪盗キッドの姿があった。いや、いったいどうやってハルヒの格好から早変わりしたのか、それは問わないことにしよう。問えばややこしくなるから。
『キョン、聞いてるの!』
携帯の向こうで本物のハルヒが怒鳴ってる。
「うるさい。いま取り込み中だ!」
俺はそう言ってハルヒを黙らせようとした。
『そこにキッドがいるのね? いいこと、キョン。あたしがキッドをとっちめてやるから、それまで絶対に逃がすんじゃないわよっ!』
ハルヒは通話を切った。どうやらこっちにやってくるつもりらしい。しかし、これでしばらくは静かになる。
さっきから狙いを定めてる小学生から間合いを取るようにじわじわと下がっている怪盗キッドだが、それを逃さないようにと服部が反対側に回り込もうとしている。俺だって黙って見ているわけには行かない。たとえキッドを逃がさなくても捕まえたのが服部たちだということになったら、ハルヒの不機嫌な顔が思い浮かぶ。
俺もキッドの様子を伺いながら間合いを詰めようとした。その時だった。
「レディース・アンド・ジェントルマン!」
キッドはそう言ってマントを広げた。
「イッツ・ショータイム!」
キッドが何かを床に投げ付けたかと思うと、一瞬にして辺りは白い煙に包まれ、俺の目は痛くなって目を開けていられなくなった。
「くそっ、催涙弾だ!」
小学生が叫んでいる。
「キッドが逃げるぞ! 追えるか、服部?」
「ダメや。俺も目ぇやられてもうた」
「大丈夫さ。ヤツの隠してたハングライダーには発信機を付けて置いた。下に降りて地上から追うぞ!」
「わかった、工藤」
服部と小学生はそういって下に降りていくようだった。俺も2人を追おうとしたのだが、白い煙を思い切り吸ってしまってむせこみ、息が出来なかった。目から涙をボロボロ流しながらどうにかふらふらと階段までたどり着いたが、そこでハルヒたちと出会った。
催涙弾のガスを大量に吸い込んでしまった俺は、救急車で病院に運ばれた。生命に別状は無かったが、刺激され腫れ上がった涙腺や鼻の粘膜が元に戻るまで、しばらく涙もろく鼻水が止まらない状態になってしまった。
案の定、キッドを取り逃がしてしまったことでハルヒはカンカンだったが、逃げてきたキッドがハルヒの格好をしてた原因を問い詰めようとすると、あまりうるさく言わないようになった。
後から長門に聞いたところでは、概ね次のような状況だったらしい。
俺との連絡の最中に服部にキッドの変装だと疑われて展示室から連れ出されたハルヒは、そこで服部に化けていたキッドに眠らされてしまったらしい。そしてキッドは変装を服部からハルヒに変え、ハルヒの予想した通りの逃走経路を経て逃げてきたということだった。
ちなみに朝比奈さんはキッドがやってくると聞いて、持ち場から逃げ出してしまい不戦敗。古泉はハルヒの姿を見て相手がキッドだとは気付かずに素通りさせてしまったということだ。
長門は俺との連絡の後、展示室へハルヒの様子を見に行く途中で眠らされてるハルヒを発見し、どうにかして叩き起こしたらしい。で、目覚めたハルヒがとった最初の行動が、ニセモノのハルヒを目の前にした俺への電話だったということだ。
あの時、服部と小学生がキッドを追っていったはずだが、キッドが逮捕されたというニュースが流れなかったところを見ると、彼らも追跡に失敗したのだろう。ただし、キッド自身も犯行には失敗していった。なぜなら彼が奪っていったサファイアはニセモノだったからだ。
「誰にも知られないようにニセモノと入れ替えておいたらキッドだって気付かないとハルヒは言ってた」
どうやら最初に展示室を覗いた時にハルヒが思いつきで言ったことを長門が実行していたらしい。
「でも、宝石は無事でもキッドが捕まえられなかったから失敗」
長門はそう言っていたが、ちなみに摩り替えておいたニセモノは本物とまったく同じ組成を持つ人工サファイアだという。しかし、それってニセモノと言えるのか?
後日、キッドが返しに来たニセモノが本物と同じ展示ケースに入っているところを美術館の職員が発見し、はたしてどっちが本物でどっちがニセモノかわからなくなって騒ぎになったというが、俺たちには関係ないことだった。
「無い。無い……どこの新聞にも無いわっ!」
昼休みに文芸部室に響き渡るハルヒの声。あの事件から毎日のように続いている日課のようになっていた。
「こんなに新聞があるのに、どうしてどこにも乗ってないのよっ!」
ハルヒは新聞紙に当り散らし、一枚一枚丸めて周囲に投げ散らかした。いったい誰が掃除をするんだ?
「怪盗キッドだって用も無いのに、毎日毎日予告状を出してくるわけはないだろ」
俺はそう言いながら、放って置いてもどうせ俺の仕事に押し付けられるんだろうとハルヒの投げ散らかした新聞紙を回収してゴミ箱に捨てた。
「でも、一刻も早くリベンジしてあの怪盗をとっ捕まえてやらないと、この煮えくり返るあたしの腹の虫が納まらないのよっ!」
ハルヒは自分がキッドの逃走に利用されたことが特に許せないと怒っていた。何はともあれ、これでしばらくの間はハルヒが退屈を弄ぶことは無さそうだ。
(了)
【次回予告】
復讐の男が帰ってきた。4人の少女を助っ人に引き連れて。
「SOS団の諸君、また会えて光栄の至りだ」
逃げ惑う朝比奈さん、散ってゆく古泉……多大な犠牲を省みず突進するハルヒ。宇宙にこだまする男の笑い声。
「射手座よ、私は帰ってきた!」
次回『涼宮ハルヒの突撃 それゆけ!宇宙戦艦スズミヤ・ハルヒ(前編)』に、レディー・ゴー!
涼宮ハルヒの憂鬱 Episode02(限定版) KABA-1503
名探偵コナン「銀翼の奇術師」 UPBV-1008