新隊員時代に過ごした
朝霞駐屯地でのエピソードと言えば、
実弾射撃訓練と
…「亡霊」騒動でしょう。
夜間の訓練には不寝番というのがあり
ます。
一時間ずつ交代制で真っ暗な武器庫の前に立つのです。
これが2時とか3時の間だと結構辛いのですが、
その不寝番に当たった隊員の間で
「幽霊を見た」という噂が広まった事がありました。
最初は、隊舎の1階から2階に上がる途中の階段の
踊り場にかかっている大きな等身大の鏡に亡霊が映るという噂でした。
走っている男子隊員だった、という節や戦闘服を着た男子隊員
だという節など、色々だったのですが、
それがいつのまにか
「円谷選手の亡霊ではないか」という噂にまで発展しました。
円谷選手の亡霊が何故?
と思いましたが、
婦人自衛官教育隊舎を含む朝霞駐屯地にはオリンピック選手を輩出
している自衛隊体育学校が隣接しています。
その駐屯地を走る周回コースは別名・円谷コースというマラソンコースでして、
しかもその近くに円谷選手が自殺した隊舎があるのだという事でした。
(あくまでも噂ですが…。)
だから、走っている姿で鏡に映っても不思議ではないというのです。
円谷選手と言えば、東京オリンピックのマラソン3位という輝かしい成績を
残しながら致命的な怪我をしたことが原因で、
周囲の期待に応えられないことを苦にして自殺した体育学校所属の自衛官です。
私が入隊した昭和53年は、
彼が亡くなってからすでに10年以上経っているのになぜ、今頃?
という気もしましたが、
「そんな有名人の幽霊なら遭ってみたい」
そう思った私は、次の日から不寝番でもないのにトイレに行くフリをして
深夜2時ごろになると階段の踊り場にこっそりと通うのでした。
一週間ぐらい、通ってみましたが
やはり噂だけだったのでしょうか…
残念ながら、私は亡霊に出会うことはなかったのです。
嫌われてしまったのでしょうか…。
(-_-)
その後も「見た」という噂は後を絶たず、
それから、しばらくして階段の踊り場の鏡が取り外されたのです。
朝霞駐屯地でのエピソードと言えば、
実弾射撃訓練と
…「亡霊」騒動でしょう。
夜間の訓練には不寝番というのがあり
ます。
一時間ずつ交代制で真っ暗な武器庫の前に立つのです。
これが2時とか3時の間だと結構辛いのですが、
その不寝番に当たった隊員の間で
「幽霊を見た」という噂が広まった事がありました。
最初は、隊舎の1階から2階に上がる途中の階段の
踊り場にかかっている大きな等身大の鏡に亡霊が映るという噂でした。
走っている男子隊員だった、という節や戦闘服を着た男子隊員
だという節など、色々だったのですが、
それがいつのまにか
「円谷選手の亡霊ではないか」という噂にまで発展しました。
円谷選手の亡霊が何故?
と思いましたが、
婦人自衛官教育隊舎を含む朝霞駐屯地にはオリンピック選手を輩出
している自衛隊体育学校が隣接しています。
その駐屯地を走る周回コースは別名・円谷コースというマラソンコースでして、
しかもその近くに円谷選手が自殺した隊舎があるのだという事でした。
(あくまでも噂ですが…。)
だから、走っている姿で鏡に映っても不思議ではないというのです。
円谷選手と言えば、東京オリンピックのマラソン3位という輝かしい成績を
残しながら致命的な怪我をしたことが原因で、
周囲の期待に応えられないことを苦にして自殺した体育学校所属の自衛官です。
私が入隊した昭和53年は、
彼が亡くなってからすでに10年以上経っているのになぜ、今頃?
という気もしましたが、
「そんな有名人の幽霊なら遭ってみたい」
そう思った私は、次の日から不寝番でもないのにトイレに行くフリをして
深夜2時ごろになると階段の踊り場にこっそりと通うのでした。
一週間ぐらい、通ってみましたが
やはり噂だけだったのでしょうか…
残念ながら、私は亡霊に出会うことはなかったのです。
嫌われてしまったのでしょうか…。
(-_-)
その後も「見た」という噂は後を絶たず、
それから、しばらくして階段の踊り場の鏡が取り外されたのです。