天使の図書館ブログ

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Mr.ロバートを探して。-10-

2012-10-10 | 創作ノート

 今回の画像は、画家の国吉康雄さんの<デイリー・ニュース>です♪(^^)

 そんでもって、「ロバートを探して」は今回で最終回なんですけど――まあ、なんでこのタイトルなのかってことについて、最後に軽く触れておこうかな、なんて。

 もちろん、↓の本文のほうに、そこらへんのことは一応書いてあります。でもまあ、なんとなく補足としてというか(^^;)

 画家の国吉康雄さんが確か、<デイリー・ニュース>という絵について、「普遍的女(ユニバーサル・ウーマン)」といったことをおっしゃってたと思うんですよね。

 自分が女性を描く時に描いているのは、心の中の「普遍的な女」のことだとおっしゃっていて。

 まあ、こう言われてもちょっと「はい?」っていう感じというか、わかりにくいと思うんですけど、そのことを聞いた時にすごく「ああ、なるほど!!」って思ったというか(^^;)

 そんで、わたしが今回ロバートについて書いてることっていうのは、大体のところ同じ意味といっていいと思います。

「普遍的な女」って聞いてもあんまりピンとこないにしても、「永遠の女」って言い換えられれば、「そんならわかる☆」っていう部分がありますよね。

 ようするにMr.ロバートっていうのは、女性の中の「普遍的な男」、「永遠の男」っていうことだというか。

 まあ、この前文を先に読んでも「?」っていう感じだと思うので、もしかしたら本文のほうを読み終わったあと、もう一度こっちを読んでもらえると、「ああ、ハイハイ☆」ってなってもらえるかな~と思います(笑)

 つまり、お話全体の中でわたしが一番書きたいと思ってたのは、最終回のこのあたりのことかな~という気がしたり。

 なんにしても、「それがMr.ロバートか☆」みたいに納得(?)して読み終わっていただけると、とても嬉しいです♪(^^)

 それではまた~!!



       Mr.ロバートを探して。-10-

 小学生の頃と同じように、週に一度、ピアノ教室へ通いはじめるようになってから、そういえばわたしは昔、「将来はピアニストになりたい」と本気で思っていたことがあったっけ、と思いだした。

 ピアノをやめたきっかけは確か、とてもつまらないことだったと思う。 

 ママが友達と電話で話している時に、「子供って自分の思ったとおりには育たないものよ」と言っているのを偶然聞いて、次の週からピアノ教室へは通わなくなったのだ。

 もちろん、子供なりにわかってはいた――ママは友人から子育て相談のようなものを受けていて、それでそんなセリフを深い意味なしに言ったのだろうということは。

 わたしは小さな頃から、何につけても才能がなかった。ママは色々なお稽古ごとをわたしにさせようとしたけれど、バレエも続かなかったし、英語教室にも長く通うということは出来なかった。

 ママはそうしたことで、特にわたしを責めはしなかったけど、ママにはママにとっての<子育て理想プラン>のようなものがあり、それに沿ってわたしが育ってくれたらどんなにいいか……何かそんな願いを持っているらしいことは、漠然とではあるけれど、小さな頃から子供なりに気づいていた。

 わたしはわたしなりに、ママの理想の娘になろうと必死だったけれど、あれも出来なければこれもダメ、ということが何度も続き、そして最後には唯一続いていたピアノでさえも――やめるということになってしまった。

 けれど、今はこんなふうに感じている。何故あの時ピアノをやめてしまったんだろう、やめてしまえたんだろうと……わたしはこんなにピアノが好きだったのに。こんなにもピアノが大好きだったのに。

 もちろん、今からどんなに必死に練習したところで、わたしになれるのはせいぜいが、小さなピアノ教室の先生といったところだろう。でも、それでもいいと、むしろそれだからこそいいんだと、今はそう思いながら鍵盤を弾いている自分がいる。

 わたしはつい最近、フミコさんに>>「ママは例の愛人と別れたみたいです。別れた理由は聞いていないので、何故なのかはわからないけれど」といったような内容のメールを送った。

 するとフミコさんはすぐ、とても面白いメールを返信してくださった。

 >>「マリさんのママにとって、その男性はMr.ロバートではなかったのですね」

 と……。

 あれからわたしとフミコさんは、メールのやりとりの中で、<Mr.ロバート>の定義について、随分長く話しあっていた。

 もちろん、ロバートというのはフミコさんが生みだした、ある意味架空の人物である。でも、彼にはきちんとしたモデルがおり、妻を欺いてホテルへ行った翌日、ケロリとした顔をして出勤できるといった事柄については――間違いなく事実なのだ。

 また、フミコさんはこうも書いていた。

 >>「わたしはもしかしたら、職場の上司Kにではなく、本当に架空の人物ロバートに対し、恋をしていたのかもしれない」と……。

 つまり、自分の理想の男性像をKに当てはめようとしていただけで、本当に心から愛していたのは、自分の中のロバートだったかもしれないということだった。

 >>「そういう意味ではたぶん、わたしは今の夫のことも、最初は「彼こそが本物のロバートに違いない!」と思い、恋をし、結婚して失望したのかもしれません。こう書くからといって、わたしの結婚生活が特に不幸だということではないんですよ、マリさん。何故ってわたしは夫のことを愛しているし、自分のことも幸せだと感じているんですから……ただ、きっとMr.ロバートというのは、女性のすべてが追い求めながら、決して捕まえることの出来ない男性なのだと思います。あるいは、一時的に手に入れたように感じても、すぐに去っていってしまうような、そんな存在なのでしょうね。まさに、「おお、ロバート!何故あなたはわたしの元を去っていくの!?」というわけです(笑)

 フミコさんとわたしは、彼女がまた日本へ戻ってくる用事がある時にでも――<マリー・ド・サガン>で一度会いましょうという約束をしている。

 そうそう、<マリー・ド・サガン>といえば、わたしはあの喫茶店で、ウェイトレスのアルバイトをはじめた。大体週に2~3回程度ではあるけれど、このアルバイトとピアノの練習、他にバンドの練習もあるしで、最近わたしはなかなかマキに会えていない。

 といっても、しょっちゅうメールのやりとりはしているし、時々しか会えなくても、わたしとマキの間の友情の結びつきは強固なものだった。

 彼女もまた、生徒会の仕事や近くある学校祭の演劇の練習などで、なかなか忙しい毎日を――素晴らしく良き青春を送っているらしい。

 そしてわたしはどんなに忙しくても、以前と同じく定期的に、海を見にいくのを忘れはしなかった。

 クラスに友達が出来なくて悩んでいた時は、このまま海の中へずぶずぶ入っていって、死ねたらどんなにいいだろうとさえ思ったのに――わたしはその同じ海を、その時とはまったく逆の気持ちで、今は見返している。

 誰もいない、秋の海……わたしはここへ来るまでに、必ずある魂の儀式を行うことにしている。

 もちろん、<魂の儀式>なんていう言い方は大袈裟だってこと、自分でもわかってはいる。何故ってそれはただ単に、海辺へ下りていく前に、ある鉄道の遮断機を通過するという、たったそれだけのことなのだから……。

 でも、何故かわたしにはそのことが大切だった。その遮断機はまったくもってなんのために設置されているのかわからない場所にあり――もちろん、もしもの事故に備えてということはわかっているつもり――こんな場所に遮断機があること自体、知っている人は少ないだろうし、実際に渡る人はさらに少ないだろうという気がした。

 わたしは澄み渡る青い海を背景にした、その無用にすら思える遮断機を見た時、その場所に恋をした。おまえこそわたしの求めていたすべてだという気すらした。もちろん、こんなふうに感じること自体、馬鹿げているとわかってはいるけれど……でもここはわたしにとって、とても大切な秘密の場所だった。

 ゆえに、ユリカにもミドリにもルミにも――また、マキにさえも、この場所の存在を教えるつもりはなかった。

 わたしは自分にとって心から<愛しい>と感じられる場所を通り過ぎ、砂で汚れた階段を下りて、浜辺を歩いていった。遠くに岬が見えるけれど、わたしはそこまで歩いていったことはないし、またこれからも歩いていこうとは思わない。

 ただ、その岬の突端にある灯台のイメージ……言うなれば<灯台とはこういったもの>というイメージがわたしには大切だった。でもそこへ実際に近づいていってみると、その心のイメージの灯台を何かがぶち壊すに違いないだろうことが、わたしは怖かったのだ。

 わたしはとても臆病だった。恋はしてみたいけれど、傷つくのは嫌で――向こうが恥をかくのはいいけれど、自分が恥をかくのは嫌だった。自分が人を馬鹿にするのはいいけれど、人から馬鹿にされるのは嫌だし、誰かが笑い者にされていても気にしないけど、自分がそうなるのは絶対嫌で……こんなふうに心の中で思うこと自体最低だと、そんなふうにも感じる。

 果たしてこんなわたしでも、いつか恋をしたりするものだろうか。

 そしてその相手のことを、「彼こそわたしのロバートよ!」みたいに思いこんで熱をあげ、失恋したり別れる時には、「彼はわたしのロバートじゃなかったんだわ!」なんて、そんなふうに感じるのだろうか。

(ねえ、海さん。どう思います?)なんて、わたしが少しばかりセンチメンタルな気持ちに浸っていた時――砂浜のずっと遠くのほうから、ゴールデンレトリバーを散歩させている、ジャージ姿の男がやって来た。

 時計を見ると、五時ジャスト。ずっと以前から、この時間に彼が必ず現れるということを、わたしはよく知っていた。そして変な男だと思っていた。まるで寝起きのようなぼんやりした顔で犬を散歩させているのもそうだし、毎回決まってジャージ姿というのも、どこか変態くさかった。

 わたしはいつもどおり、自分が人や物を分析するやり方で、彼のことも色々想像していた――たぶん家にずっと引きこもっていて、両親から「犬くらい毎日散歩させろ」と言われ、しぶしぶそうしているのではないだろうか。

 そう、犬……うちのコロは雑種の中型犬だったけれど、それでも飼うとなるとなかなか世話が大変だった。もちろんそれ以上の喜びをコロは与えてもくれたけれど、わたしが小型犬がいいと言うのに対し、ママはいまだに「次は絶対ゴールデンかラブがいいの~!!」と頑張っている。

 おお、見よ。あの見るからにイモいジャージを着た変態男の、犬を散歩しているというより、犬に散歩させられているといったような、惨めな姿を……わたしはそんなことを思いながら、そのジャージ男が自分の後ろを通りすぎていくのを、じっと待っていた。

 一体いつごろからだったろう。わたしは必ず彼がその時間に浜辺へやってくると気づいて以来、五時前後になると、犬を散歩させる男がやって来るのを、時計を気にしながら心待ちにするようになっていた。

 でももちろん、こちらから声をかける勇気はないし、犬をだしにして、「可愛いワンちゃんですね」なんて、さりげなく挨拶するのも嫌だった。

 結果として、わたしは彼の足音とゴールデンのハァハァいう荒い息遣いを背後に聞きながら、最後に彼らの後ろ姿をゆっくり見送ることになる――とにかく、いつもそうだった。

 けれど何故かこの日に限って、犬のハァハァいう声がだんだん自分のほうへ近づいて来、例のジャージ男もまた、夕陽に染まった細い体を、わたしのほうへ傾けていたのだった。

「君さ、時々ここにいるのを見るけど、そろそろ帰ったほうがいいよ。陽が落ちたらこのへんって真っ暗になるし……なんかね、時々このあたりって変質者が出るって噂だから」

「そ、そうなんですか」

 わたしは声をかけられたことにびっくりするあまり、(犬を連れてなかったら、あなたこそがその変質者ですよね)とは、すぐには思いつかないほどだった。

「あの、ゴールデンって飼うの大変ですか?」

「うん。大変も大変、大変なんてもんじゃないね」

 ジャージ男はわたしの隣に腰かけると、犬の毛並みを繰り返し撫でながら、疲れたような声で言った。

「こいつ、将来は盲導犬になる予定の犬でね、小さい時からそう思ってしつけてるんだけど……やんちゃなだけじゃなく、頭はバカだわ、もう最悪。みんなゴールデンリトリバーは頭がいいって信じてるけど、例外もあるんだって。とにかくこいつは、何をやらせてもまったくダメ」

「そんな……こんなに可愛いのに」

 わたしが大人しく彼と並んで座る犬を撫でると、ジャージ男は何故か照れたように、居ずまいを正していた。

「うちでも母が、二年前に死んだ犬のかわりに、次はゴールデンかラブを飼いたいって言ってて……前に飼ってた犬は中型の雑種だったんだけど、それでも世話をするのは結構大変で。だからせめて小型犬がいいって言ってるのに、ママは絶対ゴールデンがいいって聞かなくて」

「ん~、まあねえ。大型犬は運動させるのも結構大変だよ。俺は親から小遣いもらって仕方なくって感じで散歩させてるんだ。今となっちゃもう、金もらってるとかどうとか、関係ないけどね。なんでかっていうと、毎日散歩の時間になると、切ないような目でこいつ、こっちを見るんだから。面倒くさいなあと思いつつ、結局家を出ることになっちゃう」

「そうなんですか」

 わたしは頭のどこかで――最初に色々想像していた自分のイメージが、次から次へと壊れていく音を聞いて、嬉しくなった。

 最初は寝起きのようだと思っていたジャージ男の顔は、今は少しもぼんやりしておらず、どこかシャッキリしていて、凛々しくさえある。

「君のその制服さ、清命館学院のだよね?」

「はい。そうですけど……」

 若いとはいえ、彼のほうが明らかに自分よりいくつか年上なので、わたしはそんなふうに礼儀正しく答えていた。

「俺、教育大学に通ってるんだけど、たぶん来年あたり、清命館に教育実習にいくと思うんだ。君、今何年生?」

「二年生です」

「そっか。じゃあまた会うかもしれないよね。もし教育実習の時に会ったとしたら、その時はよろしく」

 ――そう最後に言い残して、名前もわからぬジャージ男は、わたしの元を去っていった。

 やがてわたしは、背後に海の波の美しい音色を聴きながら、浜辺をあとにした。カンカンという音に合わせるように、遮断機が目の前に降りて来るのを見、青い列車が通り過ぎたあと、再び黄色と黒のそれが上がっていくのをじっと見つめる。

 わたしは誰にも……学校の先生になりたいなんていう、気違いに浜辺で出会ったとは言わないだろう。ただ、来年の教育実習の時と言わず、また彼のやってきそうな時間を見計らって、海を見にくるに違いない。

 何故、そんなことをするのかは自分でもわからなかった。あのジャージ男が、自分にとってのMr.ロバートだとも思わない。

 ただわたしは……恋をするのも怖いけれど、恋をしないままでいることも怖いのだと思う。

 もしわたしにあのまま、学校で友達が出来ないままだったら、今ごろ家に引きこもって、わたしはそんな自分を正当化する理由を、百も二百も並べ立てて過ごしていたに違いない。

 そしてそんなことをしている間にも、空気は濁って臭くなり、水は腐って嫌な匂いを発するようになる。時間というものは生きていて、目に見えないながらも、今も目の前を確実に流れている。

 わたしがピアノを再びはじめた時、最初に感じたのはそのことだった。

 本当に大好きなピアノから離れて、自分はどれほどの時間を無駄にしてしまったことだろう、と。それもほんの小さな、どうでもいいようなことが理由だったというのに……。

 わたしが家まで帰り着いた時、あたりはすっかり暗くなっていた。そしてわたしはその美しい闇を部屋の窓辺から眺め、ここからは見えない遠くの海のことを思った。

 岬では灯台が明かりを灯し、黒い闇と紺碧の海を今ごろ光によって切り裂いているかもしれない。わたしは一度も見たことのないその光景を、うっとりと想像し、夕食の前に、ピアノでショパンのワルツを一曲弾いた。

 そして、いつまでもこんなふうにたおやかに、清らかに流れる水のように生きていきたいと願った。それも出来ることなら限りなく美しく。存在が流れることをやめた淀み、そこに囚われることがどんなに恐ろしいかを、わたしは体の感覚で知っているのだから……。



 終わり





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